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二重人格による動機

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 他の人はキョトンとして、何のことなのか分からない様子を見せていたが、考えてみれば、ここは旅館である。お客さんから聞かれて堪えられるくらいのこの土地の言い伝えくらいは聞かされているだろうから、そんな中で聞かされた、河童なる伝説について、まったく反応しなかったというのは、自分たちが知っている伝説と、一般的にいわれている河童との間に、結び付かないほどの隔たりがあったのだろう。だは、そこに一人が反応したのは、彼女の中での河童に対してのイメージか、それともこのあたりの伝説に対して彼女だけ違ったイメージを持っていたからなのかも知れない。
 それを思うと、この女性だけは少なくとも、他の人たちとは違った感性を持ち合わせているのではないかと思うのだった。
「ええ、何か河童伝説のようなものがあると聞いたんですが」
 というと、
「私が以前聞いた話によると、かなり前のことになるらしいのですが、何かのミイラがこの温泉街の山の中腹にある神社の祠の中から見つかって、それを大学の研究室が引き取ったと聞いたことがあったんですが、ひょっとすると、それのことかも知れませんね」
 と女中は言った。
「ということは、この土地に伝わっている伝説ではなく、ミイラが引き取られ、研究が行われたことによって生じた伝説ということなのでしょうか?」
 と客がいうと、
「そうではないかと思います。私の知る限りでは、それ以外には聞いたことがありませんからね。じゃあ、その時に引き取ったミイラを研究していた教授が、それを河童だと認識したんでしょうか?」
「そういうことかも知れませんね。私が認識している河童というと、まず、身体が子供くらいの大きさで、身体が緑色になっていて、背中にカメのような甲羅を背負っていて、口は取りのくちばしのようになっていて、そして最大の特徴は、頭に皿を乗せているというものですね」
 というと、さらに、客が補足した。
「それに、河童は水の中で暮らせるような両生類のようで、手や足の指には、ひれがついているという感覚ですね」
 と言った。
「ええ、そうですね。でも、ミイラから、どこまでのことが分かるのか、そもそも河童というのは想像上の動物であり、どこまでが本当のことなのか、分かっていませんものね」
 と、仲居がいうと、
「でも、河童伝説が残っているところは結構全国にあるんですよ。微妙なところで違っているとは思うんですが、閉鎖的な昔の村において、しかも、全国にそれぞれ残っている伝説というのは、あながち否定できるものではないですよね? だから、私はその土地土地に残っている伝説というのは気になるんですが、河童の伝説というのは、時に気になるんですよ・実際に一番伝説としては信憑性があるんじゃないかと思うんですよね」
 と、客がいうと、
「じゃあ、妖怪のようなものだと言えなくもないですよね。そもそも妖怪というものが一番信じがたいものなんだけど、妖怪ありきで考えると納得できることもたくさんあるのも事実のような気がします。少し前に、妖怪の研究家が、『妖怪というものは。見えないようで見えていて、見えているようで見えない』というのを言っていたと聞いたことがあります。その通りなんじゃないかと思うんですよね。基本的に妖怪が見えるのは、妖怪を本当に信じている人なのか、あるいは、妖怪を怖がっているのかのどちらかではないかと思うんですよ。妖怪を怖がるというのは、信じているから怖がるのであって。結局この二つは同じことを言っているだけではないかと思うんですよ」
 と、仲居さんが言った。
 こんな白熱した会話を、まわりで聴いていた人は、ポカンとしていたが、そのことに一切のお構いなしの党の会話の中心にいる二人は、それだけ自分の意見に相手の話を合わせて考えようとしていて必死だったのではないだろうか。
「そういえば、妖怪の中には、おとぎ話に出てくるようなものも結構あしますよね。河童もそうだけど、座敷わらしなども、そうかも知れないですね。でも、そういう妖怪というのは、悪い妖怪ばかりとは限らないですよね、座敷わらしのように、そこにいるだけで興奮をもたらしてくれる妖怪もいますよね」
 と客が言うと、
「座敷わらしに関しては、一概にそうだとは言えませんよ。確かに座敷わらしは、その家に居ついてくれていると、その家は繁盛すると言いますが、逆にいえば、座敷わらしがその家にいたくないと思うと、いつの間にかいなくなっている。そうなるとその家は没落すると言いますよね。これは逆にいうと、せっかくいてくれている座敷わらしに対して、気を遣わなければいけないということの裏返しとも取れますね。いわゆる教訓ということなのではないでしょうか?」
 と仲居がいう。
「その考えはよく女将さんが言っている話ですよね。特に座敷わらしに関してはですね」
 と、もう一人の仲居が言った。
「ええ」
 と、言われた仲居が答えたが、その話を訊いた客たちは、
「そういえば、女将さんは来られていないですよね?」
 と、もう一人の客が言ったが、彼女は、女将がこの場にいないことを最初から分かっていて、そのことに言及してはいけないと思っていたので黙っていたが、ここで敢えて女将の名前が出てきたことで、口に出すことにしたのだった。
「ああ、女将さんは、もう一人お客さんがいるので、そちらのお相手をしているんですよ」
 と言われて、
「予約する時は、私たちだけだって言われたんですが、あの後に別の客さんが予約を入れられたんですね」
 と聞いてきたので、
「ああ、いいえ、そのお客さんは、当日飛び込みで来られたお客さんなんです」
 と、思わず反射的に答えてしまったが、答えてすぐに、
「しまった」
 と考え直した。
 自分を糾弾するかのような視線が他の仲居から飛んできているのも分かった。ここで言うべきことではないというのは分かったが、言ってしまった以上、下げることはできなかった。
 だが、それ以上客の方からそのことについて追及する人がいなかったので事なきを得たが、いうべきことではないと反省した彼女が客を見ると、皆それぞれに目で合図をしているように見えたので、聞こうとしないだけで、少なからずの興味を持っていることだけは分かった。
「ところで、河童伝説というのは、どこから、そんな話を訊かれたんですか?」
 と、話を逸らすように、仲居の一人が聞いた。
 この話題は、一周まわって最初に戻ってくるものであり、そのためか、もう一人の客のことに話が及んだのも、話が次第に横道に逸れた結果だということを思い知らされた気がした。
「私が見たのは、ある観光ブックに、この温泉には河童伝説があると書かれていたので、興味を持って少し調べてみたんです」
 というので、
――よほど研究熱心な人なんだわ。興味津々というべきなのか、だからこそ、文芸サークルで同人誌を出そうという気になったのかも知れないわね――
 と、話題を戻した仲居は考えた。
「どこかに文献が残っていたんですか?」
 とその仲居に訊かれて、
作品名:二重人格による動機 作家名:森本晃次