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尊厳死の意味

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「権力? そんなものではないよ。お母さんができもしないくせに子供を引率して出かけたりしなければ、こんなことにはならなかったんだ。それを想うと、誰でも普通に積極来はできると思うよ。すると何かい? 君のところでは、お父さんが絶対的な権力でも持っているというのかい?」
 と言われて、絶句してしまった。
「そうだ」
 というと、父親に対して。根掘り葉掘り聞かれそうだし、
「違う」
 というと、絶対的な権力についての質問が飛んでくるだろう。
 父親のことに対して感じている違いが、そのまま感覚の違いに変わっていることを、友達は分かっていないようだった。
 そんな父親が元気をなくしたのは、誠也が大学二年生の頃で、母が交通事故で亡くなったのだ。
 あまりにも急なことだったので、誠也も父親も、ずっと信じられないかのようだったが、そのショックは父親の方がひどかった。
 一か月経っても、ショックから立ち直ることもできず、しばらきは有休を使って会社を休んでいたが、さすがに首も危なくなってくると、急に我に返った父は、やっと今まで通りに戻ったのだが、その頃から父は、物忘れが激しくなってきた。
 物忘れの激しさは、子供の頃の誠也に似ていた。今から想うと、
「どうしてあんなに簡単に忘れられたのだろう?」
 と思うほど、今ではそんな記憶喪失のような忘れ方をよくできたものだと思うほどだった。
 とにかく、そのまわりのことはある程度覚えているのに、ピンポイントでそのことだけを忘れているのだ。だから、まわりから見ると、宿題を忘れていたことを、
「やってこなかった理由に、忘れていたと言っているだけではないか?」
 と言われていたようだが、本人とすれば、忘れていたということ自体が大きな問題だったのだ。
 確かに嫌なことや都合の悪いことだけすぐに忘れてしまう。それはある意味、潜在意識の賜物なのだろうが、生活する上では、この上もなく厄介なことだった。
 しかも、忘れてしまったことを、夢の中で見たような気がする。目が覚めるにしたがってその夢を忘れているのだから、見たのがいつだったのかも頭の中で混乱していた。
 ひょっとすると、宿題の出たその日、忘れているつもりではなく、夢の中に見てしまったことで、夢から覚めるにしたがって、夢の中の出来事として、記憶の奥に封印されているのではないかと、大人になって感じた。
 つまり忘れたと思ったのは、夢として解釈されてしまったことであり、そのせいで、夢を見たと思う時に、
「夢は目が覚める二したがって忘れていくものだ」
 と感じるようになったのかも知れない。
 しかも、忘れないで覚えている夢というのもあり、その夢は、そのほとんど、いやすべてと言ってもいいくらいに、怖い夢であったり、都合の悪い夢だったりすることが多い。それだけ印象深いことなので、そんな夢を覚えていることに疑問はなかったのだが、なぜ都合がよかったり、楽しい夢がまったくないのか、本当に見ていないのか、見ているが忘れているのかのどちらかを考えた時、
「夢を見たという意識はあるんだ」
 と考えたことで、
「都合のいい夢は忘れてしまうんだ」
 と感じるようになってしまった。
 しかも、その夢も、たまに見るものではなく、
「本当は毎日見ているものだ」
 という考えを持つようになった。
 夢を毎日見ていると思う方がこれも介錯としては都合がいいので、忘れないようにすることや、辻褄を合わせようとすることは、夢に対しての冒涜のような気がして、覚えていないことは、無理に思い出すものではないとも思えてきたのだ。
 その思いに至ったのは、
「夢を見るのは自分であり、忘れようとするのも自分の意志、だったら、無理に思い出そうなどとするのは、自分の意志に逆らっていることであり、そのまま忘れてしまった方が自分のためになるのではないか」
 という考えもあった。
 そのため、
「人間がものを忘れるというのは当たり前のことであり、忘れっぽいのも、ほとんど忘れないというのも、人間が違うのだから当たり前のことである。忘れっぽい人を非難するというのは、違うのではないか?」
 と、誠也は感じるようになっていた。
 だから、年を取ってきて忘れっぽくなってきた父親は、昔の反省でもしているのではないかと思うようになっていた。勝手な想像であるが、意外と忘れっぽい感覚というのは、えてして、そんなにややこしい感情から来るものではないことを誠也は感じるようになっていた。
 少し父親寄りに考え方が変わってきたことを、
「母が死んだからなのかも知れない」
 と、誠也は感じるようになってきた。

                 西洋屋敷の絵

 だからと言って、、今までの仕打ちを許せるわけもなく、誠也は父親の様子をみることにした。さすがに自分が子供の頃の威厳は欠片もなく、魂が抜けたかのように見えるくらいだった、
 とりあえず、放っておくしかなかったが、今までの所業から考えて、父親に寄ってくるような人は、なかなかいなかった。
 だが、そのうちに、友達ができたという。
「捨てる神あれば、拾う神ありだ」
 とあの父親が、神という言葉を口にするなど、かなり参っていたということなのだろうと見受けられた。
 その人は、父親に対して、いろいろな世話を焼いてくれるというが。見ていて、あまり友達という感じがしなかった。金銭的や物質的な援助は少しだがしてくれているようだったが、精神的なところでのよりどころというわけではなかった。
 そのうちに、もう一人友達ができた。その人は、今度は金銭的なことにはまったくであったが、精神的なところをいろいろアドバイスしてくれるようで、知識も結構あって、信頼できる相手だと言っていたのだ。
 だが、それが間違いだった。
 結論として、父はその人のうまい口車に乗って、保証人にさせられてしまい、まんまと借金を背負わされて、その男はどこかにトンズラしたようだ。
 しかも、おかしなことに、もう一人の物理的な援助をしてくれていた人もいつの間にかいなくなっていた。それを訊いた時、
「この二人はグルではないか?」
 と思われた。
 借金は幸いにもそこまで高額ではなかったことで、母親の生命保険から、あてがうことができ、事なきを得たのだったが、これからの生活が問題だった。
 それにしても、詐欺もなかなかなものである。最初に物理的な援助を与えてくれる人を近づけたことで、人が寄ってくることに対しての警戒心を解かせ、しかも、精神的なところをフォローしてくれないということで、不安に感じている人に対して、今度は別の寂しさを和らげてくれる人を差し向ける。
 そこで完全に油断してしまった父は、その男を全面的に信用することになる。二人の実に巧妙なやり口であったが。まんまと引っかかってしまった。
 金銭的にあまり高額ではなかったことで、ひょっとすると、それほど前科のない連中で。ひょっとすると、父親は実験台くらいのものだったのかも知れない。
 実験台だとすれば、やつらの作戦と人選は間違いのないものだったことだろう。想像以上の成果だと思い、今度は他の人に工学を吹っ掛けているかも知れない。
 そう思えば。父は罪なことをしたもので、
作品名:尊厳死の意味 作家名:森本晃次