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二重人格による動機

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「そうか、実はこっちでも、その女性が、被害者の女性と微妙な関係にあるという証言もあるんだ、少なくとも、何かを知っている可能性は十分にあるだろうな。よし、分かった。そっちが一段落ついたら、こっちに移動してきてくれ、こちらは、まだ死体を移動させないようにしておくから」
 と門倉警部補は言った。
 電話の会話を松阪刑事は聞いていたが、どうやらこの二つの事件は繋がりがあるような気がして仕方がなかった。
 辰巳刑事と桜井刑事が合流しての捜査ともなると、大規模なことになりそうだ。不謹慎であるが、ドキドキしていた。
 四つ辻の方では、辰巳刑事が、これから滝のある祠の方に移動してもらうことの話をしていた。
 その時、辰巳刑事は門倉警部補から、
「高木明子には、君も気付いたように、こちらの奥さん方も気にしているようなんだ。君も分かっていると思うが、気を付けておいてくれ」
 ということだった。
「あちらに、もう少ししてから移動することになる」
 と言った瞬間の高木明子の表情は、一瞬ビクッとしたかと思ったが、すぐに平静さを取り戻していた。
 まるで何事もなかったかのようにしているのは、最初から分かっていたことなのか、向こうに行っても自分に損はないと思ったのか、要するに、
「願ってもないことだ」
 と思ったのかということなのではないかと感じていた。
 そんな時、桜井刑事は少し気になっていたことを聞いてみた。まだ鑑識が捜査が終わっていないということと、向こうに移動することになったことで、少し時間が空いたことで聴いてみることにしたのだ。
「ちなみに、ここの四つ辻は、結構まわりが開けているところではあると思うのですが、そんなところに祠があるというのは、何か曰くがあるんでしょうか?」
 と訊かれて、
「これは先ほども話したように、キツネと天狗のお話が伝わっているんですが、皆さんはキツネというと、どういうイメージをお持ちですか?」
 と逆に、女中から聞かれて、高木明子は先ほどビクッとした時と同じ反応を示したが、今度は先ほどのようにすぐに平静を取り戻すことはなく、次第に不安に思ってくるような気がしていた。
 それを横目に見ていた辰巳刑事をよそに、桜井刑事が女中の話に答えた。
「ええっと、キツネと言えば、人を化かすというイメージが一番強いですね。タヌキなども同じイメージなんですが」
 と言った。
 それを訊いた女中は、
「そうですよね。しかも、キツネのイメージというと、人を騙すというイメージと、女性っぽいというイメージも一緒についてくると思うんです。そこでここに残る伝説なんですが、昔、この土地を収めていた領主がいたんですが、その殿様は結構真面目な方だったようです。いわゆる君主というと、権力をかさに着て、暴君になりがちなところがあるんでしょうが、その殿様は、確かに殿様としての権威は示しておられましたが、家臣などに対しては決して暴君を働くようなことはなかった。それは、自分に仕えている女性に対しても同じだったようです。殿様ですから、正妻の他に側室も何人かおられたようですが、側室同士も仲がよかったようで、表から見た目は実に平安な状態が続いていたんですが、そういうところに限って、ちょっとした綻びが出てくると、ぎこちなさがどんどん膨れ上がってくるものなのではないでしょうか? 側室には、五人の方が控えておられたようなんですが、一人が殿様の寵愛を強く受けるようになったんです。それまでは平等だったんですが、どうも殿様が贔屓したというよりも、本当に好きになられたというのが本音かも知れませんが、実際のところは話としては伝わっていません。そこで、側室内で関係がぎこちなくなってきて、殿様の性格からして、考えにくいと思った四人は、その寵愛を受けた女性が殿様に特別に取り入ったのではないかということになったんですね。これは実によくあることだと思います」
 と女中はそこまで言って、ちょっと会話を切った。
 すると、そこに口を挟んできたのは、高木明子以外の主婦の人だった。
「それは、嫉妬ということですよね? 元々いい関係だった人間の間で、一人怪しい人がいれば、今まで関係がよかっただけに、疑心暗鬼がそのまま裏切られたかのような発想井向くのも無理はないことではないでしょうかね」
 と言った。
 それを訊いて、高木明子はまたしても、ビクッと下反応を起こしたが、さらに不安が募ってくるようだった。
――高木明子という女性、見れば見るほど、分かりやすい人なんだな。だけど、一歩間違うと、それが欺瞞にも見えてくるから不思議な気がする――
 と辰巳刑事は考えた。
 今まで自分がどのような感情を持っていたのか、高木明子はそれを考える余裕はないだろう。
 つまり、今の彼女は、ひょっとすると、
「この場から消えてなくなりたい」
 とまで、思っているのではないかと考えるのだった。
 言葉をいったん切った女中がまた話し始めた。
「そんなぎこちない状態に気付いたのは、側室係をしていた乳母だったんです。殿様のいわゆる育ての親ともいうべき女性の、しかも自分よりもかなり年上で、女性を見る目はしっかりしていると思っている信頼している人から、どうも側室内で不穏な状況になっていると聞かされて、我に返った感じだったんですね。確かに一人の側室を好きにはなりかかっているが、彼女ばかり贔屓にしていては、側室内の安定は図れないと思ったんですね。この殿様は自分の欲望よりも、まわりを見ることに長けていた本当にできた殿様だったので、それだけの決断もできたんでしょう。だから、それ以降は皆平等にしていたのだが、そのうちに、問題の側室が次第に様子がおかしくなってきた。それまで自分が好きだと思っていた女性とはイメージが変わってきた気がした殿様は、急に怖くなって、側室と離れたところで住まわせることにしたんです。ただ、これはそれまでの領主が伝統的に行ってきたことに逆らうことになるので、そのあたりは何とも言えない状況になったんですが、側室は次第に、キツネに見えてくるというウワサが聞こえてきたので、殿様はそのつもりで彼女を見ていると、やはり、彼女はキツネの化身であることが分かったんです」
 と言って、また一旦話を切った。
「じゃあ、そのキツネは殿様を騙すつもりで側室になって、お城の中に入り込んだということでしょうか?」
 と、桜井刑事が訊くと、
「キツネというと皆さん、その発想になりますよね? そうなんです。お城の人も殿様もその思いを特に強くお持ちになったんですね。しかも、この殿様は真面目を絵に描いたような人だったので、悪い意味で、融通の利かないところがあった。一旦思い込んだら、なかなか抜けないというところがあったので、自分は騙されていた。裏切られたんだと思ってしまい、次第に何もかも信じられないような精神状態になった。だけど、すぐにそれはまずいと思って思い返すと、こんな気持ちにさせた一番の原因はそのキツネの化けた側室にあると思ったんですね、そこで、殿様は問答無用で、彼女を処刑した。そして、見せしめにあの四つ辻のところに晒したんです」
 という女中の話を訊いて、
作品名:二重人格による動機 作家名:森本晃次