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キツネの真実

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「そうね。私の聞いた話では、その後で、キツネは板前の子供を身籠るの。そして、奥さんであるキツネが、臨月を迎えると、奥に籠って、決して覗かないようにって言っておいて、中に籠ったんだけど、男はその禁を破って覗いてしまったの。すると、そこではキツネが恐ろしい形相で眠っていたらしいの。それを見た男は恐ろしくなって、キツネを退治したということなんだけど、本当は臨月で大変だったことで、別にキツネが男を裏切ろうとしていたりとかいうわけではなかった。人間のオンナだって、臨月で苦しんでいるところを旦那とかに見られたくないでしょう? それと同じだったのに、結局は男は相手がキツネだということが最後は怖くなった。それで、退治してしまったということになるのよね」
 と、真由美は言った。
「それで、旦那はどうしたの?」
 と紗友里は訊いた。
 紗友里が一番聞きたかったのはそこであり、ここでおとぎ話が終わるわけはないと思ったのだ。
 それに、この話は温泉街の人たちは隠そうとしているのだ。当然、恐ろしい結末が待っていることは分かり切っていた。
「どうやら、おキツネ様の祟りに逢われたのか、その後三日間ほどうなされていたらしいの。その後は、気が触れてしまったようで、家にいても時々狂気のような笑いを家全体に響かせてまわりを不安にさせていたというの。でも最後は、あの滝に飛び込んだっていう言い伝えも残っているわ:
 という真由美に対して。
「今の話を訊いていると、何か違和感があるんだけど?」
 と紗友里が指摘すると、別にその指摘に対して驚きも見せず、まるで当たり前でしょう? とばかりに、
「実は男が滝に飲まれたというのは事実らしいんだけど、実は村人の数人が、キツネの仕業であることを知っていたようで、その祟りであれば、この男を生かしておけば、村に災いが降りかかるということで、気が触れたということにして、何人かで、男を滝つぼに叩き落したという説もあるらしいの。私は実はこっちの意見の方に信憑性を感じるんだけど、要するに恐ろしいのはキツネではなく、人間の疑心暗鬼と不安が、このような悲劇を生んだんじゃないかと思ってね。人間というのは、それだけ自分たちが特別だと思っているということなんじゃないかって思っているのよ」
 というのだった、
 紗友里も黙って頷いたが、まさにその通りだった。これはキツネの正体が云々というよりも、その裏で暗躍した人間の本性が、ここでのキツネの正体なのではないかと思うのだった。

              記憶の行方

 そんなキツネの話を訊かされて、少し食らい雰囲気になってしまったが、
@ということで、ちょうど、お姉さんの座っているそのあたりに、村人が板前を滝つぼに落とした時、揉み合った場所らしいのよ。だから、身体に異変が起こっていないかと思って聞いたのだという。
 しかし、祟りのような痛みではなく、慢性的な痛みが身体にしみついているだけのことだった。女性は冷え性が多く、その分腰にも負担がかかるというのを訊いたことがあり、自分の場合はまともにその傾向なのだと思った。女性の間でも冷え性は顕著で、学生時代からよく言われてきたことであった。
「真由美さんは、この温泉には何度も来ているの?」
 と訊かれて、
「ええ、何度もというほどではないかも知れないけど、二、三度というわけでもないわ。年間に数回くらい来ているので、まあ、結構来ているということかしら?」
「そんなに何かに効能があるということなのかしら?」
 と紗友里が聞くと、
「ええ、ここは実は安産に聞くという温泉でもあるの。さっきのお話の続きではないけど、臨月の苦しそうな顔をしているキツネを見て、なんて件を訊くと、さすがに安産の湯というのを宣伝するのは矛盾しているでしょう? だから、逆にここに祠を建てて、ここを安産の神様としてまつったのね」
 という話を訊くと、
「じゃあ、その時のキツネは、子供と一緒に身を投げたというわけではないの?」
 と聞いてみた。
「ええ、キツネの子供はその後、キツネの親に引き取られて、キツネとして育ったというのよ。そして、そのキツネと人間の間にできた子供が大きくなって、人間と結婚して、そしてどんどん人間に近づいていったんですって、その子孫がどうなったのかということまでは分かっていないんだけど、子供だけは安全に生まれたのね。でも、親は二人とも悲劇だったことから、伝説は観光客の間に、真実が伝わることはなかったのね、だからどうしても美談になる。でも、美談にしまうと、あまり目立たないというのも宿命のようで、だから、ここにキツネの伝説があること自体知らない人が多いの。観光ブックにも決して載ってないしね」
 と、真由美はいうのだった。
 そういう話は、いろいろな地方に伝わっていて、しかも似た要は話が存在する。
 ということは、どこかに起源と言えるべき話が存在し、それが尾ひれをつけて広がったのか、それとも、その土地独自の風俗に馴染むような形で繋がったのであろうかであるが、そういう意味では、ここには滝というものがあるので、伝説として根付くには十分だった。
 そういう意味では、他にもいろいろな滝についての言い伝えも残っているのかも知れないが、キツネの祠があることで、この話が一番信憑性があるとして伝わったのだろう。
 すべてが、
「帯に短したすきに長し」
 であれば、いろいろなウワサが伝わっていたのだろうが、祠のおかげで、本当に信憑性のある話が一つでもあれば、もし他に諸説あったりすると、この根本の話まで怪しいと疑われるようになる。それは当然避けたかったのだろう。
 そういう意味で、他に逸話が残っていたとしても、この話を生かすために、打ち消されてきたのかも知れない。
 キツネというのは、昔から人を化かすであったり、九尾のキツネのような妖怪の類の話があるかと思えば、お稲荷様としてまつられているということもある。果たしてどっちが信憑性があるのかとも思ったが、何かを祀るということは、その祟りを恐れてのことというのが昔からの言い伝えだとすれば、やはりキツネに化かされた人が、キツネに復讐するか何かして、殺したりしたことを、逆にキツネから返り討ちにあったりして、その祟りを恐れているのかも知れない。
 ただ、お稲荷様というのは全国に存在する。どこかから稲荷伝説のようなものが発祥し、全国に広まったと考えるか、一つの宗教団体のようなもので、布教によって広がったのかのどちらかであろう。
 今となっては、キツネが宗教に関わっているというのはあまり聞かない。聞いたとしても、ご神体のようなイメージで取り扱われることが多いだろう。
 しかし、キツネに化かされるという話はよく聞くので、キツネに化かされるというのは、ある意味子供たちに対しての警鐘のようなものではないかとも思える。
「夜中に口笛を吹くと、ヘビが出てくる」
 というような都市伝説的な話ではないだろうか。
 ただ、キツネの神様であるお稲荷様というのは、子供の神様として知られているが、どうして子供の神様になったのかまでは、知らなかった。
作品名:キツネの真実 作家名:森本晃次