二重人格による動機
とりあえず、祠のまわりを見て回ることにした。
「あれ?」
と一人の主婦が、何かを発見したようだ。
その声が小さかったからか、他の二人はそばにいたのに、すぐには気付かなかった。それぞれで別々の方向を見て捜索していたからだ、何しろ、固まって行動しているのだから、皆が同じ方向を向いているというのは、実に効率の悪いことだ。それをお互いに分かっているので、口にはしなかったが、お互いに気を遣うだけの気持ちを持っているので、それぞれに別の方向を散策するという思いがひとりでにできていたのだった。
それだけに、一人が見つけたことでも、声が小さいと、音の大きさからか、まわりを意識することに臆病になるというか、敏感になりすぎて、余計な気を遣わないようにしていた。
それは恐怖を煽ることになるので、お互いに暗黙の了解だったのだ。
だが、今一人の奥さんが何かに気づき、声を上げた。それは分かってくれると思っての声ではなかったので、アクションを起こすとすればこれからだった。
もう一度声を出すというのは、少し違う気がした。却って、変に恐怖を煽る気がして、ただでさえ、今の見つけた光景を、まわりに人がいるのに、一人だけで恐怖におののくというのは、嫌なことだった。
「一刻も早くまわりに知らせたい」
この思いから起こした行動は、相手の衣類を引っ張るという行動だった。
さすがに、相手に思いもしていない衣服を引っ張られるという行動をとられると、ビックリしたかのように、衝動で彼女の方を振り返る。
「どうしたの?」
と言いながら、彼女の視線を目で追った。
彼女は性格的に、気になることは最初に見ておかないと気が済まない性格だった。それが悪いことであっても同じこと、だから、彼女の目がどこを刺しているかを瞬時に察し、そちらの方を見てみた。
「見なければよかった」
と思ってしまうと自分の負けだと思い、何とか気を確かに持つように考えた。そうすると次に考えることは、
「よりたくさんの人に、自分の重さを伝えて、楽になりたい」
ということであった。
だから、叫び声を挙げるのは、本当は本意ではなかったが、ここはしょうがない・
「うわぁっ」
と、思い切り低音ではあるが、まわりに響くような声で叫んだ。
その方が効果があることは、彼女には分かっていることだった。
「どうしたんですか?」
と、二人がうろたえているのを見て、最後に女中が見ると、そこには、靴が見え、ズボンが見えた。明らかに誰かが倒れているのだが、どうも男性のようである。
行方不明の彼女がどんな服装だったのかまでは分からないが、女性ではないことは分かった。スニーカーの足のサイズも女性にしては大きすぎる。男性だとすれば、違和感がなかったからだ。
最後に見たのが女中さんだったということはある意味正解だったかも知れない。あとの二人は、完全な当事者であり、女中は、宿のお客とはいえ、それ以上でもそれ以下でもない関係だ。感情移入があるわけでもなく、最後に見つけたことで、最初の二人に比べれば、落ち着いていて不思議はなかった。
しかも、この女中は結構落ち着いている人であった。
少々のことでは驚かない人で、年齢的には主婦連中が三十歳よりも若いであろうと思えるのに比べて、女中は今年で、そろそろ四十歳になろうかとしているベテランでもあった。二人がうろたえるのも無理はないと思った女中は、
「ここは私がしっかりしなければいけない」
と思った。
ただ、そこに倒れているのが男性であると分かると、不思議な感覚だった。ズボンはまるで作業ズボンのようで、旅行者という雰囲気でもない。一体誰なのだろう?
そう思いながら、女中は勇気を振り絞って祠の裏を覗き見た。そこには、一人の男性が仰向けになって、カッと見開いた目が断末魔の様相を呈していた。口から赤いものが流れているのを見ると、どうやら死因は服毒ではないかと思えた。
何よりもビックリしたのは、その男のそばで一人の女性が倒れている。彼女は胸を刺されていて、男に覆いかぶさるように倒れている。胸にはナイフが刺さっていて、引き抜かれた様子はない。
それを見て立ち竦んでいる女中だったが、後ろから、
「ギャー」
という声が聞こえた。
主婦の一人が覗き込んだのだった。
「房江さん」
と言って、彼女の死体に近寄ろうとしているのを、
「待って、触っちゃダメ」
と、女中が止めた。
我に返った主婦は、ハッとなって、すぐに冷静さを取り戻し、
「ああ、そうね。現状保存が大切よね」
と言った、
もう一人の主婦は、その様子を四つん這いになったまま見つめていた。声を出すこともできずに震えている。完全に腰を抜かしてしまっているようだ。
女中は、持っているケイタイで、警察に連絡した。そして、警察に連絡を入れたその後すぐに旅館の女将に連絡を入れた。
「ええ、ここで探していた主婦の横溝房江さんという人が死んでいるのを見つけたの。それもおかしなことに、まったく知らない男性と一緒に死んでいたの。今警察を呼んだのですぐに来ると思うけど、私たちは第一発見者なので、しばらくここにいないといけないと思うのよ」
と電話で説明していた。
すると、女中の様子がそこから少しおかしくなった。
「えっ
どういうこと? 警察はすぐには来れないかも知れないって? ええ、えっ? それでそっちが先なの? 一体どういうことになっているの?」
と言って、少し女将と話をしていたようだが、まだ興奮が収まらない中で、電話を切った女中に対して、
「何がどうしたというの?」
と主婦の一人が女中に言うと、
「実はね。もう一組捜索に出かけたじゃないですか。四つ辻のように祠にですね」
「ええ」
「実は、そっちでも一人の男性の死体が発見されたというの。あちらの方が発見が早くて、警察への通報も早かったので、あっちにまずは捜査員が行くというのよね。もちろん、こっちにも来るでしょうけど、鑑識は最初あっちに行ってるので、向こうがある程度落ち着かないと、こっちには来れないでしょう。だから、しばらく待たされることになると思うのよ」
ということであったのだ……。
もう一人の男
一人の主婦の行方不明が、このような二つの箇所で、一度に三人の遺体が発見されるなど、思ってもみなかったことだった。お互いにパニックになっていて。宿で待機している女将さんの方も何をどうしていいのか分かっていないに違いない。
とりあえず、巡査は急いで四辻に向かっていることだろう。あちらがどうなっているのか分からないが、こっちでは待つしかなかった。死体が二体そばにあり、滝の近くの湿気の多い場所で、警察の到着を待つというのも、実に不気味で仕方がない。三人が気になっているのは、仰向けになった男の断末魔の表情であった。毒を服用したのだから、相当な苦しみが訪れたことだろう。それを思うと、あの断末魔の表情のあの目が、何を見つめているのか、それが恐ろしく感じられたのだ。
ただ、この状況を見て、最初に皆が思ったのは、
「この男は誰なんだ?」
ということであろう。