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キツネの真実

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「そういえば、私も真由美ちゃんくらいの頃だったと思うんだけど、どこかで、お姉さんみたいな人とこういうお話をしたような思い出があるんだけど、残念ながら、相手がどんな人だったのか、そしてどんな話だったのか、思い出せないのよ」
 というと、
「それは、お姉さんの錯覚かも知れないわね」
 と、真由美は言った。
「どういうこと・」
「それは、お姉さんが私の身になって考えようとしているからじゃないかと思うんだけど、今まで経験したことのないことを、経験したかのように考えようとして一番手っ取り早いのは、相手の思いに寄り添って考えることではないかと思うの。でも、それだけではなかなか感情が膨らんでこない。そこで、本当は自分が過去に経験したことではないかという、意識の中の辻褄を合わせようとするんじゃないかと思うの。それが一種のデジャブのような感覚を呼ぶんじゃないかって私は思うんだけど、どうなんでしょうね?」
 と、真由美は言った。
「ええ、確かにそういうことなのかも知れないわね、私は、そういう心理学的なお話には今までであればついていけないと思って、話を遮ったりしたけど、どういうわけか、真由美ちゃんと話をしていると、私も話に飲める混んでいきそうなの。何というか、真由美ちゃんの話が、自分の期待している答えばかりの気がするからなのかしらね?」
 というと、
「自分の都合のいい回答を相手がしてくれるというのは、ある意味、そういうことなのかも知れないわね。私も今までに同じような経験をしたことがあったわ。でもどこまでが本当のことだったのかって、ハッキリとはいえない気がするの」
 と真由美は言った。
「これは私の考えなんだけど、お姉さんは自分の気持ちを正直に口に出して話をすると、きっと分かりやすい話ができる人なんだって思うんだけど、まわりにそれを受け付けてくれる人がいないので、それを画用紙に鉛筆を走らせることで、気持ちを実現させようとしているんじゃないかと思うの。だから、描きながらいろいろなことを考えたり想像したり、妄想かも知れないけど、それが入り混じって、時には時系列を飛び越えて、目の前に見えていることだけではなく、目を瞑れば浮かんでくる過去の記憶を、描いている時は、それをまさに今見ているかのようにしながら描いているんじゃないかと思うんです。だから、同じ場所にいくつかの残像が残っている。一つのことしか描けないので、省略して描くしかない。そう思って描いているうちに、自分で不要な部分は省略して描いているという意識になっているんじゃなくて? お姉さんの描いている絵を見ながら私はそう感じたんだけど、違っているかしら?」
 と、真由美はさらに続けていった。
 紗友里はその話を訊きながら、目からうろこが落ちた気がした。
――確かに、自分が疑問に思っていたいくつかのことを、真由美ちゃんが解明しているんだわ――
 と思った。
 それも、自分の中でいくつかの、
「離れた感情」
 つまりは、考えていく中で、直接的には結び付かない疑問なので、一つ一つを解明していくしかないと考えていたのだが、それを真由美は見事に一つにまとめて話してくれた。
 それは、時系列に沿って(沿っていると思っているだけなのかも知れないが)順序だてて、理論を組み立てているからであろう。
 いろいろな妄想や想像を、自分なりに解釈しようとする行動は好きであったが、それを理論として考えることは、紗友里には受け入れられないことだった。
「人間の考えることは、感性であって、理論などでは決してない」
 という思いが、紗友里の中にあったからだ。
 紗友里は、真由美の話を訊いていて。自分が真由美と同じくらいの頃のことを思い出そうと思った。
 真由美は自分よりも十歳くらい下である。今から十年前というと自分が一体何をしていたというのか? おぼろげな記憶しかなかった。
 今から五年前に、クラブでホステスをしていた自分は、先代に見初められて、息子の嫁として話をいただき、その後に読めとして金沢家に嫁いだ。
 クラブのホステスになったきっかけが何であったか、思い出そうとしても思い出せない。そういえば、今までその時のことを思い出そうとしたという意識が自分の中になかった。
 思い出そうとした経験はあるのだろうが、思い出そうとしたという意識を失ってしまったのか、本当に思い出そうとしなかったのか、どちらかであろうと感じたが、そのどちらも発想としては、おかしなものだった。
 紗友里の性格からして、過去のことを思い出そうとするのは、定期的な感覚であり、ただ、いつの頃の過去をいつも思い出そうとしていたのかというと、そのほとんどが子供の頃のことだった。
 それも、子供の頃を思い出そうとするだけの必然的な何かがその時に存在していて、
「思い出すべくして思い出した記憶」
 というのが、子供の頃の記憶だったのだ。
 では、十年くらい前の記憶というと、思い出そうとしなかったのも不思議に思うが、どうもぽっかりとそこで開いているような気がした。
 となると、子供の頃の記憶というのも、どこまで信じていいのか、信憑性があるものなのか、自分でもよく分からない。
 そこに記憶がないだけで、別にそれ以前の記憶を思い出す障害になるというのは考えにくいと思うが、一度、途中に記憶がないと思うと、不安になってくる。
 だが、子供の頃の記憶は確かなものであった。
「あの頃の自分がいたから、今の自分がいるのだ」
 と考えると、間違った記憶だとはどうしても思えない。
 ただ、これは誰も言わないだけで、誰もが感じていることなのかも知れないと思ったこともあった。
 誰もが感じていることではあるが、人に聞くのは、
「何言ってるの。おかしなこと言わないでよ」
 と一蹴されてしまうことに懸念を覚えるからではないかと思った。
「ねえ、真由美ちゃん。真由美ちゃんは自分の過去のことを思い出そうとして、記憶の中で抜けている部分があるんじゃないかって考えたりしたことはなかった?」
 と聞いてみると、真由美は少し考えてから、
「ええ、それはあるわね。でも、これって皆にあるわけではないと思うのよ。何か心にトラウマのようなものを抱えていて、そのトラウマというのが、その時の記憶、いや、意識が変化したものだとすると、辻褄が合っているのではないかと私は思うの。だから、ぽっかりと記憶に穴が開いているんだけど、それ以前の過去を思い出そうとする時、そのトラウマは記憶に戻ってキチンと橋渡しをしてくれると思うんだ。きっと今お姉さんは、記憶の欠落しているかも知れない場所があって、それ以前の過去への信憑性を心配していると思うんだけど、それに関しては、心配することはないのよ」
 というではないか。
「すごいわね。どうして私の考えていることが分かったの?」
 と聞くと、
「それは、お姉さんは認めたくないかも知れないけど、時系列に沿って理解しようとして、理論を積み重ねていくと、おのずから分かってくることなのよ。こういうのを理路整然というのかも知れないわね」
 と真由美は言った。
作品名:キツネの真実 作家名:森本晃次