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二重人格による動機

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「三泊もされるんですね?」
 と、女中の一人がいうと、
「ええ、このあたりをいろいろ散策したりするのも目的だそうです」
 ということであった。
 なるほど、散策するにはいろいろ見るところがあるのも事実だが、ほとんどが一泊のお客様で、稀に二泊がいるくらいだ。それが三泊というのは、何か目的がなければ普通では考えられないことだった。
 普段であれば、この時期の予約は入ったり入らなかったり。入ったとしても、多くて三組くらいが短髪で宿泊するくらいではないか。それを思えば、一組でも五人の団体客であれば、宿としてはありがたい。
「皆さんで、最高のおもてなしをすることにしましょう」
 と女将さんが朝礼で言っても、そこにウソはないと誰もが感じていた。
 繁忙期の時などは、
「最高のおもてなし」
 などと言っても、まるで絵に描いた餅で、
「できもしないことを、よくも言えたものだ」
 としか感じないに違いない。
 その日は、掃除もいつにもまして入念で、さらに、料理の方も、じっくりと選ぶ時間もあれば、五人分という適当な人数であることから、食材の選択も余裕があった。
 宿の方としては、十分すぎるくらいのもてなしを感じ、その日の客が来るのを待っていた。
 この宿のチェックインは午後三時からなので、三時までにはある程度用意をして、待っていた。
 だが、最初に来た客は、
「すみません。予約をしてはいないんですが、泊れますか?」
 という一人の男性客だった。荷物は結構多くて、よく見るとカメラ機材が多いのが目立っていた。
「ええ、構いませんよ」
 と、普段であれば、断っていたのだが、時期が時期でもあるし、今回は別に五人のお客様がいるということで、特別に許可したのだった。
「本当は、ご予約のお客さんだけなんですが、今日は他にもお客様がいらっしゃいますので大丈夫です」
 と、普段はダメだということを釘刺すことも忘れなかった。
 その客は不気味なくらい静かな客で、メインである五人組の主婦団体が来ると、その存在を忘れてしまうのではないかと思うほど、静かだった。
 手が掛からないのはありがたかったが、いくらお一人の飛び込み客だとはいえ、サービスを怠るようなことはできない。
 しかも、普段はダメなものを特別に泊めたのだから、余計に疎かにはできないだろう。団体の客の方は、番頭さんを中心に、他の仲居さんが皆でフォローすることにして、この一人の単独の客のフォローは、女将さんがすることにした、
 食事を運んでいった時に、少しでも会話をと思ったが、なかなか会話が弾むわけでもなかった。
「お客さんは、どちらから?」
 というと、
「東京からです」
 と答えたことと、
「お仕事ですか?」
 と聞くと、
「仕事ではないんですが、プライベイトというわけでもないですかね」
 という曖昧な答えで、そして最後になった質問として、
「滞在予定はいつくらいまでになりますか?」
 と聞くと、
「今のところ分かりません」
 という曖昧な答えが返ってきた。
 確かにこの時期客は少ないが、少ないだけに、一人の飛び込みの客というのは、何か訳アリではないかと思えるので、それが心配だった。それだけい、女将通してはこの質問が一番聞いておきたかったことだったが、それを曖昧に返されてしまっては、それ以上の会話が続くわけもなかった。
 沈黙の中で、粛々と食事の時間が過ぎていく。三十分ほどの時間だったにも関わらず、女将には一時間くらいに感じた。
 相手の男はどうだったのだろう? 本当に食べることに集中していたのか、それとも、女将のように、身体が地面にへばりつくほどの重力を感じながらの時間だったのか、女将には想像もできなかった。
 鄙びた温泉町の鄙びた旅館であれば、訳アリの一人旅という人も少なくはない。しかも女性の一人というのもいるだろう。
 だが、基本的に温泉宿に限らず、女性一人での宿泊はお断りすることが多いだろう。
 その理由としては、
「自殺の可能性があるから」
 というものであった。
 もちろん、温泉宿でも、ツアーであったり、最初から予約を取ってであれば、そこまでお断りをすることはないのだが、予約なしで、わざわざ鄙びた場所に一人でいくというのは、いかにも……、ということであろう。
 最近は、一人旅、特に女性の一人旅も増えているので、このような昭和な発想は古いのだろうが、実際に部屋で自殺でもされると、
「自殺者の出た旅館」
 ということで、どんなウワサが立つか分かったものではない。
 何しろ今はネットの時代、匿名でいくらでも誹謗中傷できる時代である。経営者だったら気にするのも無理もないことであろう。
 この男性もまさか自殺まではしないだろうが、どこか自分のことを言いたくないという雰囲気が醸し出されていて、余計なことを訊くわけにもいかないし、この男性を泊めてしまったことに後悔し始めた女将であった。
 それでも最後に、
「女将さん、ありがとう。おいしかったです」
 と言ってくれたのは嬉しかった。
 それまでが地獄の静寂の中だっただけに、その思いはひとしおだった。
 女将が怪しい男性の相手をしている間、番頭さんたちが主婦五人の団体の相手をした。宿泊する部屋は、三人と二人の二部屋であったが、食事は三人が泊る少し広めの部屋に用意された。
 主婦たちが到着したのは、男がチェックインしてから一時間後くらいだった。時間としては午後五時前で、ちょうどいい時間でもあった。到着してから少しゆっくりして、一度温泉に浸かる。そして、夕飯が午後七時にしておけば、ちょうどいい時間となった。
 運ばれてきた料理は、怪しい男と同じものであったが、一膳ポツンと置かれているのを、五膳、適度な距離で置かれているのを見るのでは、その豪華さが違って見える。主婦の中には、インスタをやっている人もいるのだろう。写メを撮っている人も数人いたのだ。
 旅館の夕食をインスタにアップするというのは、ある意味最近では、
「お約束」
 になっているので、お給仕する方も別に気にすることでもなかった。
 写メを撮りながら、
「素敵」
 などと言われると、何度聞いても嬉しいもので、お給仕のし甲斐もあるというものである。
 食事をしながら、まるで食レポでもしているのか、食べた感想を口々に言っていた。
「これは、何でできているんですか?」
 と聞いてくる人もいた。
 ここの料理は、板長がこだわりの創作料理に凝っているので、ぱっと見、何でできているのか分からないこともあった。食べてみて、
「ああ、これはレンコンでできているんだ」
 と感心する人もいるのだが、中には口に入れてみても、元々が何から作られているのかが分からない場合もある。
 それだけ、見た目だけではなく、味付けにも創作という思いが込められているのだろう。
「ところで皆さんは、どのようなお友達なんですか?」
 と言われて、一番奥にいる女性が代表して答えた。
「私たちは、カルチャ竦ルールで知り合ったんです」
 という。
「それは料理に関係のあるスクールなんですか?」
  と聞いてくるので、今度は別の奥さんが口を開いた。
作品名:二重人格による動機 作家名:森本晃次