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骨散る時

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「私は、ずっと昔に小説を書くのを諦めたんです。自分よりもたくさん優秀な人がいるのをいち早く感じましたからね。でも、そのおかげで、その人がいい小説を書けているということは分かるようになりました。もっとも、売れる小説という意味ではないですけどね。それが私にとっては松永先生なんです」
 というではないか。
「ほっこりというだけで、僕をそんな過大評価をしてくれたというわけですか?」
 と、苦笑いしながらいうと、
「そうじゃないんです。人それぞれに、本をまったく読まない人が別だけど、少しでも本に触れあった人は、絶対に、それが自分にとっての小説であると言えるような作品に出会えるような気がするんです。それが私にとっては先生の作品なんですけども、この間、先生のSNSの作品に対して、私が感じているのと同じ思いをつづった感想を書いている読者がいたんです。感性がまったく同じ人だったんだけど、私以外にも同じ感性で見ることができる人もいるのだと思うと、やっぱり先生の作品が、一部の人間にとってのバイブルのようなものではないかと思うようになったんです。ひょっとすると同じようなことを思っている人間が他にもいて、それが私の感じている人数よりもはるかに多いんじゃないかって思ってですね」
 とゆかりは言った。
「プロの人になれば、そんな気持ちをもっとたくさんの人にさせていると思うんだけどね」
 と、少し捻くれた言い方をしてみた。
 すると、ゆかりは、
「そうじゃないですよ。そういう人が多すぎると、今度は薄っぺらく感じられてくる。その人がプロの作家だからというような色眼鏡で見ていたとすれば、人によっては、肩書や評判だけで、作品をいいものだと勝手に思い込んでいる人だってたくさんいるというものです。だから、ファンが少なければ少ないほど、たくさんの人が、先生の作品を芯から評価している人ではないかと思うんです。そういう意味では、今の位置が先生の最高の位置なのではないかとも思っています。もしプロとしての売れる小説を書きたいと思っているとすれば、本当に失礼なことだとは思うんですが」
 というではないか。
 確かにゆかりの言っていることは、今までであれば、いちいちカチンとくることばかりであった。
 話を訊いていて、苛立ちが最高校に至り、却って、反発心が芽生えることで、作家魂に火がつくという人もいるだろう。知らない人が見れば、彼女おセリフは松永に対してのそういうハッパかけのようなものだと言えるかも知れない。
 だが、ゆかりが松永に行っているのは、ハッパかけでも何でもない。
 ゆかりがファンとして、自分の尊敬している先生に対しての素直な気持ちなのだろう。それが、酷評であっても、励ましの形を変えた声であったとしても、松永にとっては、分かりにくいことに変わりはなかった。だから、感じたとすれば、彼女の感性と相性のコンビネーションが上手くいっている証拠なのであろう。
 そんなゆかりが今はいない。ゆかりとの思い出を胸に小説も書き続けた。
 松永は、ゆかりのことを思って小説を書いた。決して世に出ることはないと思っている。その方がよかった。ゆかりの想い出は自分だけの中に閉まっておきたかったからだ。

          ゆかりの想い出

 金沢ゆかりという女性は、ナースである。最初に知り合ったのは、大学時代の親友であった佐久間教授のお見舞いに行ったあの日で、彼女が松永の小説のファンだったことがきっかけだった。
 松永の方から近づいたわけではない、積極的だったのはゆかりの方だ。会話の主導権はいつもゆかりにあり、会話というと、そのほとんどはゆかりが喋っていた。
 さらにゆかりは喜怒哀楽が激しく、見ていて何を考えているかということは松永にはすぐに分かった。だが、それが松永の前でだけだったということは、彼女亡きあとに、彼女の同僚から聞かされた。
「金沢さんって、いつも静かで、何を考えているのか分からないところがあって、冷静なのか、それとも冷徹なのか分からないところがあったんですよ。人に気ばかり遣って、結局自分からは何も言い出せない。でも、何かいつも考えていて、たまに誰よりも適切なことを言ってくれるのでビックリさせられるんですよ。皆、そんな金沢さんのことを奇妙な人だっていう目で見ていたんじゃないかしら?」
 と言っていた。
 なるほどと思ったのは、ゆかりの言っていることが結構、辛辣な時があるが、彼女は別に悪気があって言っているように見えないことだった。
 人の性格は、持って生まれたものと、育った環境にあると言われているが、彼女の場合は明らかに育った環境ではないかと思った。幼い頃に両親を亡くしてからというもの、想像を絶するような生活だったに違いない。
 だが、いなくなってから感じたのは、
「彼女のあの辛辣な言い方と考え方には、どこか二重人格的なところがあり、二重人格というのは、その一つ、つまりあまり表に出てこない方の性格は、持って生まれたものが影響しているのかも知れない」
 と思うようになっていた。
 ゆかりが倒れたのは、病院での仕事中のことだった、その頃、結構忙しかったようで、勤務も夜勤が多かったりして、そのせいもあってか、急に倒れたということだった。
 顔色も悪く、血圧もかなり低かったということで、しばらく意識不明の状態に陥ったことで点滴を打ち、意識が戻るのを待ったが、意識が戻ってみると、顔色もすっかりよくなっていたので、その時は別に何ともなかったかのように、その日は勤務を途中で切り上げた。
 翌日は休みだったので、一日、部屋でゆっくりしていたということだが、その日の休養がよかったのか、また普通に勤務ができるようになっていた。
「若いから回復も早いわね」
 と、ベテラン看護婦は言っていたが、ウワサはそれくらいで、彼女は、
「過労だったのだろう」
 ということになり、その日、彼女が倒れたということは、次第に皆の記憶から忘れ去られていった。
 病院内では、きっと他の場所よりも時間の流れが早く過ぎていくのではないかと思うほど早かった。看護するナースや実際に患者を診る医者にとってはもちろんだが、病気やけがで入院している患者の方も、病院内では時間の進みは早いと思っている人も多いようだ。なかなか退院できない患者の中には、
「毎日はなかなか過ぎてくれないくせに、気が付けば一週間があっという間だったんだよな」
 と感じている人も多いようだ。
 だが、ゆかりは、倒れたその日から、
「なんだか、病院にいても、忙しいのに、いつものように早く時間が過ぎてくれないのよ」
 と言っていた。
 それから少しして、
「入院患者さんの中で、もう助からないと分かっている人がいるでしょう? 本人には告知していない患者さんね。そんな患者さんがよくいうのは、病院での毎日が、急にゆっくりに感じられるようになったというんです、それもニコニコ笑いながらね。私には死期を分かっているようにしか思えないのよ」
 と、ゆかりはいうのだった。
 それがゆかりにとっての、
「虫の知らせ」
 だったのかも知れない。
作品名:骨散る時 作家名:森本晃次