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キツネの真実

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 自分がこれ以上ないというくらいに冷静に見ているので、分からないはずはない。そう思うと、ヤバいと思えばこの男の前から消えればいい。そのためには、自分を探しても分からないように何も情報を与えないようにしなければいけなかった。
 もし、目の前から急に消えたとしても、この男なら、最初は少しだけ探すかも知れないが、すぐに探すことを諦めるだろう。
 そして、自分の中で、紗友里との交際を黒歴史のように、記憶の奥に封印してしまうにchがいない。
 ベッドの中での嘘くさい演技がそれを証明しているように思えた。
 ここまでひどい感情でしかないこのクズのような男なのに、それでも疑似恋愛を続けるというのは、一体どういうことなのか、自分でもよく分かっていなかった。
「これって、惰性なのかしらね」
 と、最初に思い描いていた不倫とはまったく違う感情で、
「若いツバメ」
 という感じでもない。
 若いツバメというと、最初はイケメンでおばさんを虜にしたつもりでも、どこか熟女の魅力に取りつかれたようになっていて、お互いに気づかぬうちに、次第に深みに嵌っていくという、ドロドロの不倫を思い浮かべるものだが、表面上はそうかも知れないが、内面は実に淡白で、割り切った関係であった。
 ただ、若いツバメというのは、ワンパターンではなく、お互いに冷静で割り切った付き合いも存在するということを、紗友里は分かっていなかった。

 だから、幸か不幸か、この恋愛を完全な疑似恋愛だと思うことで、最初から最後まで、遊びで通すことができるのだろうと思ったのだ。
 紗友里が最初に感じた。この男に対しての、
「賞味期限」
 であるが、もうとっくに切れているような気がしていた。
 それなのに、お互いにどちらからともなく別れの兆候が生まれてくる様子はなかった。
「どうしてなのかしら?」
 と思った。
 孝弘の感情を想像してみたが、想像が困難であった。付き合い始めた時には、ウソかも知れないが、それなりに想像ができていたのに、今では想像しようとすると、この男の顔がのっぺらぼうになったかのように感じられた。
 のっぺらぼうは、目も鼻も耳もなく、ただ、口の位置だけが白い歯を浮かび上がらせていて、実に気持ち悪い表情にしか思えないのだった。
「あの男にとって、私はどんな表情に写っているのだろう?」
 自分の感情を押し殺しているつもりなので、なるべく、孝弘の前では表情を浮かべないようにしている。
 それは甘えている時でも同じで、ただ、甘えている時は無表情であっても、それなりに甘えた表情が出てきているような気がした。
 その表情は気持ちとはまったく裏腹な表情なので、いかにも薄っぺらいのだが、甘えた表情というのも、元々薄っぺらいものだけに、分かりにくいものなのではないだろうか。
 最初から、お互いに会話らしい会話をしていなかったように思う。お互いのことを話していれば、それなりに会話もあったのだろうが、お互いに極秘だったことで、余計なことをいえなくなってしまったのだ。
 下手に相手に聞いてしまって、
「じゃあ、あなたは?」
 などということになると、とっさにウソをつくとしても思い浮かばない。
 そうなると、会話は自然と凍り付いてしまうだろうから、それくらいなら、最初から何も喋らない方が無難だと言えるのではないだろうか。
 紗友里だけでなく、孝弘もそう思っていることだろう。
「キツネとタヌキの化かしあい」
 とは、まさにこのことに相違ない。
 それなのに、紗友里は、一度旅行に二人きりで行きたいと思うようになった。
 別に遠くでなくてもよかった。誰も自分たちを知らないところであれば、県内でもいいと思ったくらいで、
「ねえ、今度、一緒に温泉にでも一緒に行かないかしら?」
 と話をすると、
「泊まり込みでかい? 大丈夫?」
 と言われたので、
「二泊三日くらいであれば大丈夫よ。もしあなたがよければ、私の方で手配しておくこともできるわよ」
 というと、
「どこか、行きたい温泉でもあるの?」
 と聞かれたので、隣の県の有名温泉に行ってみたいというと、
「ああ、それはいいね。僕も賛成だよ。明日までに自分の予定を見て、連絡しよう」
 ということになった。
 旦那には、サークルの旅行といえば、簡単だった。むしろ、相手も自分がいない方が羽目を外せると思っているかも知れない。さすがに家を空けることはしないだろうが、帰宅時間を気にしなければ、いくらでも大丈夫だ。朝帰りさえしなければ、家政婦さんに怪しまれる心配もないだろう。
「いや、家政婦さんも、さすがに私たち夫婦のW不倫には気づいているんじゃないかしら?」
 と思った。
 それこそ、二時間ドラマなどでよくある設定を、そのまま当てはめればいいだけで、ここに限らず、どこのセレブな家庭には大なり小なりで存在していることであろう。
 二泊三日くらいが確かにちょうどいい。長くもなければ短くもない。言い換えれば、
「怪しまれることのない、相手もありがたい期間である」
 と言ってもいいだろう。
 だが、不倫旅行と言っても、ずっとイチャイチャしていようとは思ってはいなかった。確かに夜はずっと一緒にいるのが楽しみではあるが、昼間は絵を描こうと思っていた。そういう意味では、
「サークルの旅行」
 という言い訳もまんざらウソでもないだろう。
 せっかく田舎ののどかなところに行くのだから、絵を描くという気持ちになることで、別の意味でのセレブを味わいたいという思いを抱くのも、紗友里という女の性格でもあった。
 それほどの荷物になるわけでもない。二泊三日ということで、しかも、別に観光にどこかに出かけるわけでもなかった。この男は、あまり観光には興味がないようで、
「どうせなら、一日中昼間は温泉に浸かったり、ゆっくり寝ていたいくらいだ」
 と言っていたこともあって、紗友里の方も絵を描きたいと思っていたので、ここだけは意見があったのだ。
「若い子にしては珍しい」
 と思ったが、ここまで付き合ってきて、
「この人なら、これも不思議のないことだ」
 と感じたのも事実で、どこか若いくせに、妙に落ち着いたところがあるのも分かっていたので、すぐに納得した。
 昼に落ち合って、昼食をゆっくり摂ってから温泉宿に移動したが、ついた時間が中途半端だった。
 三時は過ぎていたので、チェックインはできるのだが、夕飯までには、まだ何時間もあった。
 とりあえず温泉に浸かって、ゆっくりしても、まだ四時過ぎくらい。日が暮れるまでには、二時間以上もあるので、
「疲れたんで、俺は少し寝るわ」
 と言って、本当にすぐに眠りについてしまった男をしり目に、紗友里は散歩に出かけた。
 目的は、次の日から、絵を描くのにどこがいいのか、ベストポジションを探そうということであった。
 この温泉街は、山に囲まれていて、中央を少し急な川が流れているが、通常時はほとんど水が流れてこないので、静かなものだった。それでも、少し上流にいけば、森の中に入って行くようで、そこでは、釣りを楽しむ客も結構いた。
 その中の一人が教えてくれたこととして、
作品名:キツネの真実 作家名:森本晃次