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一周の意義

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 これなら、別に意識して変える必要もない。本当の田舎娘なのだから、そのままでよかった。客もそれを新鮮に思っているのか、可愛がってくれた。そもそも常連の客は、聡美が入るずっと前からの常連なのだからである。
 ママさんは年齢的に母親よりも少し若いくらいだっただろうか。
「母親のような気がする」
 というと、
「いやあね。私はそんなに年じゃないわよ」
 と言って笑っていたが、まんざらでもないという気持ちだったようだ。
 スナックのママをするくらいなので、店の女の子は皆娘というくらいの意識を持っているのだろう。今まで大人というと、親や学校の先生ばかりしかそばにいなかったので、そういう意味でも新鮮だった。
 住まいの方もママさんが常連の不動産屋さんに話をつけてくれて、安いところを探してくれた。今まで実家で親と住んでいたことを考えると、まるでウサギ小屋だったが、一人の自分の城だと思うと、どんな狭い部屋でも嬉しい限りだった。
 しかも、狭いということは、掃除の手間もあまりいらない。逆にいえば、散らかさなければ掃除もそれほどする必要もないということだ。
 店の常連さんは、皆優しかった。本当に場末のスナックを絵に描いていて、それこそ、昭和を思わせる佇まいなのに、と思っていたが、考えてみれば、そういう店の常連さんほど、人情味あふれる昭和ロマンと言えるのではないだろうか。
「さおりちゃーん」
 と呼ばれると、最初はピンとこなかったが、今ではビクッとしてしまう。
「何ですか?」
 と言われて行ってみると、
「呼んだだけ」
 と言って笑っている。
 それを訊いてまわりは皆笑っているが、聡美には何が楽しいのか分からない。
「これが昭和の赴きというものだよ」
 と言われた。
「こういうのをね、ナンセンスギャグっていうんだよ。何が面白いのか分からないけど、どこかおかしい。それが昭和のギャグだっただよ」
 というではないか。
「今とはだいぶ違うわね」
 というと、
「今のギャグは、身体を張っているようなのが多いでしょう? バラエティ番組などでは、前もって考えてきた人を笑わせる逆ではなくて、自分が身体を使ったり、危ないことをしたりする、パフォーマンスというのかな? それが笑いを取ったりするでしょう?」
 というので、
「それも古いんじゃないかしら?」
 と聡美が言った。
「どういうことだい?」
「それは、平成の時代なんじゃないかな? 今はコントや一発芸であっても、身体を張るというよりも、人が思いつかないような発想をギャグにしたりね。二十一世紀に入ってからというのは、エンタティメントに優れたものでないと、笑いが取れないと思うの。例えば、映像を使ったものだとか、楽器を使ったものとかね。ただ、これも昔からあったかも知れないけど、今は楽器が主になって、替え歌というワンパターンだけではないのが多くなっているんじゃないかしら?」
「確かにそれは言えるかも知れないね。昔から受け継がれているものもあれば、新たなギャグもある。新たなギャグは一世を風靡するかも知れないけど、少し下火になる。でも一度生まれたものは消えずに、忘れた頃に再燃することもあるんだよね。そういう意味では、昔に比べて、新規開拓って難しくなっていると思うんだ。でも、今の逆がバラエティに富んでいたりするでしょう? 一種のバリエーションの組み合わせなんじゃないかって思うんだよね」
 というので、聡美は、
「私はミステリーが好きで、結構読んだりしているんだけど、昔のミステリー作家で、今からもう七十年も、八十年も前の時代で、トリックはほぼ出尽くしたと言われていたりもしたんですよ。でも。今でもミステリーってどんどん生まれているじゃないですか。つまりは、基本は出尽くしてはいるけど、バリエーションや、ストーリー性で、いくらでもトリックは生き返るというんですよね。話が違えば、別のトリックだと言ってもいいくらいじゃないですか」
 と言った。
「なるほど、ギャグやネタとミステリーのトリックとをこうやって比較してみると、面白いわね」
 と言った。
「確かにミステリーは、トリックや謎解きが楽しいですもんね。トリックが陳腐だったり、ストーリー性が貧弱だったりすると、どうしても、ミステリーは色褪せてしまいますよね」
 と聡美は言った。
 聡美は、客といろいろな話をするが、
「さおりちゃんは、こっちの話を何とかしてミステリーに結び付けたがるところがって、ちょっと会話も自分勝手なところがあるんだけど、それが却ってお客さんに人気があるところでもあるのよ」
 とママさんが言っていたりした。
 コンビニでバイトをしている時と、お店にいる時の聡美は、まったく違っていた。
「そりゃあ、聡美とさおりの違いだからね」
 と自分では言っているが、実際に店の客はコンビニに何かを買いに来ても、その店員が、まさかお店のさおりであると、誰が気付くというのだろう。
 もっとも、聡美の方も、買いに来た客が、お店に来てくれる客だと気付かないに違いない。
 それは、それだけ夜と昼の顔が違っているということであるが、それ以上に、まさか夜のスナックにいる娘が、昼間こんなダサい制服を着て、ほぼノーメイクでいるなどと、誰が想像するだろう。
 さおりになった時の聡美は、確かにこれでもかというほど化粧を施している。それは、店が暗いからだと思う。暗い中でノーメイクだと、さらに若いのでないはずのしわが見えたりすそうな気がするからだった。もし、本当にしわが見えたとしても、化粧をしていれば、少しはごまかせる。そんな気持ちが働いているのかも知れない。
「こんなに若いのに、どうしてそこまで考えるの?」
 ときっと皆感じることだろう。
 しかし、夜の世界に飛び込んだ時点で、誰にも負けたくないという意識が強くなっている。何をもって勝ち負けというのかというのは、微妙な感じだが、少なくとも、相手に余計なことを考えさせれば負けだと思うのだ。
 そのためには、どんなに無理があろうと、相手が?然としようとも、余計なことを考えることはない。何か答えを求めて考えることは、決して余計な考えではないと思うからだった。
 さらに、怒涛のごとく、間髪入れないことが大切だと思った。そうすれば、奇抜なことを考えることもない。あくまでも、お店のさおりは、お客にとっては、お店のさおりというだけであってほしかった。
 聡美が、コンビニで働いているということを知っているのは、ママだけだった。他の女の子は知らない。
 もっとも、他の女の子も自分の普段のことをあまり口にしようとは思わない。最初は、
「どうしてなんだろう?」
 と思ったが、今思えば、それを地で行っているのが、今の聡美であった。
 プライバシーを知られたくないというよりも、正面で見える自分の意ケージを崩したくないということだろうか?
 コンビニで働いている他の店員に、お店での姿を見られたくないという思いも少しはあるが、そこまでひどくはない。
 別にコンビニで働いている自分が、お店の客に対して恥ずかしいという感情があるわけでもない。むしろ、
「私はこういう真面目なところもあるのよ」
 と言いたいくらいだった。
作品名:一周の意義 作家名:森本晃次