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二重人格による動機

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 どうも微妙な感性の持ち主のようで、表現がいちいち芸術的を装っているようだ。さすがに文芸サークルだと女中は思ったが、刑事は文芸サークルであることは知らなかった。
 そこで、彼女の話し方に感化されたのか、
「ところで皆さんはどういうお集まりなんでしょうか?」
 と、辰巳刑事が訊いた。
「ああ、私たちは文芸サークルの仲間なんです」
 というと、それを訊いた桜井刑事も辰巳刑事も納得したかのように顔を見合わせて、
「うんうん」
 と頷いていた。
「今回は文芸サークルの仲間数名で温泉旅行というわけですね?」
「ええ、繁忙期は避けて、大きな旅館は変に気を遣うので、老舗の旅館を探していると、こちらの宿が見つかったんです。予約を入れると、自分たちだけだということだったので、二つ返事で予約を入れました」
 と、もう一人の奥さんが言った。
「でも、死んでいるということが、よく分かりましたね? あたまがこちらを向いていて、顔が見えなかったんでしょう?」
 と桜井刑事に訊かれて、
「ええ、私は以前、看護婦をしていたことがあったんです。と言っても、数年でやめましたけど」
 と彼女は言って、顔を下に向けて、モジモジした様子だった。
 それを見て桜井刑事は、
――この奥さんは、何か辞めなければいけない理由があったんだ――
 と思い、それを言いたくないのだろうと感じた。
 看護婦という商売は、何かがあって辞める場合は、他の仕事に比べて、特別な場合が多いような気がするのは、桜井の気のせいなのかも知れないが、この場合、この事件とは関係のないことであれば、それを敢えてほじくり返すようなマネはしてはいけないと思うのだ。
 辰巳刑事もたぶん、彼女が何かを隠していることくらい分かっているだろうが、気を遣ってわざと触れないようにしているのだろうと思った。
「被害者は、胸を刺されて死んでいますね。前から心臓を一突き。見事に一撃で殺しています。きっと即死だったのだろうと考えられます」
 というと、三人は、いよいよ自分たちが発見したのが死体であり、これが殺人事件であるということを実感してきたのだろう。
 しかも、自分たちが第一発見者になるのだ。看護婦であるという本当に最初の発見者の彼女は元看護婦ということで別にして、普通の人であれば、人の死に立ち会うなど、そう何度もあるわけではない。しかも、殺人事件ともなると、一生に一度でもあればいい方ではないだろうか。
 第一発見者ともなると、こんな経験は本当に希少価値なんだろうなと思っているに違いない。
 しかし、被害者の顔をまともに見たのは、本当の第一発見者である元看護婦だけだった。彼女は、その男性に見覚えはないということだったが、警察が犬馬検証を行いながら、第一発見者に面通しをするのは当然のことだ。
 そこで、残りの二人は桜井刑事に連れられて、死体のそばに連れていかれた。
「申し訳ありませんが、一度お顔をご確認いただきたいと思いまして、これも我々の職務ですので、ぜひともご協力をお願いしたいと思いまして」
 と言われて、二人とも、
――そりゃあ、刑事の職務ってのは分かるけど、それを理由にされて、気持ち悪い死体をわざわざ確認しなければいけないなんて、ご飯が喉を通らなくなったら、どうしてくれるのよ――
 と思った。
 その表情は、女中の方に強く出ていて、それを二人の刑事は見逃さなかった。
 まず、もう一人の主婦の方が、死体の男を覗き込んだ。目は閉じられているので比較的穏やかには見えたg、唇の色が真っ青になっているように見えると、顔の土色が唇の色から反映されて見えるようになり、次第に顔全体に広がってくるように見えたのだ。
 ちなみに、最初から目を閉じていたわけではない。一番最初に元看護婦が発見した時には目は、カッと見開き、断末魔の表情をしていたのだ。これを最初に後の二人のどちらかが発見していれば、その場で意識を失っていたかも知れないと思えるほどで、実際の刑事も最初は、ギョッとしたほどだった。
 第一発見者が元看護婦だと聞いて、失神しなかったのも、他の二人が顔を確認していないというのも分かった気がした。明らかに市の恐怖と苦しみにのた打ち回っているかのような表情だったのだ。
 さすがに目を閉じると、そこまでの表情はなくなっていた。安らかとまではいかないが、苦悶に満ちた表情ではない分、幾分か、元々の表情に近いことだろう。そういう意味で最初に発見した彼女には、その男が知っている人物であったとしても、見分けがついたかどうか怪しいものだった。
 しかし、三人目の女中がその男の顔を見た時、
「あっ」
 と叫んだ。
 それを訊いて、後の二人の主婦も刑事二人も少し意外な気がして、
「ご存じなんですか?」
 と辰巳刑事が訊くと、
「ええ」
 と女中が答えた。
「誰なんですか?」
 と訊かれて、女中は徐々に身体が震えてくるのを抑えることができないのか、声を震わせて、
「昨日からお泊りになっている方で、確かお名前を清水陽介さんと言われる方です」
 というではないか。
 それを訊いて、主婦二人は何が起こったのか分からずに、言い知れぬ不安だけが襲ってくるのを感じるのだった。

               心中死体

「じゃあ、この方もこちらの宿で宿泊されていた方だということでしょうか?」
 と桜井刑事に訊かれて、女中は無言で頷いた。
「予約されていたんですか?」
 と、さっきの主婦の話では、確か主婦が予約した時は、他に宿泊客はいないということだったはずなので、桜井刑事はそこが気になったのだ。
「いいえ、昨日いきなり来られて、宿泊できるかを訊ねられたんです。それで女将が許可したというわけなんですが」
「じゃあ、他の宿を何軒か尋ねて、それでこちらに寄られたということでしょうか?」
 と桜井刑事に訊かれて、
「それはないと思います。もし、そうであったとすれば、時間的にもっと遅い時間に来られているはずだからですね。あのお方が来られたのは、三時を少し回った時間で、ほとんどの宿では、チェックインの時間が三時なので、何軒もまわってこられたわけではないと思います、時間的に考えても、うちが一番最初だったと思われますね」
 と女中はいい、
「飛び込みでの宿泊というのは、そんなに珍しくもないんですか?」
 と聞かれ、
「そうですね、繁忙期にはまずありえませんけど、この時期であれば、珍しいことは珍しいですが、まったくいないというわけではないですね。もっとも、これが女性のお一人様だということであれば、話は別ですけども」
 と女中は言った。
「なるほど、女性の一人というのは、昔から予約なしでは泊めてくれないことが多いですからね」
 と、そのあたりの事情は警察も分かっているようだった
 それを訊いて二人の主婦も頷いていたので、彼女たちにもそのあたりの事情は分かっているようだった。
「ひょっとすると、以前、宿に一人旅をしていて飛び込みで泊まろうとしたことがあったのかも知れない」
 と、まで考えたが、これも事件に直接関係のないことなので、敢えて触れる必要もないだろう。
「この人の職業は何なんでしょうね?」
 という桜井刑事に、
作品名:二重人格による動機 作家名:森本晃次