小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

二重人格による動機

INDEX|18ページ/28ページ|

次のページ前のページ
 

「いくら何でも、事情も聴かずにそれはむごいですね。確かに真面目だったのかも知れないけど、そこまでするということは、本当に裏切られたという思いが強すぎたのかも知れないですね」
 と言って、主婦の一人は考え込んでしまった。
 高木明子は、次第に身体が震えているようだった。何にそんなに震えているのか分からないが、その様子を見ながら、辰巳刑事は訊ねた。
「キツネというのは分かりましたが、天狗という話もあるんですよね。ということは、お話はこれで終わりということではないんですよね?」
 と女中に言った、
「ええ、そうです。実はこのキツネ、昔、狩りに出かけた元服してすぐくらいの殿様に助けられたことがあったんです。罠にかかったキツネを可哀そうに思い助けたんですが、殿様は当然のことをしたと思っているので、そのことはすでに記憶の奥にしまい込まれていて、そのキツネとの関係を考える以前に、キツネを助けたことすら頭にはなかったんですね。キツネは、殿様に恩返しがしたくて、どうすればいいかと思っているところに、天狗が現れて。『お前を人間にしたやるから、恩返しをするんだよ』と言ってくれたのだと言います。でも、結果としては、最悪の形を迎えてしまったことで天狗は、キツネを人間にしたことを後悔し、殿様に対して恨みを持ったんですね。だから、それからしばらくは殿様は正体不明の病で苦しむことになったんです。そして天狗が夢に出てきて、本当のことを聞かされて、自分のしてしまったことに大いなる後悔を感じた殿様は、四つ辻に祠を作って、そのキツネを祀ったんです。ただ、彼女が正体を知られたくなかったという思いから、しばらくはその祠は誰のために建てられたのか不明だったのですが、殿様の死後、この祠の謂れを、伝承する人が現れて、この祠の伝説として、知る人ぞ知るという話になったということなんです。だから、ここの祠には、その時のキツネと、キツネを人間にしてあげ、後悔の念に苛まれた天狗を祀ってあるんですよ。何とも悲しいお話ですよね」
 と、女中は話を締めくくった。
 それを訊いて、一同は誰も言葉を発することはなかったが、実際にここで人が一人殺されているのは事実なので、なぜここで死体が発見されることになったのか、祠と事件に何か関係があるのか、さらには、もう一か所の祠のある場所でも二つの死体が発見されたというではないか。
 一体何がどうなっているのか、辰巳刑事は頭を回転させてみたが、今の段階で分かっていることはあまりにも少なすぎる、
「ここからは、情報収集が必要だな」
 と考えるのだった。

              欺瞞の正体

 そこで、大体の話は終わりのようだった。ある意味、どこにでもあるようなお話なのだが、ほとんどの人は、普通に聞いていたが、高木明子だけは、まだ震えが止まらないようだ。
 皆が高木明子のことを気にしながら何かに触れたいと思っているのだろうが、一人が触れてしまうと、他の人がどう接していいのか分からずに、明らかに話が混乱させてしまいそうで、触れることをしなかった。高木明子の方としては、それどころではなく、目線が一点に集中しているようで、彼女のまわりだけ世界が違っているようだった。
 そんな不可思議な雰囲気が空間を支配していたが、その雰囲気を壊してくれたのは、鑑識の人たちだった。
「大体、これで鑑識作業は終わりました。我々はこれで引き揚げますね」
 ということだった。
「ご苦労様です」
 と言って送り出すと、
「じゃあ、我々も門倉警部補の現場に向かうことにしましょうか?」
 と言って、皆を同行させてもう一つの現場に向かった。
 この場所から、もう一つの現場までは車を使うと、十分くらいで行けるのではないかということであった。車は途中までしかいけないので、滝のあるところまでは、足場の悪いところを歩かなければいけない。二人の刑事は分かっているのだろうか?
 とりあえず、車で神社の奥まで行くと、そこから少し坂を上がる形で祠に向かった。
 なるほど、足場が悪いのは話に聞いていた通りだが、思ったよりも坂が厳しいのは閉口してしまう、滝の音がどんどん大きくなってくると、現場に近づいてきたのが分かり、ちょっと広くなったところに人が数名いるのが見えた。それが、こちらの現場で待っていた人たちだったのだ。
「お疲れ様です」
 と、辰巳刑事がいうと、
「ご苦労様」
 と、門倉警部補が労いの言葉を掛けた。
「ガイシャはどちらですか?」
 と訊かれて、
「この祠の裏になります」
 と言われて、なるほど祠があるが、この祠は、先ほど聞いた、
「キツネと天狗伝説」
 の祠に比べれば、随分小さい。
「この祠は小さいんですね」
 と聞くと、
「ええ、この祠には河童の伝説が残っていて、以前は、ここに河童のミイラがあったという言い伝えもあるんですが、今はありませんね」
 と、こちらにいた女中が話をしてくれた。
「この温泉街には、いろいろな伝説が乱立しているようですね?」
 と辰巳刑事がいうと、
「元々、キツネと天狗伝説か、河童の伝説のどちらかは残っていたと思うのですが、近い場所に祠がもう一か所あるということで、もう一つの伝説は、『作られた伝説』なのかも知れないと思うんです。でも、残っている伝説の中には、創作されたものもあっていいと思うので、私はどれでいいと思うんです」
 と、自分たちが連れてきた女中が言った。
 もう一人の女中の顔を見ると、同じように頷いていたので、同じ気持ちであることは間違いないだろう。
 辰巳刑事はあたりを見渡したが、最初に上がってきた時に見た光景に比べて、少し小さく感じられた。それは、最初に上がってきた時が端から見た光景であるのに対し、上がってきてから祠の近くまで来てまわりを見ると、中心とまではいかないが、円の中心付近からまわりを見渡した場合を考えると、当然大きさに錯視があっても無理もないことだと思った。
 そんな中でそれぞれの人の顔を見ていると、やはり一番気になったのが、高木明子だった。
 彼女は祠に近いところの、円の一番端の方にいる。つまりは、中心部から祠を見た時に影になって見えない部分ではなく、その箇所からは、死体が見える位置にいるということだ。
 その顔は明らかに、死体の男の方を見ていて、今にも目が飛び出してきそうなそんな表情にビックリさせられた。彼女の異変に最初に気づいたのは、門倉警部補だった。
「どうなさったんですか? あなたは、ここで死んでいる男に見覚えがあるんでしょうか?」
 と訊かれて、彼女はさらにうろたえたが、顔が真っ赤になって今にもぶっ倒れそうになっているのを、少し様子を見ていると、今度はその顔から血の気が引いていくのを感じた。その感じは、冷静さを取り戻したからなのか、極限状態を通り越して、感覚がマヒしてしあったのか分からないが、明らかに顔色が変わってきていた。
 ただ、その目は意識を失いそうな雰囲気ではなく、どちらかというと意を決したかのように見えて、
――開き直ったのかな?
 と感じさせるのであった。
作品名:二重人格による動機 作家名:森本晃次