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二重人格による動機

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「あなたは、その不倫の相手というのがどんな男性なのかって知っていますか?」
 と訊かれて、
「いいえ、ハッキリとは知りません。でも一度房江さんは旦那以外の男性と仲良く歩いているのを見たことがあったんですが、遠くから、それも後ろからだったので、どんな男性なのかまでは分かりませんでした。でも、それを見た時、彼女の言っていることが本当のことだって確信したんです」
 というのだった。
「ひょっとすると、一緒に死んでいた男性が彼女の不倫相手カモ知れませんね」
 と桜井刑事がいうと、
「そうですね、でも、まだ何とも言えませんよ。彼女が不倫をしていたという話は、今ここで聴いただけのことであり、完全に信用できるものではないと思いますからね」
 と、辰巳刑事は皆がいる前で言い放った。
 それを訊いた、不倫の話をした主婦は、辰巳刑事に対して少し挑戦的な視線を浴びせたが、辰巳刑事もその視線に気づいて、彼女を見返してくる。その表情は挑戦的でもなく、やたらと余裕が感じられ、それがどうにも彼女には気に食わない思いをさせた。
 辰巳刑事は彼女に何か違和感を覚えたのか、少し気になっているのは間違いないようだった。
「ところであちらには誰が行っているんですか?」
 と桜井刑事は辰巳刑事に聞いた。
「向こうには、まず長谷川巡査と、鑑識が先に到着していて、後から門倉警部補と松阪刑事が向かうとのことだよ」
 と辰巳刑事は答えた。
「そうですか。こちらの事件とあちらの事件、何か関係があるんでしょうかね?」
 と訊かれて、
「どうだろう? 同じ宿に泊まった別々のまったく面識のない人間が、偶然翌日に、別の場所で死体となって発見される。これって偶然にしては出来すぎている気はするんだけどね」
 と辰巳刑事は言った。
 さて、同じ頃に心中と思しき現場に、先ほど話題になった門倉警部補と、松阪刑事がやってきていた。
 門倉警部補は、すでにK警察刑事課において、刑事として数々の事件を解決してきた手腕は、他の署にもいきわたっているくらいで、
「まだ警部補というのはおかしいんじゃないか?」
 と言われていたが、本人が昇進にはほとんど興味を示さず、昇進試験の勉強をするくらいなら、事件を追いかけた方がいいと言っていたようだが、実際には、影で勉強をしていて、
「試しに受けてみれば」
 と言われた昇進試験に余裕で合格したということだった。
 ただ、門倉刑事は昇進のために勉強していたというよりも、そもそも勉強自体が好きだったので、教養は身についていたということであった。
 だから、試験を受ける前の俄か勉強は、最後の総仕上げ程度で見ていただけだったので、余裕での合格も分からなくもないというところであろう。
 だが、警部補になっても、やっていることに変わりはない。最前線に出ることもいとわずに、部下にその背中を見せることで、教育もできていて、役職は彼にとって、さほど重要なものではないということであろう。
 ただ、警察組織において、階級によってできることできないことがハッキリと別れているので、警部補になったことでできるようになったことも結構ある。それはありがたいと思ったが、そもそも刑事の頃でも、まわりを引っ張っていくことに長けていたので、警部補としても、その力はいかんなく発揮されていた。問題は、責任も大きくなったということで、ちょっとしたことでも、追い落とされないとも限らない。そこだけは本人も自覚した行動をとるようにしていたのだ。
 今回、門倉警部補と行動をともにしているのは、若い松阪刑事であった。
 彼は警察学校を平均的な成績で卒業し、その他大勢の刑事の中の一人だと思われていたが、K警察への赴任が決まったのは、どうやら門倉警部補が、
「松阪刑事をぜひともうちに」
 という強い推薦があったからだという。
 その話を伝え聞いた松坂刑事は、一度直接門倉警部補に、
「どうして私のような、そんなに目立たない警察官を引っ張ってくださったんですか?」
 と聞いたという。
「君が書いたという試験の作文を読ませてもらったんだけど、君の考えは私の考えと似たところがあるので、そこがちょっと気になってね」
 と言われ、
「どういうところですか?」
「君は作文の中で、『警察の仕事というのは、犯人を逮捕することも大切だし、犯罪を未然に防ぐのも大切だけど、そのどちらも中途半端な気がする、だから、それを一気に解決するために必要なのは、研究と検証だと思う』と書いていただろう? 私はその意見に感動したというか、私と似たような意見を持った人が新人として入ってくるのを頼もしいと思ったので、そういう部下を目の前で見てみたいと思ったんだよ。その新人がどのように育って行ってくれるかね。警察というところは、まあ警察に限ったことではないが、慣れてくると、長いものに巻かれる傾向にある。君のような意見を持っている人は、比較的そんな巻かれるようなところはないんだろうと私は思いたいんだ。そういう意味でも、君をそばにおいてその成長を見守っていきたいとも思っているんだ。君のような人は、私が指導するまでもなく、成長するのは間違いない。ただ、基本的なノウハウや考え方だけは、教えないと分からないだろうと思ったので、私の手元に置きたくなったんだ」
 と、門倉警部補は話した。
 松阪刑事は、門倉警部補にとっての、
「秘蔵っ子」
 という意味で見ている人が多いかも知れないが、ニュアンスとしては少し違っている。
 そんな松阪刑事を加えたところでの刑事課は、今の刑事としては、辰巳刑事、桜井刑事を始めとして、数人刑事がいるが、その中でも微妙な異色的な存在なのが、松阪刑事であった。
 松阪刑事にとって、K警察刑事課は、きっと自分の才能を十分に生かしうることができる場所だと自分でも思っていた。
「刑事という商売は、自分で自分を信じることができなければ、務まらない仕事なんだ」
 と、門倉警部補は、よく部下に話をしていた。
 辰巳刑事のように、どちらかというと昭和の刑事のイメージを漂わせているのは、
「勧善懲悪」
 という考え方が前面に出ているからだろう。
 さすがに行き過ぎた捜査をすることはなかったが、たまに思い込みで突っ走ることがあり、
「怪我をする」
 ということもあった。
 そういう意味で、いつも生傷が絶えないと呼ばれていたが、それは実際のことではなく、精神的に怪我をしたり、生傷が絶えないということだ。いい悪いは別にして、辰巳刑事はその考えが表に出すぎることがある。上司としては危なっかしいと思うのだが、彼の勧善懲悪の考えが、他の誰も想像もできないような発想を生み出し、事件解決に導いたことも幾度もあったのだ。
 やはり辰巳刑事いとって昭和レトロは、
「古き良き時代」
 という言葉を、そのままの意味で受け取ってもいい世界を形成できる無二の人物なのだろう。
 桜井刑事というのは、辰巳刑事とはまた違ったイメージであった。
 彼は冷静さでは、門倉警部補の右に出るくらいのものがあり、冷静になってからの彼の判断力は、まわりの皆が感心するほどのものであった。しかも、彼は勘が鋭い。もちろん、それは経験に裏付けられたものなのであろうが、昔であれば、
作品名:二重人格による動機 作家名:森本晃次