脳内アナフィラキシーショック
「それはそうなんだけど、でも、結局怪物を生み出すことになったという教訓でもあるわけだろう? フランケンシュタインという話はね。だから、人間が自然現象をむやみに使うと、ロクなことにならないという教訓ではないかとも思うんだよ。だから、今までの人たちも踏み込んでこなかった聖域があると思うんだ。それがどこにあって、自分がその地雷を踏まずに、いかに進んでいけるかというのを、五里霧中の中でしなければいけないんだ。これほど恐ろしいものはない。十字架にも背負えるものと背負えないものがあるんじゃないかな?」
と、教授は言った。
「でも、それでもやらないといけないことはあるような気がするのであって、それを実現してくれるのが君ではないかと思うんだ。君は警察官としての正義感もあるし、責任感もあると思う。それは今までの君に対しての治療で分かっていたことなんだ。正直にいうが、私は治療をしながら、私と長年連れ添いそうな患者だけに限って、検査の中で、その人の性格を理解することのできる薬品を使って、調査してきた。だから私には分かるんだ。君なら私の考え方などを理解してくれる一人になってくれるとね」
と、教授はさらに話を続けたのだった。
「僕がそこまでの責任感が強いかどうかは分からないですが、警察官になった以上、その職務をまっとうするということが先生の話に繋がってくることだとは思います。だから、先生が私に施してくれる検査も、怖いとは思わずに受けているのだがら、先生の方も医者としての責任をしっかり取ってくださいね。先生には僕以上の覚悟を持ってもらわないといけないと思ってるからですね」
というと、先生は無言でうなずいていた。
最終日に検査が終了すると、先生はその場に現れなかったが、いつもの看護婦が見送りをしてくれた。
「三日間でしたが、お疲れ様でした。先生はあいにく本日の早朝から、学会出席のために出かけられたので、私がお見送りさせていただきます。あなたがこれからも、お元気でお仕事ができることを願っております」
と言って、花束を渡してくれた。
「そんな、花束までいただけるなんて、驚きできよ。でも、本当い嬉しいです。ありがとうございます」
というと、心なしか顔が赤らんでいて、
「いえ、私の方こそ、あなたとお知り合いになれて嬉しいです」
と言っている顔を見ると、胸がどきどきしてくる。
すると、その様子を見ていると、急に頭の中でフラッシュアックしてくるのを感じた。
――あれ? 初めてここで会ったはずなのに、懐かしさを感じるのはなぜなんだろう?
と思っていると、今目の前に見えていることとは別の世界が急に開けてきた気がした。それは、昼と夜のようなまったく出会うことのない世界を、見ることができないはずなのに見ているような感覚だった。しかも、後から想像した感覚は、過去のものではなく、どうやら未来のような気がした。
しかも、彼女の姿がどんどんタブレット端末に映るワイプが定期的に変わっていくかのような状態に、違和感はまったくなかった。
「僕は未来を見ているのだろうか?」
というと、ワイプの向こうに言える彼女が、
「ええ、そうよ。これがあなたの力なの」
とだけ言って、すぐに姿が消えた。
ワイプには、十数年後の自分なのか、彼女と一緒に小さな女の子の手を引いているのが見えた。やはり未来が見えているということなのだろうか。
目を瞑って、もう一度目をカッと見開くと、今までのワイプは消えて、元の世界だけが写っていた。
もし、幻影を見ていたとすれば、少しおかしい、なぜなら見えている彼女の姿は、ちょうど目の前の真ん中に境界線があり、現実世界が右側に見えていれば、ワイプは左側だった。しかも、ワイプの方に集中していれば、そちらの方が次第に大きなスクリーンとなっていて、まるでテレビの二画面映像のようであり、左右の大きさを自分の意志によるものか、変えることができるものであった。
そんな光景を見ていると、この間の臭いを感じた時に先生の言っていたのを思い出していた。
「臭いは三すくみで混じりあうと、無臭になるんですよ。その時に、ショックを起こすんですよね」
と言っていた。
今感じた感覚もそういうことなのだろうか?
高杉はそう感じた。
病院を退院した高杉は、一日家で養生して、翌日から捜査本部に復帰した。その時点では、ある程度まで状況が分かってきたようだったが、分かってくれば分かってくるほど暗礁に乗り上げてしまったようで、捜査本部は膠着状態にあった。
さすがに敏腕の門倉刑事も暗礁に乗り上げている捜査状態に、考え込んでいた。
「ここまで、順調すぎるくらいに事件の状況が分かってきたんだが、順調すぎたせいか、分かってきたことを整理しようとすると、どこか噛み合っていないような感じで、それ以上のことが分からないんだ」
という状態になっているというのだった……。
大団円
捜査本部に戻った高杉刑事は、まわりの刑事から、
「大丈夫なのか? 精密検査と言われてビックリしていたんだぞ」
と言われ、
「ええ、大丈夫です。ご心配をおかけしました」
というと、門倉刑事は、
「伊藤先生に任せておけば安心だから、心配はしていないが、あまり無理をしないようにした方がいいかも知れないな」
という労いの言葉をもらい、感服してしまった。
「捜査の方はあまりうまくいっていないという話を伺ったんですが」
というと、
「そうだね。聞き込みであったり、情報収集に関しては、想像以上にうまくできたんだけど、そこから推理するとなると、なかなか難しい。これから捜査会議に入るんだけど、どうだい、きつくなければ、参加してみないかい?」
と言われて、
「ありがとうございます。ぜひ参加させてください」
と言って、これまでの捜査内容を記した書類を渡された。捜査会議は一時間ごということだったので、内容はそれを読めば分かりそうな感じだった。
被害者はチンピラの山岸で、彼は詐欺行為を繰り返していたようだ。その詐欺の被害者も何人かいて、中には自殺をした人もいるという。殺害現場はやはり別にあり、これも最近になって分かったのだが、取り壊されるはずになっている廃工場に、血痕が残っているのを発見した作業員が警察に通報していた。
その場所というのは、山岸が騙した中の一人が勤めていた場所の工場であり、山岸によって騙された女性が、会社の金を使い込み、そのため、会社の経営が傾いたことで、いくつかある工場お一つを閉めることになったという曰く付きの場所だった。
その女性は使い込みがバレる前に退職し、山岸と逃げるつもりだったようだが、最後には山岸が掌を返して、本性を現したという。訴えようとしても、山岸が関わっているという証拠はどこにもないので、すべてお前が悪いことになるだけだと言われたと、遺書に書かれていた。
そう、騙された彼女が自殺をしたのである。
その彼女には妹がいて、彼女が復讐をしたのではないかということで捜査本部は捜査したが、結局、鉄壁のアリバイがあるようで、彼女の犯行を立証できずに、今に至っているという。
作品名:脳内アナフィラキシーショック 作家名:森本晃次