脳内アナフィラキシーショック
息苦しさとともに、身体に痺れも感じていた、痺れは高熱が出た時、寒気で震えた時などに、
「震えが止まらない」
と感じた時に似ていた。
熱が下がらない限り震えは止まることはない。
つまり、原因になっていることを追求し、それが分かることでその症状が解消するのだろうが、その後には別の症状が障害としてのしかかっているような気がする。高杉はそんな自分を、今までに何度か感じたことがあると思っていたが、それがいつだったのか忘れてしまっていた。
子供の頃からあったのは間違いない。
「そうだ、子供の頃は、こんな雑木林に入るのが無性に怖かったんだっけ」
ということを思い出した。
雑木林に入ると、何かを意識していたような気がしたが、幽体離脱のような感覚に陥ったその時、なぜだったのか思い出した。
「あれは小学生の時、友達と遊んでいて、ハチに刺された時だったような気がする」
そのハチは、ミツバチのようなものではなく、かといってスズメバチほど強力な毒をもったハチでもなかった。
それでも、病院に行って医者からは、
「一度刺されているので、二回目は気を付けなければいけないよ。子供だから分からないと思うけど、いわゆる中毒を起こしてしまって、そのまま死んでしまうこともあるからね。だから、ハチの巣があるようなところには近づかない方がいい。いや、近づいてはいけないんだよ」
と、いい聞かされた気がした。
そのため、高校卒業くらいまではその言葉を守ってきたが、警察に入るとなると、一度頭を切り替えて、就職モードだけではなく、警察官モードにも切り替えなければいけないので、大人になるということも含めて、数段階の過程を踏むことになった。
それはステップアップという意味であったが、過去の自分にとっての戒律までもが、リセットされたような気がしていた。
そして、今回死体を発見したことで、そのうちの一つ、
「ハチに刺されないようにする教訓」
を思い出したのだ。
そして、もう一つ感じたのは、
「確か先生はあの時、中毒という言葉を口にしていたけど、これってアレルギーとは違うのかな?」
と思っていた。
自分には花粉症のアレルギーがある。今のところ動物アレルギーは見られないが、いつ何時でてくるか分からない。医者の話を思い出したことで、そのことを悟らなければいけないと思うと、
「これは本当に思い出すべきものだったのだろうか?」
と少し不安に感じる高杉だった。
そんなことを思っていると、少しして警察はやってきた。K警察署から、門倉刑事と辰巳刑事の、名コンビであった。その後ろからは鑑識班もいて、その場がいよいよ現場として確立されているのを見たが、普段刑事をしているとなかなか見ることのできない場面なのかも知れないと思えた。
辰巳刑事が話しかけてくる。
「高杉君、君が第一発見者なんだって?」
と言われて、
「ええ、そうです」
「どうして、ここに死体があるのが分かったんだい?」
「これは偶然なんですが、仕事が終わって、この公園のベンチ、すぐそこなんですが、そこで座って少し休んでいると、目の前にネコが一匹現れたんです。最初はお互いに見合っていたような感じだったんですが、ネコが急にそっぽを向いて向こうに歩き出すと、また戻ってきて、鳴くんです。どうやら私を呼んでいるように感じたのか、見に行ってみたら、何やら黒くなったペンキが固まったようなものを舐めていたんです。変だと思い、ネコがいくこの雑木林に入ってみると、そこに死体があったんです」
と、少し盛ったような言い方になったが、ネコが招き入れてくれたことには違いはないので、別にそれでいいと思って、話をした。
その話を辰巳刑事は信じてくれたのかどうか分からなかったが、
「少なくとも、君が発見してくれてよかったかも知れない。これ以上放置されていると、なかなか状況が把握できなくなるほどになっていると思われるからな」
と辰巳刑事は言った。
「それじゃあ。かなり死後時間が経っているということでしょうか?」
「ああ、鑑識の話では、二十時間近く経っているのではないかということだ。そのため、死亡推定時刻も少し幅が広くて、昨夜の十時頃から、二時の間くらいではないだろうかということなんだ。もっとも、この後司法解剖をするので、もう少し分かるかも知れないけどね」
ということだった。
夜中からずっとこのまま放置されているとすれば、なかなか死亡推定時刻を割り出すのは難しく、範囲は広くなるかも知れない。そうなると容疑者が何人かいたとすれば、アリバイを証明する方も、アリバイを崩す方も立証が難しく、アリバイを証拠に犯人断定というのは難しいかも知れない。
捜査員が調べているのを見ていると、
「どうも、あまりこのあたりが荒らされていないところを見ると、犯行現場はここではないという可能性もありますね。あくまでも可能性という意味ですけどね」
というと、
「でもですね、引きづった跡もなければ、足跡も見つからない。これはどういうことなんでしょう? ここで犯行が行われたのであれば、複数の足跡が残っていそうだし、何かに乗せてきたのであれば、タイヤの跡が残っているだろうし、担いできたのであれば、余計に足跡が深くめりこんでいそうなんだけどね」
と辰巳刑事が言った。
この場所は、もちろん、舗装されているわけではない。雑木林というくらいなのだから、ずっと太陽が当たらないこともあって、少し粘土質の湯小名土になっていることで、足跡がついたとすれば、しばらくは残っていることだろう。その証拠に最初現場への立ち入りは刑事といえども鑑識が足跡を確認するまで入ることができなかった。普段は誰もこんなところに入り込む人などいないはずだろうから、貴重な証拠になるだろう。
ただこうなると、さっきの変態カップルの話はどうなのか? ということになる。ただ、見てほしいと思っているカップルであれば、最初からござを用意して、見物させるくらいのことは考えるだろう。見られる方も興奮して、見る方も興奮する。こんな両者にとってありがたいことはないはずであった。
そういう意味でよく見ると、なるほど、シートを使った形跡も見られなくもなかった。そのことを鑑識も分かっているようだった。かなり低い声だが、ビニールシートというワードが耳に飛び込んできたのだ。
「季節的に夜中というと、まだ寒いのかな?」
と、辰巳刑事が言った。
それは普通にしていての寒さの話ではなかった。その言葉の奥に、
「裸になったら」
ということが言いたいのか、あまり暑くなると、虫も出てくるし、汗でべとべとになるのも嫌だろう。ただ、ここにはござを敷いておけば、少し段もあって、快感を得るにはもってこいのような気がしたのだ。
「高杉刑事には、後で靴底の型をを取っていただきましょう。足跡がそれで大体確認できますからね」
と、辰巳刑事は言った。
「分かりました。私もまさかこんなところに死体があるなどと思ってもみませんでしたから足を踏み入れましたが、今後は気を付けます」
「いやいや、それは仕方がないことだよ」
と辰巳刑事は言ってくれたが、そう思っていると、今の自分のセリフにどこかおかしな感じを覚えた。
作品名:脳内アナフィラキシーショック 作家名:森本晃次