二重人格による動機
とりあえず、死体の状況はそのまま、鑑識に任せるとして、第一発見者の三人にいろいろ話を訊いてみることにした。
「皆さんは、文芸サークルのお仲間ということですが、どちらから来られたんですか?」
と訊かれて、
「私たちは、隣の県のK市にある市が主催している文芸サークルの仲間なんです。他にもサークルの仲間はいるんですが、私たち五人は主婦ということもあり、最初は気が合う仲間が一組ずつあったんですが、そのうちに五人でいろいろ話をするようになって、いわゆるつるむようになったんです。ただ、年齢的には少し開きがあって、私が三十後半で、一番の年配ですね。そして一番若いのは、四つ辻で捜索をしている二人のうちの一人になります。年齢的にはまだ、二十代前半というところでしょうか? 後の三人は、それぞれ三十歳前後で、結構話が合っていたんじゃないかしら? 三人で行動することも多かったからですね」
と最年長の彼女がいうと、
「じゃあ、被害者の横溝房江さんも、その三人の中の一人だったわけですね?」
と門倉警部補が訊ねると、もう一人の主婦が、苦虫を噛み潰したかのような表情になった。
それを見た松阪刑事は、
「おや? 違うんでしょうか?」
と訊ねると、最年長の主婦も少し意外な感じがして、首を傾げている。
確かに人数が増えると一人くらい分からない人がいても不思議ではないが、団体というには最小単位である三人の中で、よく分からないという雰囲気で答えるというのも、少しおかしな感じがする。
「まあ、人それぞれということもあるので、中には秘密主義の人もいたりするんでしょうから、よく分からないというのも分かる気がしますね」
と門倉警部補がいうと、
「違うんです」
と、顔をしかめた彼女が今度は申し訳なさそうに言った。
「私の態度が誤解を与えたのであるとすれば、申し訳ありません。私は彼女のことが分からないというわけではないんです。ある意味分かりすぎているというべきなんでしょうか。それだけに、仲良しグループという表現をされることに憤りのようなものを感じるんです」
というではないか?
「じゃあ、仲が決して言い訳ではなかった。むしろ悪かったと言えばいいんですか?」
と言われて、
「仲は決してよくはないです。険悪なムードもありました。ただそれは、彼女の言い方に問題があったんです。その都度、こちらがイライラしてしまいそうなことをいうんです。こちらがそれを訊かなかったことにしてスルーしようとしても、さらに追い打ちをかけたような言い方をするんです。せっかくこっちがスルーしてあげようとしているのに、何をって普通ならおもうじゃないですか。でも、彼女には悪気が感じられないんです。そこがどうしても許せないところで、皆、なるべくまわりには仲良くしているように見せて、実は内部で村八分のような形にしようと言い合っていたんですよ」
という話をした。
「何か、言われて腹の立つようなことなんですか?」
と松阪刑事に訊かれて、
「ええ、相手の性格を自分で熟知しているかのような言い方をしてくるんです。私は何でも知っているのよっていう雰囲気ですね。ただでさえ、それだけでウザいのに、完全な上から目線に見えてしまって、それをこちらがムキになってしまうと、相手の思うつぼになりそうで、それなら、無視を決め込むに限るということになったんですよ」
と彼女は言った。
「それが、二人の間で話されていたことなんですか?」
「ええ、でも、さすがに彼女もそんなこちらの態度の奥底を見抜いたんでしょうね。必死になって挑発してくるんです。今は、そんな彼女との膠着状態というところでしょうか。まるで昔の冷戦みたいな感じです」
というと、
「じゃあ、横溝さんと仲がよかったのはどなたかおられますか? 皆さん全員と仲が悪かったら、さすがにサークルとはいえ、旅行にまで来ることはないのではないかと思ったんですが」
と、松阪刑事は訊いた。
「そうですね。四つ辻の方で捜索をしている先ほど申しました一番最年少の女の子で、名前を高木明子さんというんですが、彼女が結構仲が良かったと思います」
というのを訊いて、
「仲が良かった? 過去形ですか?」
と、間髪入れずに門倉警部補が訊き返した。
彼女の言葉の抑揚と、言葉を区切った時の違和感からの咄嗟の反応だったようだ。
「ああ、いえ、そうなんです。最初は高木さんが横溝さんを慕っているというような感じだったんですが、そのうちにお互いにギクシャクし始めて、そのうちに、何と言いますか、高木さんが横溝さんのいうことなら、何でも従うようになったんです」
というではないか。
「じゃあ、最初は、年功によるものなのか、尊敬の念を抱いていたようなんだけど、そのうちにそれに高木さんが疑問を抱くようになったのか、ギクシャクし始めたが、今後は高木さんは横溝さんに従順になってしまったということでしょうか?」
と松阪刑事に言われて、
「ええ、その通りです、最初は、あまり仲良くなりすぎることで、高木さんが何か弱みでも握られたのかって思っていたんですが、どうもそうではないようなんです」
「というというと?」
「弱みだけではなく、借金か何かもあるのではないかという感じも受けました。あくまでも勘でしかないんですが」
と最年長の彼女はそう言った。
ひょっとすると、相手は誰かは分からないが、誰かに対して金銭的な弱みを握られたことがあったのかも知れない。その経験から、そのような思いを抱いたのではないかと思うと、まんざらまったく信憑性のない話でもなさそうな気がした。
「なるほど、分かりました。じゃあ、あちらの事件とこちらの事件が結び付くかどうかは分かりませんが、こちらで横溝さんが殺された事件に関して、一度、サークル仲間の、殺された横溝さん以外の四人からご意見を伺った方がよさそうなので、一度、こちらの検証が済み次第、宿の方で、再度お話を伺うことにしょうかと思いますが、皆さん、それでよろしいでしょうか?」
と、門倉警部補は、そういった。
ここにいる三人に依存はなかった、
そこで、前述のような電話を辰巳刑事に入れたのだが、辰巳刑事の意見としては、
「分かりました。じゃあ、こちらから、まずそちらに移動しようかと思います」
という話を言われた。
「どうしてだい?」
と門倉警部補が聞くと、
「こちらの三人は、そっちの状況を知らないし、一緒に殺されている男性をまだ見ていないので、一度、面通しをした方がいいのではないかと思いまして」
というのであった。
「どうしてなんだい?」
「実は、こちらにいる高木明子という主婦がおられるんですが、その人の様子が微妙に変なんですよ。殺されている人物を知らないのは知らないらしいんですが、何か不安に襲われているようで、ひょっとすると、別の男性をイメージしていたのではないかと思うと、そっちで殺されている男性を見せてみたいと思ってですね」
というではないか。