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二重人格による動機

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 女性は横顔しか分からないが、明らかに探していた主婦の房江であった。房江の方は目を瞑っていて、男の断末魔に比べれば、安らかに見える。しかし、胸を抉られているのだから、安らかに死ねるわけはない。ただ目を瞑っているので安らかに見えるだけで、彼女の今際の際がどのような気持ちだったのか、この表情から想像することはできるわけもなかった。
「誰か、この男性を知っている人いますか?」
 と一人がいうと、二人とも、首を振ってまったく知らないとばかりに首を傾げた。
 もちろん、人に聞くくらいだから、それを訊いた本人も知っているわけはない。その様子は一見心中に見えるが、そうではないということは、皆が分かっていて、それには敢えて触れないようにした。どうせもうすぐ警察がきて、あれこれ聞かれるのだろうから、ここで口裏を合わせ宇こともない、そう思うと、それ以上誰も何も聞かなくなった。
 それにしても、いくら最近有名になった温泉宿とはいえ、忙しいのは繁忙期くらいのもので、今の時期のような閑散とした時期もあるので、そんな時は、他の寂しい街と変わりはない。そんなところで、同じ日に、しかもほぼ同じタイミングで死体が見つかるなど、さすがの警察もビックリしていることだろう。
 駐在など、この街に赴任してきて、ほとんど事件らしい事件もなかっただろうから、一番オタオタしているかも知れない。たぶん、所轄の刑事の命令に、ハイハイいいながら、右往左往しているに違いない。それも、二時間ドラマなどでよく見る光景だった。
 二手に別れて、行方不明になった奥さんを探すという目的で、まず滝つぼやその近くにある河童伝説の残る祠と、四つ辻に残っている祠の二つに行ってみようと思ったのは、他にこの街で探す手がかりが思いつかなかっただけのことで、まさか、最初から見つかるとは半信半疑さったことだろう。
 しかも、それぞれで死体を発見し、片方ではまったく目的の相手ではない人の死体を発見する羽目になった四つ辻側と、探していた相手は見つかったが、もう一人見知らぬ余計な男がいて、まるで心中でもあるかのような状態で見つかってしまったことに、驚きがあった。
 一体何がどうなっているのか、二か所で三人の死体。まるで見つけてほしいと言わんばかりに最初に探したところで、お互いに死体を発見することになったのだ。
 最初に死体を見つけた四つ辻側では、警察が来るのを今か今かと待っていた。こちらにはまだ、滝の方で、二人の遺体が発見されたということは知らされていない。下手に知らせても混乱させるだけだと思い、警察の事情聴取を素直に受けれるように、わざと何も言わないのだった。
 四つ辻側では、まず巡査の長谷川巡査が駆けつけた。
「通報されたのは、この三名ですか?」
 と訊かれて、
「はい、そうでです」
「皆さんはどういうご関係で?」
 と訊かれて、
「私が旅館『新風荘』の女中でして、こちらのう二人はお客様です」
 と女中がいうと、
「女中とお客がここで何をされていたんですか?」
 と聞かれたので、五人で旅行に来たのだが、そのうち一人の主婦が行方不明になったので、二手に別れて捜索しようとしていたところだと話した。
 その時に、もう一か所として滝の横の祠の話をしたのだが、その時、長谷川巡査のこめかみがピクリとして、メモしている手が一瞬止まったのを、誰も気付いていなかったようだ。
 長谷川巡査の耳にも、もう一か所で殺人事件があったことは伝わっていた。本当であれば、いってもいいのだろうが、何とか思いとどまったのは、後からやってくる所轄刑事へ気を遣ったからだった。
 ここで下手なことを言って、せっかくの事情聴取に変な主観が入ってしまうことを恐れたのだ。
 この発想は女将の発想と同じで、それだけ、今まで何もなかった街での二重殺人事件なだけに慎重には慎重を期した方がいいという考えなのだろう。
 長谷川巡査は、もっと早く事情を訊いてもよかったが、後からくる所轄の刑事にも同じことを話さなければならなくなった場合、少しでも話が食い違えば厄介だと思い、せっかくなら、刑事さんの方から質問をしてもらう方がいいと考えた。
 時間的に警察に第一報が入ってから、そろそろ一時間が経とうろしている。時間的には所轄の刑事が来てもいい頃だ。
 そうこう考えていると、パトランプを光らせ、覆面パトカーがやってきた。その様子は滝の祠の横にいた三人にも分かったので、
「やっと、所轄の刑事がきたんだわ」
 と思ったのだった。
 やってきたのは、桜井刑事と辰巳刑事であった。
 この街の所轄というと、K警察署であった。刑事課では若手の二人であり、長谷川巡査も馴染みであった。
「ご苦労様です」
 と、長谷川巡査とそれぞれ挨拶を交わすと、そそくさと車の中から機材を取り出し、慣れた手際で準備をしている人たちは、鑑識の腕章をつけた人たちで、まるで黒子のように無口で作業をしているのを見ると、ここがいかにも犯罪の現場であるということを、いまさらながらに思い知らされた気がした。
 さすがに、刑事や鑑識がやってきて、慣れた手つきで捜査をしているのを見ると、本当の刑事ドラマのようだ。
 いや、刑事ドラマしか知らないからそう思うのであって、これが普通なのだ。ただ場所がこんな田舎だということに違和感があり、田舎で起こった殺人事件というと、どうしても、旧家の血の繋がりが殺意に繋がっているような、昭和の探偵小説と呼ばれていた頃の小説は、それをドラマ化した作品を思い起こさせる、
 だが、ここが田舎と言っても、旧家などは存在せず、網元のようなものもないので、なぜここで殺人事件が起こったのか、まったく想像もつかないほどであった。
 まずは、辰巳刑事と桜井刑事は死体の発見場所を見て、鑑識にいろいろと聞いているようだった。
 たぶん、死亡推定時刻であったり、発見された時の様子、何か気になる点があれば、そこも聞いておく必要があった、
 そして、やっと死体の第一発見者となった三人のところにやってきた。
 その前に、長谷川巡査と話をしていたようなので、この三人がどういうことで死体を発見するに至ったかということはあらかた聞いているであろうと思われた。
 だが、一応形式的なことであっても、自分の耳で聞かなければいけないというのがきっと警察の捜査の基本なのだろう。刑事ドラマなどで、第一発見者が、
「えっ? 何をまた最初から家ってか?」
 と、違う刑事が来るたびに、まったく同じことを何度も話させるのを見ていたので、それも分かっていた。
 だが、きっと何度も同じことを話していると、最初に話したことと辻褄が合っていないことを話しているかも知れないということは否めなく、しかも、時間が経っているのだから、次第に記憶が薄れていくのも当たり前のことである。
「今の時代、手帳に書くなどしないで、ボイスレコーダーに収めておきさえすれば、何度でも聞けるし、間違いもないと思うのに」
 と思うのは、ここにいる証人の三人だけではないだろう。警察の方も同じことを感じているはずだ。
 だが、実際には刑事が自分で聴きこむというのが昔からの伝統なのか、聞かれる方は溜まったものではない。
作品名:二重人格による動機 作家名:森本晃次