脳内アナフィラキシーショック
「それは、どこかの組か何かに属していて、その中で、ボーイくらいしかやることがないということですかね?」
「そういうことのようです。何も取り得がない中途半端な男ということでしょうか?」
「そんなやつを雇う方もよく雇っているようだが?」
「きっとやつにはそれなりの役割のようなものがあるんでしょうね。それが何かということはハッキリとはまだ分かっていませんけども」
という報告だった。
「じゃあ、女関係とかに特化したものがあったのかな?」
「それはあったと思います。この間は死体だったので、よく分かりませんでしたが、実際には甘いマスクだったようで、笑うと女性が安心するような顔だったようです。意外と女性にはモテたんじゃないですかね?」
と桜井刑事がいうと、
「俺は一番嫌いなタイプだけどな」
と、あからさまに本当に嫌気がさしているかのような表情でそういった辰巳刑事であった。
辰巳刑事というと、K警察署の刑事の中では代表的な熱血漢であり、勧善懲悪の塊りのような人だった。
こういう被害者のような、
「何もできない中途半端な男のくせに、女性を手玉に取ったりするやつは許せない」
と思っているので、ここまでの毛嫌いをあからさまに示したような顔になったのだろう。
「じゃあ、引き続き、被害者については捜査をお願いしたい」
「はい、分かりました」
と桜井刑事の報告は終わった。
「じゃあ、次は鑑識からの報告を訊いてみましょう」
ということで、鑑識担当の刑事が呼ばれた。
「はい、ご報告します。まず、死因は皆さんもご覧になったと思いますが、ナイフによる刺殺ですね。ナイフも特殊なものではなく、普通に入手可能な一般的なもののようです。凶器からは指紋は検出されませんでした。何も出てこなかったので、最初から指紋はふき取っていて、犯行時には手袋のようなものをつけて犯行に及んだのだと思われます」
という報告を訊いて。
「ということは、流しの犯行ではなく、計画的な犯行の可能性がかなり強いということかな?」
と辰巳刑事が訊くと、
「ええ、そうですね。流しでなければ、通り魔と考えられますが、通り魔がわざわざ死体を隠すのかと考えれば、それも不自然な気がします。被害者があの場所に逃げ込んだのだとすれば別ですが」
「なるほど、確かに通り魔というのは、被害者をわざわざ隠すというのはあまり考えにくいとも言えるね。中には愉快犯のようなやつもいて、死体が発見されるのを見て、捜査員が慌ただしく動いているのを見て、快感を感じているやつもいると聞きます。実に腹立たしいことですよね」
と今度は、桜井刑事がそういった。
「でも、今回の事件はやはり計画的犯行だとも言えるかも知れないですよね。通り魔だって、狙うなら、あんないかにも中途半端な男だと分かる服をだらしなく着ているやつを狙ったりはしないだろうからですね」
と鑑識担当刑事が言った。
「死亡推定時刻はどうだったんですかね?」
と訊かれて、
「ええ、死後かなり経っているのは間違いないようでしたね。時間としては、一昨日の未明というところでしょうか? 時間にして、日にちが変わってから、六時くらいまでという少し幅の広いものになってしまいます。それを考えると、高杉刑事が発見していなかったら、もっと経っていたでしょうから、なかなか死亡推定時刻も曖昧にしかならなかったでしょうね」
という。
「他に何か特徴は?」
と辰巳刑事が訊くと、
「胃の中の消化状態ですが、死ぬ前の六時間くらい前に食事をしているようです。ハッキリ何を食べたかまでは分かりませんが、どうやら、あまりいいものを食べているわけではないようです。先ほどの風俗のボーイということなので、賄いか何かではなかったんでしょうか? だから、もし、六時過ぎに食べていたとすれば、十二時すぎが犯行時間でしょうね」
ということだった。
「じゃあ、一つ我々が気になっているところで、被害者が殺されたのは本当にあの場所だったんだろうか? 他で殺されて運ばれてきたという可能性はありませんか?」
と門倉刑事が訊いた。
「それに関してはこれもハッキリとしたことは分かりませんが、一つ今回解剖して分かったことなのですが、どうやら、被害者は絶命する少し前に、女性と性交をしていた形跡があるんです」
という不可解な報告だった。
「ん? どういうことですか? 射精でもした痕があるということでしょうか?」
と門倉刑事が訊くと、
「ええ、そうですね。明らかに女性と交わっていたのは間違いないですね」
という報告を訊いて、
「やつの職業は風俗のボーイだということだが、風俗嬢の中の誰かとした可能性があるということでしょうか?」
と桜井刑事が訊くと、
「それはどうかな? ああいう商売というのは、店からは商品である女の子に手を出してはいけないとかなり釘を刺されているはずなので、風俗嬢とできるというのは、よhどのことでないと無理があるでしょう。果たして被害者にそれだけの度胸と覚悟があったかということですね」
「そういうことであれば、やはり店の女の子との間の性交渉を考えるのは無理があるかも知れないですね。やつは結構小心者で、上の言うことには逆らえないタイプだという話を訊いているからですね」
と桜井刑事の報告だった。
「だけど、今の情報を加味して考えると、その時一緒にいた女が今回の事件で大きな役割を持っていることは分かるというものだ。ひょっとすると、その女が犯人かも知れないし、その女には他に男がいて、女を取られたその男が、やつを殺したのかも知れない」
と辰巳刑事が訊くと、
「じゃあ、辰巳君は、愛憎の縺れから起こった殺人ということかも知れないというのかね?」
と門倉刑事から言われて、
「今のところその可能性が一番強いのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?」
と辰巳刑事はいう。
「その可能性は強いかも知れませんが、どうもやつは、影で他にも何かをしていたようなふしがあるんです。これからその捜査を行いたいと思うのですが、そこからも何かが発見できるかも知れないと思っています」
と桜井刑事は言った。
「だけど、少なくとも市の直前まで女と一緒にいたことは確実なんだよね。ということになると、やつの死亡した前の日の行動をしっかり洗い出す必要はあるだろうね。そして、今の桜井君の報告にあった、影で何かをしているというその何かがどういうものなのか、それがこの事件の真相に近づくためのものであることは分かっていることだからね」
と門倉刑事は言った。
どちらにしても、この事件の裏に女がいるのは確かなようだ。
その女が殺したのか、それとも、女と別れて一人になったところを狙われたのか、今までの話を総合して考えると、被害者は他の場所で殺されて、発見現場に運ばれた可能性は高いのではないだろうか。
「犯行現場が別だということになると、少し事件の様相が変わってくるのではないだろうか?」
と辰巳刑事が言った。
「そうだね、まず犯人が一人なのかどうかが怪しくなってくる。あの場所には、引きづった跡はなかったわけだろう?」
という門倉刑事に対して、
作品名:脳内アナフィラキシーショック 作家名:森本晃次