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脳内アナフィラキシーショック

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「お前はここで死ぬのさ。それも自分の悪行がそうさせたことだと諦めるんだな」
 と言われたが、山岸としては、見ず知らずの男に殺されるのは理不尽とばかりに逃げ出そうとするが、逃げることなどできるはずなどない。
 そう思っていたが、もうこうなってしまっては、どうすることもできない。見たこともない男に理不尽ながらに殺された山岸は、そのまま公園に放置される。それが事件の全貌だった。
 中村綾香が見たという田舎に追いかけてきた男は、どうやら、実行犯ではないだろうか。最初は何が目的なのか分からなかった。綾香と結婚できるとでも思っていたのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。
 確かに綾香は狙われているということを警察に相談はしているが、実際に怯えているようには思えない。自分をつけ狙っている男がいるということを思わせるだけだった。
 それが警察から疑いを掛けられているために、架空の加害者を作り上げるためだとすれば、何が目的なのだろう?
 高杉は、ここまで分かっていると、少し違った発想が生まれてきたのを感じた。
 その瞬間、妄想の中にいた自分が表に出て、何となく事件の全貌が見えてきた気がした。
「すみません。これから言うのはあくまでも私の妄想かも知れませんが、聞いていただけますか?」
 と言って、捜査会議の中で、少し停滞した時間があったので、その隙をついた。
「どういうことだね? せっかくだから、聞かせてもらおうか?」
 と本部長はそう言った。
 門倉刑事としても、今の状態では、捜査が進まないのは分かっているので、何でもいいからきっかけのようなものが欲しかった。ここまでまったく事件に入っていない高杉刑事であるが、逆に新鮮な意見が訊けるという程度に考えていたが、実際には、みんなの想像をはるかに超えていた。
「私が考えているのは、今度の事件で、計画した人間と実行犯では違うと思うんです」
 と言い出した。
「確かに、この事件は、誰か共犯者がいるのではないかという考えもある。だが、今のところ一番容疑の深い人物にも、他のやつの被害者にも犯行は不可能に思えるんだ。それをどう判断するというのだね?」
 と、門倉刑事から言われ、
「私が思うに、これは交換殺人を持ちかけておいて、相手を騙すことで、自分の保身を図ろうということではないかと思うんです。相手に実行させて、自分に鉄壁のアリバイを作る。でも、その実行犯は、被害者とまったく面識のない人なので、疑いが掛かることはない。だけど、自分は実行犯として実際に罪を犯してしまった。だから、綾香に、自分が殺してほしい人を殺してもらおうというのが、今の段階では不可能となってしまうと、すべてが綾香の計画通りになってしまう。それが真犯人である、中村綾香の計画だったんじゃないでしょうか?」
 と高杉刑事は言った。
「交換殺人? まさか」
 というどよめきの声が聞こえた。
「交換殺人なんて、普通に考えればありえないでしょう。よほど、相手に暗示をかけるか、自分の言うとおりになるように洗脳でもしない限りは」
 という話を訊いて。
「いや、それはあるかも知れませんよ。世の中には人を洗脳したり、暗示や催眠術に掛ける人など山ほどいますからね。だけど、その人物は、ある意味で、誰かに復讐したかったのかも知れない。いや、挑戦と言えばいいんでしょうか? ひょっとすると、その男が中村綾香に近づいたことで、計画を実行する気に綾香はなったのかも知れません。どう考えても、綾香だけの力ではどうにもなることではないですからね」
 と高杉刑事は言った。
「そういえば、中村綾香という女性は、以前、神経内科に一時期通っていたと言います。そもそも、姉の自殺から少しして、彼女も精神的に憔悴していたという話でしたので、彼女の中の感受性が姉の事件からのショックを引き起こしたのかも知れないですね。その時の先生はすでに辞めていたようですが、看護婦に話が聞けて、その看護婦がいうには、中村綾香さんには、アレルギー性の精神疾患があったということなんです。アナフィラキシーショックとまでは行きませんが、それ以前にショック状態が分裂するそうなんです。アナフィラキシーに移行する場合と、精神的に暗示にかかりやすいという二つにですね。それを訊いて、私は少し気になって、いろいろと聞いてみました」
 と桜井刑事が言った。
「どういうことが分かったのかね?」
 と門倉刑事が訊くと、
「どうやら、彼女は異臭を気にしていたというのです。どうも彼女が気にしていた臭いというのは、アンモニアの臭いで、子供の頃にハチに刺された時のトラウマがよみがえってくるのが怖いと言っていたと聞きました」
 と、桜井刑事が言った。
「アンモニア?」
 と聞き返したのは、高杉刑事だった。
「ええ、アンモニアです。アンモニアの臭いで、かつてハチに刺されたことがあったのを思い出したと言っていましたからね。それを訊いて、先生は少し興奮しているようだったと言います。先生はたまに、看護婦も寄せ付けないようにして、検査をしていたりしたそうですが、そのうちに、中村綾香を入院させると言い出したそうです。その病院は、入院設備もあったのですが、入院までしなければいけないほどの病気ではなかったのでどうしてなのかと思っていたようですが、看護婦には、彼女が感じる臭いに関して、逐一報告をしてほしいと言われたということなんです」
 と桜井刑事がいうと、
「臭いだって? 臭いで何が分かるというんだろう?」
 と門倉刑事は思ったが、逆に高杉刑事の方は、その話を訊いて、
――やはり私が感じた方に、どんどん流れてきているような気がするな。まもなく自分の中で、事件の真相が分かってくるような気がする――
 と感じた。
「彼女はどんな臭いを感じたというんです? ひょっとすると、酢の臭いと、ホルマリンじゃないですか?」
 と高杉刑事がいうと、まわりの刑事があっけに取られてポカンとしていたが、当の聞かれた桜井刑事だけは、カッと目を見開いて、
「そうなんだよ、まさしくその通りなんだ。看護婦に聞き出してみると、酢の臭いと、ホルマリンだったというんだ。看護婦もその理由が分からず、先生に訊き返そうと思ったようだが、先生が不敵な笑みを浮かべて一人悦に入っている表情を見ると、恐ろしくて聞き返せなかったというんです。それにしても、高杉刑事。どうしてあなたにそれが分かったというんですか?」
 と桜井刑事が訊くと、
「ええ、それは今はハッキリとは言えませんが、私の中では、交換殺人という意見が、裏付けられたような気がします。彼女が行っていた病院で、似たような経緯のある患者が必ずいるはずなので、その人を探していてください。その男が実行犯であり、今、どうしていいかを模索しているところではないかと思うんです。いや、ひょっとすると、K大学病院の伊藤医師を訊ねているかも知れません。私はそんな気がして仕方がないんですよ」
 と高杉刑事は言った。
 高杉刑事の発想は、本当に奇抜ではあったが、理路整然とはしている。むやみに無視できるないようではないだろうと、門倉刑事は思うのだった。