脳内アナフィラキシーショック
「人間って、そんなに何度も気を失って大丈夫なんでしょうか?」
と聞くと、
「大丈夫ですよ。眠くなったら寝るでしょう? 眠くなった時に無理して起きていようとしたり、起きなければいけない時に、スタミナドリンクを飲んで、無理に起きていようとすることだってある、人間はそれだけのことに耐えられるようにできているんじゃないですかね?」
と先生はそう言った。
やはり先生と言えども、さすがに結果論からの話には確信的なことはいえないののであろう。
「ところで、迷信だと思うんですが、これは子供の頃に聞いたことで、あの頃はずっと信じていたんですが、気になっていることがあってですね。それは、人間が寝る時間というのは決まっていて、だから、あまり寝すぎると、長生きできないよ、って言われたことがあったんです。たぶんいつもずっと寝ていた私に対して、おじいちゃんだったか、おばあちゃんがそういっただと思うので、小さな子供に大人がいう戯言の一種だと思ってはいたんですが、言われた時に感じた印象が強かったんでしょうね。迷信だって思いながらも、心の奥で信じている自分がいるんですよ。自分がおじいちゃんになったら、孫に同じことをいうんじゃないかって思うと、思わず笑えてくるんですけどね」
と、高杉は話した。
すると、先生は、
「私も似たような考えを持っています。でも、この検証はほぼ不可能に近いので、それが正しい、間違っているということはまったく言えません。でも、その理屈というのは大切なことで、それを正しいと思って、そこから生まれる発想を、自分の研究や臨床試験に行かしてみることで、自分の仮説を検証してみる一つの過程になるんですよ。そういう意味での似たような発想は、実は山ほどあるんです。何しろ夢の世界というものは、ベールに包まれたものですからね。いわゆる、昼と夜の世界なのか、異次元やパラレルワールドのような世界なのかという発想ですよ」
と言った。
「どういうことですか?」
と聞くと、
「昼と夜の違いというのは、時間が違うので同じ世界にあるものだということを証明しているようなものでしょう? でも、異次元やパラレルワールドの発想は、同じ時間に、同時に別々の次元、いわゆる世界に存在しているものですよね? まったく違う発想ではあるけど、世の中というのは、必ずどちらかに含まれているんですよ。人間というものは、どうしても自分中心じゃないですか。だから、同じ時間に存在しても、自分が見ていない、感知していない世界は、まるで別の世界のように思っている発想。たぶん意識はしていないと思うけど、持っているはずなんです。その発想が、夢というものの概念に結び付いてきて、その感情を証明したいと思うのが、今回の検査でもあるんです。もちろん、これから証明したいと思っていることへの、まだまだ導入部でしかないですけどね」
と先生は言った。
「すごく難しいお話のようですが、何となく分かる気がします。私は先生のその仮説に一役買えるのであれば、それもいいのかなと思いますよ」
というと、
「そう言ってくれるとありがたい。だから、私はこれが医学界だけではなく、他の世界でも使えるものとして証明できればと思うんだ。お金の話をすると、少し俗っぽくなってしまうが、研究するにもどうしても、お金と時間が掛かるんですよ。本当は厚生労働省から資金提供があればありがたいんですが、そうなると、国家事業になってしまって、信憑性のないものを研究できなくなる。それも困るところで、そのことがジレンマとなってのしかかってくるんですよ。私の研究している内容は、証明するのが難しいところでもあり、だから余計に、医学界だけへの貢献ではないと思うんですよ。たとえばあなたたち警察にとっても、今のように、事件が起こってからでしか、なかなか動けないでしょう? しかも手続きが多すぎて、捜査を始めるまでにも時間が掛かったりする。目の前に見えている殺人事件などへの対応は早いかも知れないけど、これから起こるかも知れない事件。例えばDVであったり、苛めであったりなど、どうしても相手のプライバシーなどから、簡単に踏み込んで行けない世の中だからこそ、手遅れになりがちな捜査も、事前に分かっていて、しかも、その証拠の片鱗を掴めさえすれば、介入できるようにしておけば、被害を未然に防ぐこともできるだろう? 今のままだと、人が自殺してから動いて、被害者が死んでしまったことで、まるで死人に口なしのごとく、犯罪にもならないようなそんな社会にウンザリしている人はたくさんいるはずなんだ。いつわが身になるかも知れないからね。それは被害者に限ってのことではなく、加害者だってそうだ。被害者が死んでしまったことで、その人は一生その十字架を背負って生きなければいけない。それでも死んだ人は帰ってこないわけだから、永遠にその罪が消えることはない。つまりは、未然に防げさえすれば、被害者も加害者も出ないというわけさ」
と先生は言った。
それを訊いた高杉は、確かにその通りだとは思ったが、聞いていて、どこか腹立たしく思ってしまっていた。その原因が分かっているような気がするが、それを口にするのが怖い気もした。
そのため、言えることとして、
「それは、理想論でしかないと思うんですが」
と、いうと、
「そう、その通りなんだよ。いくら、その時点での犯行を食い止めることができたとしても、犯行に及ぼうとしたり、苛めをしなければならなかった本当の原因を解決しなければ、トカゲ尾尻尾切りでしかない。だけど、その元になったことを解決したとしても、その前には何かの原因が潜んでいることになる。つまりは、原因があって結果がついてくるということを絶えず世の中は繰り返して成り立っているということなんだよね。それはいいこともあれば悪いこともある。だから、時間が経過するのと同じで、いくら同じスピードで追いかけたとしても、どうしても、過去を変えることはできないわけで、すべてがトカゲの尻尾きりにしかならない。そう思うと、今の高杉君のやり切れない気持ちがどこから来ているか分かるんだよ。だけどね、だからと言って何もしないというのは、また違うと思うんだ。トカゲの尻尾きりであっても、やっていると、それまで見えてこなかったものも見えるかも知れない。ただ、今この状況でハッキリと言えることは、人間には、時間よりも早く動くことはできないということと、未来を予見できたとしても、未来に介入することはできない。この二つを考えると、人間の限界は、やはり、トカゲの尻尾きりにしかならないということになるんだ。とにかくは、事件を未然に防いでいくことで、未来に広がる犯罪の根を食い止めることができるかも知れない。それが私の今の目標なんだよ」
と先生は説明してくれた。
「何か、きっかけになるようなことがあればいいんでしょうね。たとえば、フランケンシュタインを生み出した博士が、命を吹き込むために、人間の力で引き起こす電力ではまったく足りずに、雷という自然現象を使うことで、命を吹き込むことができたようにですね」
というと、
作品名:脳内アナフィラキシーショック 作家名:森本晃次