一周の意義
「去年の私の十八歳の誕生日の時。あっ、そもそも誕生日というのも、本当の誕生日なのかどうかも分からない、おそらく、施設に預けられた時が誕生日ということになったんでしょうね。年齢に関しては、施設に預けられた時、病気がないかということでいろいろ検査したらしいんだけど、その時の体格や生育状況によって、年齢は判断したということらしいの。だから、曖昧ではあるけど、、成人した十八歳だったの、これは私が小学生の頃から両親が話をするなら成人した時って決めていたらしいの。もっとも、その頃の法律ではまだ成人は二十歳だったんだけどね」
という話であった。
「そうなのね、でも、早苗さんは、簡単に受け入れられたの?」
と訊かれて、
「私も何となくウスウス感づいていたこともあったからですね。それにさおりさんから、自分のことの悩みを打ち明けられているうちに、自分が彼女の気持ちをよく分かる気がしてきたことで、私にも同調できるような何かがあるのかも知れないという感覚ではあったんですよね」
と話してくれた。
確かに、親という存在をいかに見るかによって、感じることだってあるだろう。早苗の場合はキチンと話をしてくれたので許せる問題ではあるが、さおりにとっては、まったくグレーな自分の境遇に、どこから切り込んでいいのかが分からない。
しかも、姉の聡美との確執をずっと見てきたので、それがさおりにとって、どれほど不安で恐ろしい気持ちにさせることであったか、考えただけでも怖い気がしてくるのであった。
今回、母の死とさおりの失踪にどのような関係があるのかは分からないが、少なくとも限りなくクロに近いグレーと言ったところであろうか。そう思うと、姉妹でありながら姉妹ではないという思いから、自分がどこまでさおりの気持ちを分かってあげられるか、疑問だったのだ。
「ところでね。さおりさんなんだけど、彼女も、そんなに母親が本当の母親ではないということを極端に意識していたわけではないのよ。自分だって、いまさらお母さんが本当お母親ではなかったからと言って、ショックを受けるような年でもないし、だから、何?
っていう感じだっていうのよ。でも、まわりには母親が違ったことで自分が悩んでいるという風に見せていたのよ。それを知っていたのは私だけだったのかも知れないわね」
と彼女は言った。
今の早苗の話を訊く限りでは、
「さおりは、お母さんが本当の母親ではないということを理由に、母親を殺すようなことはない」
ということが言いたかったに違いあい。
では、さおりはどこにいるというのだろう?
「さおりが、自分が思っていることや悩みを相談できるのは、早苗さんだけみたいね。その早苗さんに聞きたいんだけど、さおりがどこに行ったにか、何か知っていることはないの?」
と訊いてみると、
「刑事さんも、私が何かを知っていると思ったのか、そのことばかりをピンポイントに聞いてきたわ。なるほど、だから、事情聴取を二人それぞれで分けたんだって私は思ったわ。今の警察組織は昔とかなり変わったという話だから、そういう聞き取りもありなのかと思ったんだけど、じゃあ、お姉さんには、私とはまったく別の聞き方をしたということになるのね」
と聞いてきたので、
「そうね。まったく違う観点からの話だったわ」
と言って、先ほどの刑事との話を訊かせてあげた。
すると、早苗は、
「なるほど、容姿者として、さおりとお姉さんの二人を考えているのね。娘二人が容疑者というのも悲しい感じだけど、警察の方でも、容疑者をそれぞれの側面から探って、競争して証拠集めをするかも知れないわね。少なくとも私は、お姉さんが犯人だとは絶対に思えないわ」
と早苗は言った。
「そう思ってくれるのは嬉しいわ。でも、そういうことになると、怪しいのは、さおりということになるけど、やっぱり行方が分からないというのは、かなり不利であることに違いはないでしょうね」
「それはそうでしょう。でも、さおりが行方不明になったのは、意外と分かりきっていることだったのかも知れないわね。ただ、それがお母さんが死ぬことと関係があるのかどうかまでは分からないけどね」
と早苗は言った。
どうやら、早苗は何かを知っているらしい。今の話を訊いていると、今もし聞きただしても、決して口を割ることはないだろう。それよりも、早苗は事件のことは何も分かっていないようだ。いくら妹の友達とはいえ、殺されている母親とはそれほど面識があるというわけではなさそうだ。だから、警察の方も、彼女に対しての質問はさおりのことに終始したのだろう。一つには、
「我々は決してあなたのことを疑っているわけではない」
ということと、
「さおりが見つからなければ、あなたの親友のさおりに嫌疑が向くだけだ」
ということを言いたかったのだろう。
だから、一対一での尋問になったのだ。
聡美に対しても、同じだったのかも知れない。聡美と母親の確執を早いうちから聞き出しておくことは、事件が進んできてから、状況に応じてウソをつかれるかも知れないという思いと、時間が経てば、ウソを考える余裕が出てくるかも知れないという考えが交錯して、早いうちの尋問、しかも、一対一というやり方をしたのかも知れない。
そういうことであれば、この事件の捜査陣は結構優秀な人なのかも知れないと、聡美は考えるのだった。
早苗にとっても、聡美にとっても、気になるのはさおりの行方である。
早苗は何か知っているような気がするのだが、それが具体的な場所になるとは思っていない。
それよりも、どこかに感じられるその余裕は、彼女には、少しだけ事件の内容が見えているのではないかと思えたのだ。
それはやはりさおりからの情報が大きいのだろう。そこには聡美の知らない母親とさおりの間の確執が渦巻いていて、それが今回の事件にどのようなかかわりがあるのか問題なのではないだろうか。
――早苗は、さおりの行方を知っているのではないか?
という思いを持ち、さらに、
――早苗は、ある程度この事件の本質について、知っていることがあるのではないか?
という思いさえあった。
この予感は意外と当たっていたようで、事件の本質は、実は聡美の性格と、小説などにある陳腐なトリックが影響していたかのように思えたのだった……。
大団円
警察の独自捜査は、この後、急展開で大団円を迎えることになるのだが、これは警察の捜査がよかったのか、それとも、犯人側の詰めが甘いということだったのかが問題だった。
犯人はさおりであることは、すべての証拠が示していた。犯行現場には、実は被害者とは別の血液が残っていたようで、その血液は犯人のものではないかと思われた。犯行当時殺そうとした時に争いになって、犯人も傷ついたのではないかと……。
しかし、それは矛盾しているのではないかと思われた。
理由はいくつかあり、まず一つは、被害者が睡眠薬を飲まされていたのが、司法解剖でハッキリとしていること、つまりは、眠っているか意識が朦朧としている被害者の心臓を、いとも簡単に抉ったということである。