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キツネの真実

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「そのキツネが、故意したのが、その板前だったんだそうです、若い板前は、この祠に自分の将来をお祈りに来ていたんでしょうね。その時にキツネが彼の献身さに恋をしたというとことでしょうか。それで、そのキツネが人間になって、彼の前に現れたんです、旅館の女中としてですね。もちろん、彼は気付かない。キツネもそれでいいと思っていたんだけど、さすがに痺れを切らして、男に告白した。すると男は彼女のことを気に入っていたんだけど、すぐにはいい仲にならなかった、やはり料理人としてまだまだだと思っていたからでしょうね。ずっとお稲荷様にお祈りしている中で、彼の声がキツネには聞こえてきたんです。本当は彼女のことがいとおしくて仕方がないのだけど、自分の目標には帰られないというジレンマがあるとね。そこでキツネは思い余って、男に、女を取るように言ってしまったらしいんです。男はお稲荷さんのいうことを聞いて、彼女を嫁にしたんですが、それでも、毎日のようにお祈りにいって、どうしても料理人としての夢を捨てきれないと嘆いているんです。キツネは自分のしてしまったことを後悔し、かといって今の幸せを壊す勇気はない。しかも。彼への思いはどんどん募ってくる。そこで彼女が考えたのは、自分がキツネであるということを打ち明けて、男がどういう態度を取るかを試してみようと思ったことでした。もし、男が自分を捨てて板前をとっても、自分を愛し続けてくれると追っても、それは彼が選んだことなので、それに従うと考えたんですね」
 と言って、少し言葉を切った。
「その男はどうしたんだろう? 結末としては、どっちも選べないような気もするんですけどね」
 というと、彼女がゆっくり話し始めた。
「男に正直に話して頭を下げると、男は笑って、そんなことは分かっていたよ。分かっていて私はお前と一緒になったんだ。だけど、どうして、それを今になって話す気になったんだい? 私はこれでいいと思っていたんだよ」
 というと、
「キツネは正直に、あなたが、祠の前でお祈りをしているのを見たからです。結婚したことを悔いているのかと思って……、というと男は、バカだな、俺はお前を捨てたりもしないし、料理人を諦めたわけではない。どうして、結果を一つにしか見ようとしないんだ? 結婚したとしても、俺が夢を諦めなければいいだけじゃないかと言ったそうなんです」
 というのを訊いて、紗友里は、
「なるほど、いい話ですね。でも、その二つを両立しようという考えは、今であれば当たり前のことだと思うんですが。童子はそんなことはなかったんでしょうね。それを思うと、なんだか、寂しい思いがしてきます」
 と言った。
「それから二人がどうなったのかというのは、ハッキリと伝わってるわけではないのですが、あの祠には、その時の板前がお供えしたという包丁が残っているんですよ。それを今はご神体として残っているんですが、さらに、その絵の部分には、手ぬぐいが撒かれていて、どうやら、キツネの尻尾の毛で作られているのではないかと言われているんですが、真意のほどは分かりません」
 と女中さんは言った。
「もし、そうだとするといい話ですよね。昔から伝わっているという話を訊くと、どうしても悲恋などが多いのに、ここのはほのぼのした話でいいですね」
 というと、
「でも、分かっていない部分も多くて、どうもいい方にばかり残っていることで、どこまでが本当なのか、信憑性としては疑わしいという話も多いです」
 と女中がいうと、
「旅行者が聞いた分には、十分に美談ですね。これだけの美談なのに、それをこの温泉の名物話として使わないのは、やはり、分かっている部分が少ないからですか?」
 と言われて、
「それもありますが、お供えしてあるのが包丁というのも、ちょっと気になるところですね。しかもそれが抜き身の包丁なのですから、ちょっと気持ち悪くもあります。さらにそこに撒かれている晒しのようなものが、キツネの尻尾だという話になっていることに、何か代々の村の人たちは気持ち悪さがあったんでしょうね。だから、美談という形で伝わっているわけではなく。美談と思うのは、他の土地の人が聞くからだということになっていたので、あまり、他の土地の人には聞かせたくないという風潮がありました」
 ということだった。
「どうもおかしな気はするけど、とにかく、曰くのある滝とその横の祠ということですね?」
「ええ、あの滝は一時期、自殺者が多かったことで、呪われた場所という話もありました。でも、それも一時期のことで、今はあまり知られてはいないが、変な風評もありませんね」
 ということだった。
 そんな話を訊いて、ますます、滝を描いてみたいと思った。なるべく祠も一緒に写してかけるような角度に自分の位置を持っていければいいと思いながら、大体の位置を模索していると、ちょうどいい位置を見つけ、
「明日から、ここが私の定位置だわね」
 という満足した思いを持って、初日はその場所から離れた。
 不倫相手は、思っていた以上にずぼらだった。紗友里が滝に言っている間も、ずっと寝ているか、テレビを見てゴロゴロとしていたようだ。
「この孝弘という男、思っていた以上に、浮気相手としては、ちょうどいい相手なのかも知れない」
 と感じた。
 肉体的には、相性がいいし、ビジュアル的にも文句はない、しかもこの男に対して真剣になることもないし、ましてや、この男も女に対して真剣になるようなそんな男ではない。一緒にいてそれが分かってきたが、ひょっとすると、この旅行に行く目的の一つとして、この男のそんな性格を自分で分かっておきたいという気持ちがあったのかも知れない。
 その日は、ゆっくり食事を摂り、夜には、この男には珍しい、激しいセックスが待っていた。考えてみれば、あれだけここに来てからずぼらな一日を過ごしたのだ。それもこの時のための充電時間だったとすれば、紗友里にとって、願ってもない時間だったと言えるだろう。
――これだけ激しいと、この男は明日も昼アハボーっとしているんだろうな――
 と思ったが、想像通り、朝はまったく起きてこなかった。
 紗友里は、宿の人に、
「連れ合いがまだ寝てるので、そのまま寝かせておいてあげてください」
 と言って、自分は昨日の滝に出かけて行った。
 それが、朝の九時過ぎ、食事を済ませてのことだった。テーブルの上に置手紙を残してきたので、男が別に慌てることもない。そう思って、昼食までの間、滝の絵を描こうと思い、出かけてきたのだ。
 朝の九時なので、すでに日はだいぶ昇っていた。木々に囲まれた森になっている場所であったが、昼過ぎよりも明るい気がしたのは気のせいであろうか。
 そんなことを思いながら昨日見つけておいた場所に、簡易の椅子をセットして、いよいよ描き始めた。
作品名:キツネの真実 作家名:森本晃次