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キツネの真実

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「それは分かります。普通は誰もが思うことですよね」
「でも、実際にやってみると、短い文章の方g難しく、高貴が気がしてきたんだよ。そこで感じたのが、俳句というのは、自分のような人間がするにはふさわしいとね」
「どうしてふさわしいと思ったんですか?」
「俳句というのは、短い文章に制約が多い。でも制約や束縛の中から生まれる芸術というのは、果てしない可能性を持っているような気がしてね。そしてもう一つ考えたのが、芸術というものは、大胆に省略することができる力を持った人でないと、難しいのではないかと思ってことなんだ」
 という話だった。
 その頃、すでにデッサンを趣味にしていた時期だったので、先代の話、特に最後のところは、完全に意見が一致していた。
 そして、それを訊いた時、紗友里はなぜか先代が、自分の命がそれほど長くないということを悟っているかのように感じたのだ。
 今度の温泉旅行に関して、旦那にはこれっぽちも後ろめたさはなかったが、先代に対しては悪いことをしていると思っていた。それだけに、ここでのデッサンはしっかりしたものを仕上げて、自分のスキルが上がったということを、自分でも納得したかったのである。
 先代の俳句、そして紗友里の絵画ともに、似ている趣味というわけではない。だが、心を通じ合わせるという意味では、共通点が多いことを、紗友里は知った。
 だが、それ以前に、先代の方は最初から分かっていたようで、絵画を始めたいという紗友里に対して、
「応援しているよ」
 と言ってくれたのは嬉しかった。
 それだけに、絵画を理由に、不倫旅行に出かけてきたことへの後ろめたさは、先代に対してだけは大きく持っていたのだ。
 だが、最初こそ不倫旅行と思っていたが、来てみると、やはり絵画のための旅行であり、不倫相手がついてきたというだけで、ついでのようなものだった。
 だが、実際には不倫であることに変わりはなく、まるで言い訳を紡いでいるかのように見せているあざとさに、自分の中であまりいい思いがしなかった。
 一日目に何かモヤモヤした気分が残ったのは、そのあたりの複雑な感覚があったからなのかも知れない。そして、この絵が今のところまだ明日に完成させることは難しいと感じた紗友里は、
「私、絵が完成するまで、ここにいようと思うんだけど」
 と孝弘にいうと、
「そうなんだ。俺の方は戻ってから仕事があるので、予定通りに帰るけど。それでいいか?」
 と言ってきたので、
「ええ、いいわ。その方が自然だもの」
 と、何が自然なのかハッキリというわけでもなく、男の方も別に言及することもなくスルーしてきたので、その場だけのことかと思ったが、紗友里の中では、この思いが本音であることを自覚していたのだ。
 紗友里は、宿の人に、自分だけが残ると説明したが、ちょうどその部屋に予約が入っていないこともあり、三日ほど余計に宿泊を伸ばした。
 家の方でも旦那と先代に迷惑を掛けるがと言って連絡した。旦那はどう思ったのか電話では分からなかったが、先代の方は、
「そうか、そうか、それならゆっくりしてくればいい」
 と、まずそれ以外の回答は思いつかなかったほど、返事のツボに嵌っていた。
 それから、三日間は、ゆっくりと絵を描くことができた。家事もせずにゆっくりとできたのはよかったが、その時、一人友達になった人がいた。
 彼女は一人で泊りにきていた、彼女が泊りに来たのは、ちょうど孝弘が帰った翌日で、
「これでゆっくりできる」
 と思い、まるで自分がプロの画家にでもなったかのような気持ちで、絵を描いていたのだが、その様子を滝を見にきたその彼女に見られて、その女性が思わず紗友里を見て笑ったのを、気付いたことから、話をするようになった。
「ごめんなさい、別に悪気があってのことじゃないのよ。あなたの絵を描いている様子が、本当に時間を贅沢に使っているという雰囲気に感じたことで、思わず微笑ましくなったので、それで笑ってしまったの」
 と言っていた、
「私に贅沢な時間を感じたというの?」
 とその言葉を訊いて、紗友里は聞き返した。
 なぜなら、紗友里も自分でまったく同じことを思っていたので、感性が同じだと思ったのだ。
 もし、彼女が少しでも違ったことを言っていれば、彼女に興味を持つことはなかっただろう。しかし、自分の考えていることと寸分変わらずの話をしているのを感じると、まるで運命か何かで引き寄せられているかのように感じたのだった。
「ええ、贅沢な時間。それを見て私は羨ましいと思ったのよ。人の贅沢な時間というのは分かるくせに、自分が果たして贅沢な時間を使ったことがあるのかと思うと、嫉妬するような気持ちになるのよね」
 と彼女は言った。
「それはきっと、自分のことは、鏡か何かの媒体がないとみることができないのと同じことなのかも知れないわね。自分の顔なのに、身近な人の中で一番見たことがないとすれば、それは本人でしょうからね」
 と、紗友里は言った。
 それを訊いて彼女も、
「うんうん」
 とばかりに頷いたが、その思いに間違いはないであろう。
「でも、贅沢な時間って、何なのかしらね?」
 と彼女がいうと、
「それはきっと、自分ではあっという間だったと思うことが実際には結構時間が経っている場合なんか、そうなんじゃないかしら? 本当はゆっくり味わいたいと思うことであっても、あっという間だったということに、もったいなかったとは思わないでしょう。それは自分の意識の中で、贅沢に時間を使ったからだって、思うからなんじゃないかと私は思うのよ」
 と、紗友里は言った。
「私は舞鶴真由美というんだけど、今二十八歳になったところなのね。私のような小娘にと思っているかも知れないけど、私はあなたのことをお姉さんのように慕っているような気持ちになっているのかも知れないわ。だから、ため口になっているんだけど、ごめんなさいね」
 と彼女がいった。
 紗友里は一人っ子だったので、兄弟や姉妹というものを分からない。真由美が、
「妹と思ってほしい」
 というのであれば、妹のように思いたいのだが、実際に妹がいないので、どうしていいのか分からないところがあった。
 そんな自分の戸惑いを知られたくないという思いもあった。
「私、一人っ子だったから」
 というと、
「そんなの関係ないのよ。お姉さんだって、お友達はいるでしょう? そのお友達の中で、いつも気にかけているような人がいれば、それは姉妹のような気持ちになっていると言ってもいいんじゃないかしら? 何でも相談してほしいとか、もし、相談に乗ってくれば、自分ならどういう態度で接するかしら? などという感覚に陥ったことってありますよね?」
 と言われて、
「ええ、あると思うわ。でも、実際にはかなり昔のことになるので、なかなか思い出せないかも知れない」
 というと、
「でもね、お姉さんが心の中で妹がほしいという思いがあるのだとすれば、そういう人が現れれば、昔の記憶がよみがえってくると思うの。人の記憶というのは、そういう時のために一度は封印されているのではないかと思うのよ」
 と、真由美は答えた。
作品名:キツネの真実 作家名:森本晃次