一周の意義
しかし、聡美は、そんな人というのは、自分が思っているよりも結構いるのではないかと思った。少なくともこのコンビニでバイトをしている限り、出会いなどありえない。客と馴染みになることはおろか、同じバイト仲間でも、ほとんど話をすることはなかった。
しかも、最近のアルバイトは、外人が多いではないか。
「日本語もまともに喋れないくせに」
と思っているのはスタッフだけではなく、客の中にもいるだろう。
「どうせなら、日本人ならよかったのに」
と思って、レジで買い物を思いとどまる人も少なくないはずだと、聡美は思っていた。
そんなバイト先で気心の知れた仲間ができるはずもない。まともに顔を見るのも憚るくらいだった。
そんな中で声をかけてきた相手は確かにイケメンだ。自分が知っている中でも一番と言ってもいいかも知れない。
しかも、よくコンビニでアルバイトをしている聡美に対して、さおりであるということを看破できたのをすごいと思うのだった。
聡美は、呆気にとられながら、その男性を見つめていると、
「僕ですよ。江上です。江上龍之介です」
というではないか。
「えっ、あの江上さん?」
普段毛嫌いしているあの江上龍之介だというのか? だが、そうと分かれば、見た瞬間に感じたムカついた気分の正体が何だったのか分かったというものだ。聡美は一瞬にしてこの男を龍之介だと看破したのだ。しかし、次の瞬間にはアッサリと否定してしまって。さらに暗中模索に入ってしまった。しかも、一度分かったはずのことを自らで否定して、自分から離れていったのだから、二度と戻ってくるはずはなかった。
相手から名乗ってくれなければ、絶対に分かるはずのない相手の正体にビックリしながら、その驚きは、普段とまったく違う彼の正体に対してのものなのか、それとも他の人なら絶対に分かるはずのないと思っていた、さおりの正体が聡美だということを、一発で看破したことではないかということだった。
どちらにしても、驚きでしかない状態に、さらに余裕を持った顔を向けるこの男、まずます忌々しく思えてきたが、その忌々しさは気持ち悪いものではなく、次第に心地よくなってくるものだったのだ。
「さおりちゃんは、何時までここでお仕事なの?」
と訊かれて、今日はちょうど、もうすぐ終わりだったので、
「あと少しなんですけどね」
というと、
「時間があったら、少しお話しませんか・」
と言われた。
コンビニ店員が誘われるという異様な光景かも知れないが、お互いにまったく違った世界を知っているという共通の思いがあることで、断ることを勿体ないように思えた聡美だった。
「いいですよ」
というと、彼はニコニコしながら、その笑顔には満足感というよりも達成感が感じられた。
「じゃあ、待ってますね」
と言って、表に出た。
そういえば、何も注文していなかったが、それはもうどうでもいいことだった。
江上の誘いで喫茶店に入ると、その店も昭和レトロを思わせる店だった。スナックもどこか昭和を匂わせるところが、いかにも場末なのだが、江上という男、元々昭和レトロが好きなようだ。
「江上さんは、昭和の赴きが好きなんですか?」
と訊いてみると、
「うん、好きではあるんだけど、実は以前から、この店にさおりさんを連れてきたかったんですよ。もっと正直にいうと、さおりさんと一緒に行きたい店を物色していると、この店を見つけたというわけです」
というではないか。
スナックで先輩といる時の彼は、こんなに積極的な性格だとは思ってもいなかった。何が彼をここまで変えたのか、変えたとすれば、自惚れになってしまうが、自分という、いや、さおりという存在が彼を変えたのかも知れない。
ただ、もう一つ言えることは、聡美の中にさおりがいるように、江上の中にも、今目の前にいる男性がいたということであろうか? 逆にこれが本当の彼の姿で、スナックで見せる姿は、先輩の前でしか見せることのない、仮の姿だと言えるのではないだろうか。
「私も昭和って大好きなんです。だから今のスナックにもいるんですけどね」
というと、
「そうだと思いました。さっきのコンビニのさおりさんは、完全に自分をオブラートに包んでいましたよね。誰にも見えないカバーですよね」
と江上がいうと、
「そうかも知れません。でも、それは江上さんにも言えることなんじゃないですか?」
と、いっていいのか迷う前に、口から出てきた言葉だった。
「ええ、僕もあの店であの先輩の前では、別のキャラクターを演じているんです。先輩にはちょっと変わった性癖があって、ああでもしないと、僕の身の危険があるからですね。自分で気を付けていることなんです」
と言った。
江上のスナックでのあの態度を見れば、今言った、
「先輩の変わった性癖」
というものがどういうものなのか、分かってきた気がした。
「そうなんですね。それはさぞかし大変でしょうね」
というと、
「じゃあ、どうして一緒にいるのかって思うんでしょう? でも、あの先輩がいてくれるから、今の僕がいるというのも事実なんですよ。先輩は、どうしても僕をそばに置いておきたいようなんです。でも、今は決して何もしません。それがいい意味で均衡が守られているということなんでしょうね。つまりはちょっとバランスが崩れると、収拾がつかなくなるかも知れない。だけど、そうなった時、その状態を拡大しないように防波堤の役目ができるのは、この僕だけなんです」
と江上は言った。
「ひょっとすると、スナックでのあなたのあの態度は、その防波堤なんですか?」
と聞くと、
「ええ、そうです。でも、そのうちに先輩は僕から離れていきます。それまでの辛抱だと思っているんですが、最近少し違った感覚になってくるんですよ」
というので、
「どういうことですか?」
と聞いた。
「ええ、でも僕、いや、あの店にいる僕のもう一人のキャラクターとしては、本当に辛抱していたのかということを疑問に感じるんです」
と、江上は言った。
「うんうん」
「でもね、あの人が本当に気にしていたのは、あの店にいる自分だったのかって思うと、ちょっと違う気がするんです。もしそうだったら、あの店から離れることはないと思うんですよ」
と、江上がいうと、割り込むのはまずいかと思ったが、最初に確認しておかないと、ここからの話はすべて無駄になってしまうと思ったので、敢えて話を停めてまで、横やりを入れることにした。
「まさかと思うんだけど、先輩は他の人に乗り換えたということはないんですか?」
と聡美が聞くと、