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骨散る時

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「私、両親を幼い頃に亡くして、施設で育ったので、その影響があるのかも知れません。だから、人によって態度が極端なんです。本当に心配してくれる人と、単純に、育ちが悪いと思う人の態度がですね。最初は皆、心配したような口調で言ってくれるんですけど、本当に同情だけの人だと、私からすぐに離れていきます。きっと重たいと感じるんでしょうね。話しているとそれだけで、億劫な気分に陥るのかも知れない。それだと本当の気持ちって伝わらないでしょう? それがネックになるんじゃないかって思うんですよ。結界のようなものを自分で設けてしまうのか、それはマジックミラーのようなもので、自分からは見えるけど、相手からは決して見せないベールのようなもので、しかも悪いことにこちらから見えないのだから、本人にも見えることはないだろうという暗示のようなものを掛けてくるので、勘違いをしてしまうのではないでしょうか? そうなると、こちらは純粋であればあるほど、相手がまったく分からなくなってしまう。あざといというのは、そういうことをいうんでしょうね」
 と、ゆかりはいう。
 そういう言われ方を最初に訊かされると、伏線つきでの言い分なので、
「ただの同情だけは勘弁してほしい」
 と言っているようなものである。
 松永が黙っていると、
「私ね。やっぱりどこかが歪んでいるんだって自分でも思うんですけど、これは今まで誰にも話したことがないことだったんですが、松永さんには話せるような気がするんです。いや、逆に松永さん以外には話せないことなので、松永さんにこれを話して、今後嫌われてしまっても、それは仕方のないことだというくらいにまで思っているんですが、訊いていただけますか?」
 とゆかりは言った。
 それなりの覚悟のものなのだろう。松永は、無言で頷いた。声を出さなかったのは、どういう抑揚で声を発すればいいのか、結論が出なかったからだ。ゆかりはそれを見て、覚悟を決めたようだ。
「実は私、都合のいい女なんです。病院内のある先生と不倫をしていたんです。今はもう別れてしまったんですが、先ほど言ったように、私は両親をほとんど知りません。父親に対する憧れのようなものがあったんでしょうね。正直今もその気持ちが消えたとは言えないので、また他の男性から父親を感じると、似たようなことをしないとも限らないと思うくらいなんですが、それでも、その先生に私は限界を感じたことで、別れを切り出し、別れることができました。でも、男というのはどうしてああなんでしょう? 私が都合のいい女であるときは、あれだけ毅然とした態度だったのに、私が別れを切り出すと急にうろたえてしまって、他の人にバレてもいいから、私をがむしゃらに説得をしようと試みるんです。同情できないわけではないんですが、今までの敬意から見ると、どう考えてもみすぼらしいとしか思えない。だから、却って、自分の決断が間違っていると思えなかったので、しっかり別れることができたんですけどね」
 とゆかりは言った。
 なるほど、施設で育ったのに、大学まで行けるというのは、それだけ努力家だということなのだろう。しかもそれだけではなく、覚悟しなければいけない時にはキチンとできる、そんな女性でもあったのだ。
 でも、不倫というのはいただけない。それほど優秀な女性が不倫などという、どこからどう考えても、
「百害あって一利なし」
 ともいうべき不倫に手を添えてしまい、足を洗うことができないのか、理解に苦しむところである。
「どうして、不倫なんか?」
 と聞くと、こちらの気持ちを理解してのことなんか、誰からも同じ質問をされるからなのか(もっとも、不倫をしているなど、そういろいろな人に言いふらしているとは思えないが)、
「何ですか? その金太郎飴のような質問は? どこを切ってもその質問しか出てこないとでもいいたげですね?」
 と苦笑いをしながら話していたが、
「不倫ってね。しようと思ってするものではないの。でもね、それが不倫だと気付いた時にはやめられなくなってしまったんじゃなくて、やめたくないの。そんな心境になってしまっているのよ」
 というので、
「それは深みに嵌ってしまったということなの? いわゆる、逃れられないということなど? それとも、不倫をしている自分に酔っているのかな?」
 と聞くと、
「うーん、そちらも、ちょっと違う気がするんだな。不倫だって最初から気付いていない場合と、途中で気付く場合があるでしょう? 私の場合は、最初から分かっていたんだけどね。でも、途中で、ひょっとすれば、不倫をやめることができるかも知れないと思う時があるのよ。そして、その時に、やめるとすれば、今しかない。だから、今が見極めの最初で最後のチャンスだってね。でも、そう思えば思うほど、やめたくないの。ここでやめてしまったら、ここまで不倫をしてきたことが水の泡になりそうな気がするのよ」
 というではないか。
「えっ、いやいや。水の泡になるなら、最初から何もなかったことになって、却ってそっちの方がいいんじゃないの? だって、未練も残らないし、変な気持ちの中のしこりだってなくなるわけでしょう? それが一番いい解決方法じゃないの?」
 と松永は言った。
「そうなのよ。皆そう思うでしょう? ひょっとすると、不倫を続けていた二人が、ふたりとも不倫をやめたいと思っているとすれば、普通だったら、後腐れなくどうやって別れられるかが問題だってね。でも、本当はそうじゃないのよ。不倫ほど未練が残るものはないの。そして未練を残したいのよ。だって、不倫をしてしまう。不倫に陥ってしまうというのは、それだけ何かの理由があるということよね? だって、皆不倫はわるいことだって分かっているんだから、陥る前は何があっても、不倫になど陥らないと思うはずなのよ。それなのに、陥ってしまう。だったら、別れる時に、不倫に陥る原因となったことが解消されていなければ、おかしいわけでしょう? 本末転倒というべきか。それを思うと、不倫から抜けた時、不倫をしていなかったということになってしまうと、最初から何もなかったことになって、その時間を無為に過ごしたことになる。それって、傷つくことよりも、ひょっとすると厳しいことなんじゃないかって、私は思うんですよ」
 と、ゆかりは言った。
 なるほど、ゆかりは自分たちとは違った人生、自分たちよりも少なくとも厳しい人生を歩んできたのだから、当然、我々よりも厳しい考えを持っていると言えるのではないだろうか。その証明がこの不倫に対しての考えであり、ゆかりという女性を理解するうえで重要なのではないかと思った。
 そういう意味で、本当なら誰にも知られたくないことであり、本当に好きな人になら隠しておきたいような事実を松永に話して、しかも、自分の本心ともいうべき考えを言ってくれたのだから、松永を好きだという気持ちは最初からあったのではないかと考えるのは自然ではないだろうか。
 金沢ゆかりという女性と知り合い、そしてこれからどのようにこの関係を育んでいくのか想像しただけで楽しくなってくる。
「小説で描いてみたいな」
作品名:骨散る時 作家名:森本晃次