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一周の意義

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 妹の友達は最初に、妹が普段使っている部屋に行ってみたが、そこには妹はいなかった。そして、妹が使っている勉強部屋に入ったその時、友達は完全に身体が硬直してしまったようである。
「あっ、うわぁ」
 と、何か声に出そうとしたのは、誰かにこの場面を知らせて、自分と同じ恐怖を味合わせたいという思いがあったからだが、次の瞬間に、いきなり他の人を呼ぶのは恐ろしいと思った。
 それは、人に知られることで自分の立場が悪くなるという考えがあったからではない。単純に、同じ場面を見せて、自分と違った考えをする人がいるとすれば、それが怖かったのだ。
 だから声を出しかけたが、寸でのところで思いとどまった。そして、精神的に落ち着いてから、
「声を出さなくてよかった」
 と思ったのだ。
 声が出たのは、単純に想定外のことが目の前で起こり、どうしたらいいのか困り果ててしまったことが原因である。
 目の前には、向こうを向いて俯せになって倒れている人がいた。腕を前に出しているのは倒れた時に、無意識に顔を打たないようにしたからなのか、たいていの場合俯せで倒れている時、腕が前になっているのだが、この人も類に漏れずであった。
 胸のあたりから、夥しい黒く淀んだ液体がこぼれ出ているのが分かった。それが血だということが分かるまでにそんなに時間はかからなかった。
 それよりも、血が流れているのがすでに乾いていることから、もうすでにその人は生きていないだろうということは容易に想像がついた。いつからその場所にあったのか、倒れているというよりも、転がっていると言った方が正解ではないだろうか。
 友達は、その顔を覗き込んだ。完全に横を向いて、左の顔を地面につけて、右を向いた格好になっていた。目は開きっぱなしになっていて、土色の顔に、歯が剥き出し状態で、虚空を見つめるその目が、断末魔の形相を呈しているのが感じられた。
 断末魔の表情が激しすぎて、最初はそれが誰だか分からなかったが、さおりではなかった。もう少し老けた女性であり、よく見ると、母親であることが分かった。
 腰を抜かしてしまっていたが、身体が動くようになると、精神的にも安心してきたのか、自分が何をしなければいけないのか、分かってきた気がしてきた。
 すぐに母屋に戻り、聡美を現場に連れてきた。友達が明らかに慌てているのが分かり、
「何を訊いても、まともには答えてくれそうにもない。とんでもないことが起こっているのだろうが、下手に訊きただすよりも、自分の目で確かめた方がいい」
 と思った聡美は、彼女の案内にともなって、現場にやってくると、お約束のように、固まってしまった。
「どうしたの? これ」
 と、それまで何も聞かずにここまできた聡美だったが、さすがに事情を訊かないわけにはいかなかった。
「ここに来てみれば、この状態だったんです」
 というのが精いっぱいのようで、恐怖がそのうちに気持ち悪さに変わってきたようで、早くその場から離れたいという様子の友達だった。
「とりあえず、警察に連絡ね」
 と言って、聡美が警察に連絡すると、
「すぐに来るので、現場をそのままにしておいてほしいって言われたわ」
 と言ったが、それくらいのことは分かっていると思った聡美は、意外と自分が落ち着いているかのように感じられた。
 だが、聡美には一つだけ気になっていることがあった。そこに死んでいるのが母親であることは聡美にもすぐに分かったが、一番気になっていることは別にあったので、それを友達に聞いてみた。
「ねえ、肝心のさおりは見つかったの?」
 と聞くと、
「いいえ、彼女のいつもいる部屋と、この勉強部屋に来てみただけなので、よく分かりません。死体を発見しただけで精いっぱいだったんですよ」
 というではないか、
 まあ、もっともそれも無理もないことである。
 女子高生がいきなり一人で死体を見つけてしまったのだから、当分の間、トラウマとなり、夢に出てくるくらいのレベルのものである。
 聡美は、死体はこのままにしておかなければならないということは分かっていたが、妹を一刻も早く探す必要があるとも考えた。しかし、警察に通報してしまい、警察から現場の保存を言いつかった以上。下手に動くことは、自分たちの立場を危うくするという意味でもしてはいけないことだった。
 だが、聡美の一番の危惧は、
「妹が、事件に巻き込まれたか何かで、瀕死の重傷を負っていたとすれば、ぼやぼやもしていられない」
 ということであった。
 さらに、聡美はもう一つ恐ろしいことを考えていた。
「さおりがどういう理由だったかはハッキリとしないが、言い争いになってしまったことから、物の弾みで母親を刺してしまったさおりは、罪の意識からか、密かにどこかで自殺を企てているかも知れない。この近くにいるかも知れないし、どこかに逃亡したとも考えられる。何と言っても、見当たらないのが気になるところだ」
 と感じたのだ。
 少なくとも、姿が見えないということは、どんな形にせよ、事件に関わっていることは間違いないように思えたのだった。
 今までで母親と妹の確執をほとんど感じたことがなかっただけにショックではあったが、この事件がなければ、そろそろ忘れていくところであったことを思い出した。
 それが前述の、
「母親とは血がつながっていないのではないか?」
 という疑念をさおりが感じているということであった。
 本当なら、聡美が感じてもいいはずのことを妹が感じているというのは、聡美にとって、ある意味ショックだった。なぜなら、妹と母親が親子ではないかも知れないと感じた時、「自分が母親と性格が似ているかも知れない」
 などという考えたくもない思いに至らしめて、しかも、その思いが次第に信憑性を高めてきているようで、忌々しかった。
 けがをして輸血の時のことだという話なので、どこまで本当のことなのか分からないが、さおりは完全に信じていたようである。ただ、それも、一度だけ、
「ちょっと悩み事を訊いてもらった」
 という程度で、それ以降、その悩みについて話をすることはなかった。
 だから、さおりの中で、まだ、疑念が渦巻いているのか、疑惑ではあるが、もう気にしなくなったのか、そのあたりが分からなかった。
 ただ、もう聡美の中で、
「過去のこと」
 として忘れてしまいそうになっているということは、それほど、前に一度だけ、話題にしただけのことで、聡美が感じているほど、当の本人である。さおりは気にしていたわけではないのではないかと思うのだった。
 警察が来るまでの数十分間、聡美はさおりの友達と、不気味な部屋で二人きりでいなければいけないことが心細かった。
 聡美に至っては、
「これなら一人の方が、そこまで怖いとは思わない」
 と考えるほど、人と一緒にいることが、却って自分を臆病にさせるのだと思ったのだ。
 割り切れずに余りが出たのだが、その余りは、割った部分を通り越して大きな存在になっていることに気づいていないかのようだった。
作品名:一周の意義 作家名:森本晃次