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キツネの真実

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「この温泉宿では、子供というよりも大人に関係していることのようだ、もっと調べたり訊ねたりすれば、新しい情報が得られるかも知れない」
 と感じた。
 だが、あと数日で離れるこの温泉地、知ったところでどうなるものでもないだろう。
 とは思ったが、この滝に対して。そして祠に対して、初めて見るはずなのに、
「以前にも見たことがあったような気がするんだけどな?」
 と感じるのはどうしてなのだろう?
 それが分からないだけに、すぐに他に考えを向けることはできなかった。
「それにしても、お姉さんの絵はなかなか上手ですね?」
 と言われて、
「そうでもないわよ」
 と、明らかに謙遜しているふりをした自分に対して苦笑いをしたが、真由美はその絵をまじまじと見た。
「お姉さんの絵を見ていると、見えるはずのものが見えていないように感じたり、見えないはずのものが見えているような気がするんだけど、でもそれでも辻褄が合っているような気がするのは、お姉さんがこの場面を違った目で見ているからではないかと思うのよ」
 と言われた。
「どういうこと?」
 と聞くと、
「それはごくたまに、ここの景色を同じ日に見た人が、数時間しか違っていないのに、一人は存在すると言っているものを否定したり、逆にもう一人があると言っているものを否定したりしているの。話を訊いてみると、どうも、お互いに同じ場所の違う時間を見ているように思われるらしいんだけど、どちらが正しいということもなく、どちらも正しいのよ。ただし、どっちも間違っているとも言えるの」
 というまるで禅問答のような話をしている。
「どういうこと?」
 と言われて真由美が答えたのは、
「二人とも今の光景ではない話をしているの。一人は一週間くらい前のその場所の光景を説明していて、もう一人は一か月くらい前の光景なの。おかしいと思っても理屈が分からなかったの。その伝説があったのは、江戸時代くらいの話で、そんなSFチックな話が通じるわけはないからね」
 と、真由美は言った。
「本当にそんなことってあるのかしら?」
 と紗友里がいうと、
「そうね、普通ならないかも知れないわね。でも人によってそういう見方ができる人もいrんじゃないかって思うの。ただ、それもすべてにおいてというわけではなく、何か特別な時、何かをした時とか、何か自分のまわりで起こっている時とか、いわゆる虫の知らせ的にね」
 と、真由美はいった。
「真由美さんには何か心当たりがあるの?」
 と聞くと、
「それが今のところはハッキリしないのよね。でも、正直気持ち悪いという意識はあるわ。その気持ち悪さがどこから来るものなのか分からないだけどね。ところで、紗友里さんとしては、絵はどのあたりくらいまで完成してると思ってるの?」
 と訊かれて、
「そうね、半分以上はできていると思っているけど、率にしていうのは難しいかも。あとここには三日はいるつもりでいるので、完成させたいとは思っているわ」
 というと、
「絵というのは、最初から最後まで同じペースで描いていけるものなの?」
 と聞いてくるので、
「真由美さんは、自分で絵を描いた経験というのは>」
「小学生と中学の途中くらいまでに少しあるくらいかしら? でも、嫌々やってたので、ほとんど感覚というものはないと言ってもいいかも知れないわね」
 と言っている。
「じゃあ、分からないのも仕方がないわ。絵というのは、私の経験からいうと、最初の書き出しと、最後の仕上げで時間が掛かるものなのよ」
「どういうこと?」
「絵というものは、私はジグソーパズルに似ていると思うの。最初の書き出しというのは、描き始める前に、最初にキャンバスに対してどのように描くかというバランと、そして、最初に筆を落とす場所をどこにするかというのを決めるのに時間が掛かるのね。いわゆる準備段階とでもいうのかしら? そして最後は、ジグソーパズルよろしく、最後のピースを埋めれば出来上がりなんだけど、本当にそのピースがキチンと嵌るのかどうか、絵に関して言えば、ハッキリとしない気がするのよね。それは、双六なんかで、最後にマス目にあった数が出ないとゴールできないような感覚にも似ているかしら? 『百里を行く者は九十を半ばとす』という言葉が示すように、最後の締めが実は一番大切かも知れない。だけど、もう一つ言えることは、最初の段階で、ある程度は決定しているとも言えるの。それが準備段階という意味でね」
 と紗友里は言った。
「なるほど」
「プロの俳優さんとかは、舞台に上がる前にすべてが終わっているなんて話す人もいるけど、まさにその通りなんじゃないかと思うの。だから、リハーサルであったり、普段からのイメージトレーニングなどに皆さん、余念がないと思うんですよ」
 というと、彼女はますます感心して、
「うんうん、確かにその通りですよね、お姉さんの絵を見ていると、どこか吸い込まれるようなところを感じたので、きっと、それは準備段階がしっかりしているからなんでしょうね。でも、私には最後のできあがりを想像することができないんです。さっき言ったように、目の前の光景と、この絵とが私には一致しているように見えないから、どうしても一歩先だけしか見えないんです。それが不安な気分にさせるんですが。逆に考えると、それが普通ではないかとも思うんです。だから、こうやってお姉さんとお話することができたのは私にとってありがたいことだと思います」
 と真由美は言った。
 真由美を見ていると、彼女は何かを抱えているのは分かる気がした。しかし、今の紗友里にはそれが何なのか分からない。今の紗友里は自分のこともよく分かっていなかった。絵を描いている時、自分を顧みることを考えているが、だからと言って、新たに何かが浮かんでくるわけでもない。
「私は何か大切なことを忘れている気がしているんだけど、それが何なのか分からないんです。ひょっとして記憶喪失なのかも知れないとも思うんだけど、記憶を失っているという意識はないんです。たぶん、思い出せないだけなのかも知れないんだけど、それが本当に思い出さなければいけないことだったのかというと、それも分からない。そんな思いを今までに何度かしたような気がするんですよね」
 と紗友里がいうと、
「それはお姉さんだけではないですよ。私にもあります。だけど、思い出せないのは、きっと未来のことを想像していることだからではないかと自分で思うようにしているんです。忘れてしまったわけではなく、未来に思いを馳せている時、それを過去に起こった何かと勘違いして思い出そうとするから、意識の中の矛盾がそれを許さないのか、それとも、元々記憶の中にないものなので、思い出すも何も、意識できないこととして、思い出せないことに苛立ちを覚えながら、どの段階で、諦めるかという、おかしなループを感じさせることがありました」
 と真由美は言った。
 紗友里は、自分が時々、難しいことを言って、まわりをドン引きさせることがあったが、真由美という女の子は真面目に話を訊いてくれる。
 それを見た時、
作品名:キツネの真実 作家名:森本晃次