脳内アナフィラキシーショック
またイヌとネコとでは、アレルギーという意味で、かなり違う。イヌではあまりアレルギーという言葉を訊かないが、猫アレルギーという人は結構いたりする、今回、高杉がネコに決して近づこうとしないのは、脅かして逃げられるのが嫌だというのもあるが、急に近づいてこられて、アレルギーが出ても嫌だと思ったからだ。
今までにネコのアレルギーを感じたことのない高杉であるが、実は最近、花粉症に悩まされている、幸い、時期的に終わった植物のアレルギーなので、今は収まっているが、どうにも何をするにも手がつかないというあのアレルギー状態に逆戻りだけは、マジ勘弁であった。
ネコがじっと高杉を見ている。それにしてもこれほど見つめられたことは誰からもなかった。相手がネコとはいえ、何か気になるというもので、実際に目が離せないでいた。この予感がすぐに的中することになるのだった。
ネコが発見した死体
ネコがふいに目を気って、自分の腕を舐め始めた。ネコを見ていると、よく見る光景である。
しかし、その後も視線を高杉から目を切ることはなく、じっと見つめている。
「どうしたんだ、お前。何か俺に言いたいのか?」
と聞いてみたが、
「ミャー」
と言って、鳴いているだけだった。
すると、それまでじっとしていたネコがゆっくりと腰を上げた。そして、高杉を見ながら、ゆっくりと抜き足差し足忍び足で、前に進んでくると、高杉に近くに来るように促しているかのように見えた。
高杉もつかず離れずの距離を保って、ゆっくりち歩いていくと、公園の中にある花壇の向こうにある雑木林のようになったところにネコが歩んでいった。本来なら立入禁止なのだろうが、虫の知らせには勝てず、しょうがないから、ネコについていった。
すると、そこに何かペンキの痕のようなものが芝生になったところにへばりついているのを感じた。
「ん?」
そのペンキのようなものを、ネコはぺろぺろと舐めているではないか。
いくらネコとはいえ、そんなものを舐めればお腹を壊すというもので、やめるようにお流そうと思ったが、よく見ると、先ほどと角度が少し違うと、色が若干違っているかのように見えた。
最初は、完全に黒い色に見えて。まるでガソリンか何かではないかと思ったくらいだったが、少し近づくと、その色が茶褐色にも見えてきた。黒に赤が混じったようなその色を見た時、高杉は一瞬ゾクッとなった気がした。
「この色は」
ネコが舐めているところを見ると、自分の考えが間違っていないような気がして、もうネコのことに気を遣っている場合ではないと思い、ネコには悪いと思ったが、一気にそこから飛び出した。
「もう、お前と遊んでいられなくなったぞ」
と言って、飛び出してみると、そこには思った通り、一人の男が仰向けになって、倒れていた。
やはり、先ほどのは血糊であり、ネコが発見して、高杉に教えてくれたとでもいうのだろうか。
もうすでにネコはその場からいなくなっていたので、
「悪いことをした」
と思ったが、もうすでに頭の中は刑事モードだった。すぐに署に連絡し、その様子を見る限りでは、顔色から見ても、死んでいるのは一目瞭然だった。
脈を取ってみたが、当然あるわけもなく、身体も死後硬直が始まっていた。
倒れている男は、まだ若い男で、自分よりも少し年上くらいではないかと思ったが、着ている服や着こなしのだらしなさから見れば、
「いかにもチンピラ」
という感じが漂っている。
触ってみると死後硬直が始まっているのは間違いないようで、そうなると、死後数時間が建っているということだろう。さすがに専門の鑑識でないと詳しいことは分からないが、警察が来るまでに、少しでも分かることは調査しておこうと思うのだった。
この公園は、日が昇ってからでは、なかなか人が途切れることはないので、今のような夕方であれな、もう死後半日近くは経っているのではないかと思われる。胸に刺さったナイフを抜き取らなかったのは、血が噴出するのを恐れたからか。男の顔を見ていると、さほど驚きの表情をしているわけではない。
「顔見知りの犯行か? それとも殺されるなどとまったく思っていなかったことでの、まったくの不意打ちだったのだろうか?」
と思える光景だった。
すでに日が落ちかかっているので、ただでさえ暗くなっているこの森の奥を見ていると、そこには先ほどは一匹しかいなかったはずのネコが、数匹集まってきた。
「ミャー」
という声が聞こえてきたが、さすがにこの状況で、ネコを相手にするわけにはいかなかった。
「一匹だと思っていたけど、本当はここに数匹最初からいたんじゃないか?」
と思った。
元々この公園には数匹が住み着いているはずである。一匹を見たのだから、近くに数匹いると思っても当然のことで、よく見ていると、ネコは男の身体から流れ出た血糊を舐めているようにも見える。
「ということは、このネコたちは、ここでの殺害を見ていたのかも知れない」
と思いながら。ネコが舐めているであろう血糊が、あたりの様子を変えていたのではないかとも思った。
ネコが先ほどから一匹しか表に出なかったのは、ここに死体があったからで、それが気になって動けなかったのか、ここをテリトリ―にしているネコにとっては、動かないこんな巨大なものは、邪魔でしかなかったことだろう。
先ほど表に出ていたクロネコは、高杉に、
「ここに死体があるんだ」
ということを教えようとでもしていたのだろうか。
じっと見ていて、すぐにここに連れてこなかったことや、かといって、逃げ出す素振りがなかったのも、それだけ高杉のことをネコなりに吟味していたのかも知れない。
ネコの様子を見ていると、皆一定の距離を保って、ちょうど死体のまわりで円を描くように佇んでいる。まるで、死体を見守る守護神たちのようではないか。
ネコとしてはそんなつもりなのないのだろうが、高杉にとって、ネコを見ていることは、そもそも癒しだと思っていたので、警察が来るまで、いくら自分が警察官だとは言っても、この森の中に一人でいるのは、さすがに辛さを感じた。
公園という、いわゆる青空の中ではあるが、この一帯はネコがテリトリーに使うくらいの場所であり、まるで密室完があった。建物の中の密室ではなく、風が吹き抜ける密室、ひょっとすると、夜にはカップルがイチャイチャする場所として使っていたのかも知れない。
いや、ネコがテリトリーにしているのであれば、それは考えにくいであろうか。だが、季節的には十分にありえそうな気がしていた。まだ少し寒いが、抱き合っていると、相手の体温で暖かくなるだろう。ネコがいると言っても、人間が入ってくれば逃げるはずだ。入ってきた人間には、そこにネコがいたなど、思いもしないだろう。
ネコは、そんな男女をどんな目で見ていたのだろうか? ネコにそこで行われる淫靡な行為にいい悪いの判断がつくわけもなく、ただ、本能の赴くままにいちゃついている様子は黙って見ているだけの価値があったのかも知れない。
作品名:脳内アナフィラキシーショック 作家名:森本晃次