脳内アナフィラキシーショック
「治療薬としては難しいんだけど、今回のような治験薬としては十分に使用できると思うんだ。ただ、それも一定の制限を受けた患者にだけ使用できる。今回の君のように、意識の中にあるトラウマが、身体の中に潜伏しているショックとが微妙に反応するような時、これを使って治験ができるんだよ。治療には使えないが、精神的なことから身体に異変が起こった人に対して、一番有効なのではないかな? 治験だけではなく、うまくいけば、この薬を使って、完治させることもできると思うんだ」
と先生は言った。
「でも、副反応があるんでしょう?」
という高杉に、
「それはあくまでも、正常な人に対してのことであって、少しでも精神に異常がある人には的確に反応してくれる。そう、この薬は、相手の症状によって効用が違うんだ。一番いい方法を薬が判断して、身体に入ると、そのように変化していくんだ。まるで生きているかのようで、知識を持ったクスリ。こんなもの、一体誰が信用してくれるというんだ? これが今のところの私のトラウマというところかな?」
と、先生は珍しく熱く語った。
「熱く語った」
というのは、贔屓目に見た言い方で、完全にその時の先生は、
「自分の説明に酔っていた」
のであった。
「いやあ、すまないね。私も自分でこんなに興奮してしまうとは思ってもみなかったのでビックリしているんだけど、とにかく高杉君には、本当に感謝している」
と先生はいった、。
「感謝?」
「ああ、君はたぶん、検査を受けながら、私の考えていることを分かったんじゃないかな? 君の精密検査と言いながら、私が君の検査結果を研究に役立てようとしていることをね。私としても、そんな研究の横流しのようなことに対して罪悪感がないわけではない。だけど、研究者にとって、超えなければいけない壁のようなものがあるんだ。それは結界ほど強くはないけど、よほどの結果が得られなければ、先に進むことのできないもので、今ちょうど私は結界にぶち当たっているところだったのだが、そこへちょうど君が来てくれたことで、私の研究も進めていくことができる。そういう意味で君には感謝しかない。それだけに、何としても君のその症状を和らげてあげることにも全力を尽くしたいと思っているんだ」
という先生のセリフを、
――どこか、言い訳っぽい気もするな――
と思いながらも、医学の発展に自分が寄与できれば、それに越したことはない。
そう思うと、先生を信じるしかないと思うのだった。
「ところで先生、アンモニアの臭いと酢の臭いと、さらにはホルマリンの臭いが、いつも交わることなく、時間差で襲ってくるんだけど、どうしてなんだろう?」
と聞くと、
「今言った臭いはね。実は三つ一緒にすると、無臭になるんだよ。それぞれの臭いが打ち消す合うというか。まるで三すくみの関係のようじゃないかと私は思うんだ」
と先生は言った。
三すくみの関係と均衡映像
「三すくみというと、じゃんけんであったり、ヘビ、カエル、ナメクジのようなあの関係ですか?」
というと、
「ああ、そうだよ。じゃんけんなら、パーはグーには勝つが、チョキには負ける。グーはチョキには強いが。パーには負けるというやつで、ヘビはカエルを食べるけど、ナメクジには溶かされる。カエルはナメクジには強いけどヘビには食べられるという関係だね」
「それぞれでその効果を打ち消すというか、下手に動けば、自分が別の方向から打たれるので、動けないという感じですか?」
「そうだね、けん制し合う感じなんだ。だから、それぞれを一つのところに入れておくと、均衡が保たれるという考えもあるけど、例えば、入れ墨などを施す時、近親者の三すくみの絵柄を選んではいけない。お互いを食い合ってしまうという言い伝えもあったりするんだ」
と、先生は言っていた。
その話を訊いた時、高杉は何か一つの結論に到達できそうな気がした。その結論にはすでに先生は辿り着いていて、それを密かに自分に教えているかのように感じた。
「それぞれ感じた臭いが混ざり合うと、無臭になるというのはどういうことなんですか?」
と高杉は訊いた。
「高杉君は、いくつかある三原色というのを知っているかい?」
と聞かれたので、
「ええ」
と答えると、
「三原色というのは、白色の光を合成するための波長を、三原色と言って、光の三原色、色光の三原色という言い方をするんだ。その時によく教材にされたりするのが、厚紙で円盤を作って、その間に糸を中心を起点にして通して、両側に引っ張ると、円盤が高速でまわるようにしていき、円盤の表面に、三原色の垢、青、黄色の色を均等に放射状にして縫っておくと、高速でみれば、それぞれの色が反応しあって、白い色に変化するんだ。それを利用して透明を演出しようという研究も昔から行われているが、考え方は三すくみから来ていて。そして、高速にすることで化学反応を起こすという発想は、遠心分離の発想から来ているのだと思うんだ。だから、これらの三つの臭いも、三すくみの関係にあって、それぞれが刺激し合うことで、臭いを打ち消し合うと、無臭だけど、効果はそれぞれ三倍の効果をもたらすという恐ろしい兵器にも匹敵するものができると思うんだ。もちろん、兵器としてしようすることは厳禁なのだが、そんなことは反政府組織や海外のゲリラなどには関係ない。そこに目をつける組織もあって、莫大な金になるということで、今は水面下で、研究と売り込みが激化しているところなんだ」
というではないか?
「じゃあ、僕の身体はそういう反政府組織に狙われるようなものだというんですか?」
と急に恐ろしくなってそういったが、
「いや、そこまではきっと分からないだろうね。それに君はまだそこまで力を持っているわけではない。むしろ君がもしその力を使うことができるとすれば、それは兵器などの物騒なものではなく、今の君の職業において、役に立つことだと私は思うんだ。つまりは、それがどういうものかというのを私も知りたくて、君には申し訳ないが、数日間精密検査を受けてもらっているんだよ」
と言われて。
「じゃあ、僕は別に身体のどこかに問題があるというわけではないんですね?」
作品名:脳内アナフィラキシーショック 作家名:森本晃次