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尊厳死の意味

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 だが、会話がないと思った瞬間、まるで自分が会話がないということに気づくのを待っていたかのように、父親が口を開いた。
「おい、お前。俺が死んだら、骨を俺の田舎にある墓地の裏手の山から散骨してくれないか?」
 というではないか。
 その声は初めて聴いたような気がした。いつもは、
「よいしょ」
 という言葉くらいしか聴いたことがなかったと、いまさらのように思ったことで、さっき会話がないと感じたのは、この瞬間のことを予知していたからではないかと思ったのだ。
 それにしても、病院という場所で、死んでからの話をするというのは、リアリティがあって、生々しさが感じられる。
 息子はそれに対して、少し返事をしなかったが、
「分かった」
 と一言答えた。
 すると、親父の方は、
「これはわしも自分の父親から頼まれて、このわしも、親父の骨を散骨したものさ。だから、うちの墓に入っている骨には、誰も頭蓋骨がないのさ。頭蓋骨部分だけ別にして、砕いて散骨できるようにしてもらっているんだ。これは、生前の本人の意志なので、認められることなんだ」
 と言っていた。
 どうやら、この家は代々、そうやって死者を葬ってきたようだ。どこからそういう発想が生まれたのかは分からないが、その土地全員がそういう風習を受け継いできたのだとすれば、十分にありえることではないだろうか。
 田舎には、まだまだそういう風習が残っていると聞いたことがあるが、実際にそんなことを考え、伝承してきている人というのを初めて見た気がした。
 その時にも、確か古びた西洋館を意識したような気がする。それが日本家屋と同じ敷地内にある西洋館だという保証はないが、そんな珍しい佇愛の光景を、いくつも記憶しているとは思えない。やはり同じ場所の同じ建物であると考えるのが、妥当ではないのだろうか。
 誠也は、二人の会話を訊いて、何か恐ろしいものを感じた。かなり衰えているとはいえ、すでに死後の世界のことを考えている父親。もし自分がこれくらいの年齢になった時、死後の世界のことまで考えるだろうか?
 人生の最後の瞬間を思い浮かべるかも知れないが、そこから先は想像を絶するものだと思うのか、それとも、歩かないか分からないものを考えても仕方がないとして、ドライな考えを抱くのか、自分でもよく分からなかった。
「人間、先が見えてくると、きっと過去を振り返ってみる時間が長く感じれ、それ以外の時間があっという間に感じるんじゃないかな? だから、年を取るにつれて、どんどん時間が早く感じられるようになるって話を、以前誰かから聞いたことがあったな」
 と言っていたのは、十勝だった。
 その言葉を、親子を目撃したその時に思い出した気がしたのだが、その時にすでに、十勝からその話をされた後だったという意識がハッキリとしていなかったので、誠也は、
「どちらかがとってつけたかのような都合のいい意識として存在しているのではないだろうか?」
 と感じたような気がしていた。
「その時にだけど、父親の方がボソッと口にした言葉で、尊厳死という言葉があったんだ?」
「尊厳死?」
「ああ、人間というのは、生まれてくる時は親や環境は選べないだろう? だけど死ぬ時くらいは本人の意志を尊重してもいいのではないかという考え方だね。だけど一般的に使われるのは、安楽死を基本にした考え方だよね」
 と、十勝氏は言った。
「確かに生まれてくる時は、まったく選べないですよね。生まれながらにお金持ちであったり、国家元首でであったりする場合もあれば、貧困夫婦の間に生まれてみたり。ましてや、不倫の末に生まれてきたりした子供であったり、親が犯罪者などというと、スタートラインにも立てないまま、負を背負って人生を歩まなければいけない人もいる。それを思うと、やり切れない気持ちにもなりますよね」
「まったくそうだよね。だから、死ぬ時にも自由がないというのは、どういうことなのかって思ったりもする。宗教的には、なるほど、人間が人の死を決定してはいけないと言われているけど、それって、民主主義、自由主義と言っているのであれば、今際の際に自由がないというのはどういうことなんだろうって思うよね。安楽死だって、事前に本人が希望すれば、叶うような法律にしておけばいいような気がするんだけど」
 と十勝氏がいうと、
「でも、そうなると、故意に死を早める人も出てくるんじゃないですか? 遺産相続なんかが絡めば、昔のミステリーなどでは、殺し合いが起こったりするくらいなので、安楽死を装うくらいは、十分にありえることではないかと思いますからね」
「そこが難しいところなんだけど、安楽死で不公平に感じるのは、あくまでも、本人だけの問題に限りすぎているような気がするんだ。例えば植物人間になって、目を覚ます可能性はほとんどないと言われている人をいたずらに生命維持装置によって生きながらえらせていると、世話をしている家族の負担は計り知れないものがあるんじゃないですか? 肉体的にも精神的にも、さらに金銭的にも、どれをとってもいっぱいいっぱいですと」
 と十勝氏がいう。
「でも、判例とかでは、そこまでは規定していないんですよ、あくまでも、病状と本人の意志、そして、本人の苦しみ具合のすべてが満たされた時だけ、積極的な安楽死は認められていますからね」
 と誠也がいうと、
「この問題はかなり大きなものであり、しかも微妙なところがあるので、ここで話をしても結論は出ないと思うんだ。そこで、この間私が訊いた尊厳死という言葉だけど、親が息子に、自分が意識府営に陥ったら、そのまま楽にしてほしいと頼んでいたんだ」
 というではないか。
「それは、親権にそう言っていたんですかね?」
 と誠也が訊くと、
「それはそうでしょうね。こんな話を冗談で言えるわけもないし、実際に、やつれ切っていて、いつどうなるか分からないというオーラを醸し出している人ですからね。冗談ではにないと思いますよ」
 という十勝氏の話を訊いて、少し唸って上を見上げた誠也であったが、
「十勝さんの聞きたいのは、僕だったらどうするかということが聞きたいんでしょうか?」
 と聞くと、
「本音はそうだね。でもそこまでは求める気はないんだ。君の考え方を聞きたいだけなんだ」
 と言われたが、
「それは逆ではないですか? 自分の考えというものを明らかにする方が、自分ならどうするということを考えるよりも、よほど難しいような気がするんですけどね」
 というと、
「なるほど、君はそう思うんだね。でも、僕は逆なんだ。自分の意見や考え方があっての行動ではないかと思うんだけど、違うだろうか?」
「それは、普通の時であれば、それでもいいかも知れないけど、こういう究極の選択を迫られている時はむしろ逆で、考えをまとめる方が先であり、行動はその後だとという考えだとすれば、まず考えることとしては、自分の出した結論で『後悔をしないこと』じゃないかと思うんですよ。その考えがあるから、何かをする前に、考えがまとまったうえでないと、もし想像したことと違う事態が起こった時、対応できないですからな」
 と、誠也は言った。
作品名:尊厳死の意味 作家名:森本晃次