尊厳死の意味
父の入院を気にしていると、関係ないはずなのに、自分も体調が悪くなってきた。最近は胃の具合が悪くなることがあったので、通院を余儀なくされた。個人の胃腸科病院に通っていたが、胃潰瘍から手術を受けることを勧められたため、大学病院を紹介された。基本的には薬で散らすこともできるらしいが、腫瘍になっているので、手術が手っ取り早く、その方が金銭的にもお金がかからなくていいということで、手術を行ってもらうような病院に行って、検査入院をしている時、一人の男性と知り合った。
その男性は、入院期間も長いらしい。しかも、何度か入退院を繰り返していて、まるで長老のようだと言って笑っていたような人だ。
病気は、さすがに不治の病であったり、いきなり急変したりするような危ない病気ではないのだが、子供の頃から患っているもののようで、大人になっても完治しなかったことから、医者から、
「これからは、うまく病気と付き合って生きていくように考えていけばいいよ。何、子供の頃から続けている今の状態をそのまま続けて行けばいいだけだ。だから、危ないわけでもないので、入院すると言っても検査入院のようなものなので、気楽にしていればいいよ。だけど、検査を甘く見ているとそっちの方が危険なので、定期的に来なければいけないということだけを頭に置いて、生活すればいいよ」
と言われているらしい。
だから、
「俺は、家にいる時と病院にいる時と、そんなに変わらない気がするんだ。だから、病院が第二の故郷みたいな感じで、せっかくだから、病院の主にでもなったような気になっているくらいなんだ」
というその人は年齢的には誠也よりも少し上くらいではないだろうか。
「名前は、十勝っていうんだ。年齢は二十五歳になったところ、君より少し上くらいかな?」
と言っていた。
十勝がいうには、
「僕は小学生の頃からずっとこの病院の世話になっているので、気分は主のような感じだよ。総合病院なのでいろいろな患者も見てきたし、先生も見てきた。十歳くらいの頃から入退院を繰り返しているので、人生の半分はこの生活だね。先生のいうように実際にこの生活には慣れてきたし、子供の頃は親が変に気を遣っていたんだけど、今から思えばそれが嫌だった。初めてこの病院に来てから今までの間で一番嫌だったことは、親が変に気を遣っていることかな? 親が変に気を遣うと、まわりの同級生の連中は詳しいことを知らないので、自分が甘やかされているというぁ。学校の先生からも贔屓されたりしているように見えるのか、まわりの目が辛かった。だから、僕はあの頃から親が嫌いだったんだ」
と十勝は言った。
「君も親が嫌いなんだね?」
と誠也がいうと、十勝は興奮したように、
「君もか? 僕は子供の頃から親のことを嫌っている人と話をしてみたいとずっと昔から思っていたんだ。だから、君と知り合いになれてよかったと思っているよ」
と十勝がいうと、
「君はどうして、そんなに親を毛嫌いしたような言い方をするんだい? 僕の場合は、お互いに考え方が違って、僕にはどうしても相いれない結界のようなものが見えていて、その存在を親子だからありなんじゃないかと思うようになったんだけど、親はそれを認めようとしないんだ。だから、それを思うと、僕はいたたまれなくなってしまうんだよ」
というと、
「なるほど、君の考えとしては、親だって自分と同じ世代を過ごしてきているはずなので、分かるはずだという思いがあるわけだよね? でも、それは逆にいえば、親から見れば、今の君の年齢から親の年齢までを知らないわけだろう? その先を知っている先輩として言っているのかも知れない。何しろ、人間は絶対に年齢を追いつくことはできないんだからね。一気に年を二つ取ったり、二年間で一つしか年を摂らなかったりできるわけではないからね」
と言った。
その言葉には目からうろこが落ちた気がしたが、同じように親が嫌いだと言っている人から言われたくはなかった。
「君は一体親の何が嫌いだというんだい? 僕とは違う気がするんだけど?」
と聞くと、
「違うわけではないだ。ただ。親の理屈も分かったうえで、さらに俺は親のことが嫌いなんだ。だから、自分の方が悪いのではないかとも思うのだが、結界という部分に親子だからこそ、分からない何かがあるのではないかとさえ思うんだよな」
と十勝は言った。
「僕の親はとにかく厳格で、まるで祖父がそうだったのではないかという思うがするほど、いかにも昭和を思わせる人なんだよ。昭和というのは、高度成長時代くらいの時代で、テーブルの代わりにちゃぶ台が置いてあるようなイメージのね。浴衣をいつも着ていて、、時々片手で、新聞を読んでいるその姿を思い浮かべるとちょうどいいかも知れない」
実際に誠也もちゃぶ台など見たことはなかったが、長寿番組のアニメなどでは、いまだに時代はちゃぶ台が置いてある時代であり、テレビのリモコンなどもなく、チャンネルは、テレビのブラウン管の下にある丸くなったつまみ状のものを秘めるという、今では考えられないものだった。
家の入口には玄関があり、その玄関は木でできたガラスがはめ込まれていて、スライド状になって横に滑る扉があった。今であれば、十分老朽化してしまっていて、ほとんどの家が建て替えられたりして、今では見ることのできないものになっていた。
生まれた頃から、ほとんどがマンション住まいで、一軒家にすら住んだことのない誠也には、アニメのイメージは斬新なはずなのに、あまりにもイメージが湧かないせいか、画面上に映し出された光景が、すべてのように思うのだった。
だが、今から思えば、昔風の造りの家に子供の頃に行ったことがあったような気がした。確か友達の家であったが、父親は少々名の通った会社の社長をしているようで、屋敷も和風と洋風の建物がそれぞれにあった。和風の方は、政財界の人の別荘をイメージして作られたようで、その建物を垣間見ると、子供心に見たことがあったわけではないのに、どこか懐かしさがあり、違和感がなかったのだ。
そもそも違和感というのは、矛盾した気持ちの上に成り立っているものだと思っていることで、その時に感じたのは、
「矛盾というものを感じたわけではなかった」
というものだった。
そんな日本庭園のような家と対になって建てられている西洋館風の建物は、日本家屋と違った重々しさがあった。
日本家屋は別荘の雰囲気で、庭も本当の日本庭園も模したもので、庭木の手入れも行き届いていて、奥には池もあった。
そういう意味で豪華さによる重々しさと言ってもいいだろう。
しかし、西洋館の方は、その名の通りの雰囲気による重々しさであった。
絶えず綺麗に手入れされている日本家屋とは違い、コンクリートの壁が雨ざらしになっているかのようで、まるでツタでも絡んでいるかのようであった。
こちらは別荘というよりも、まるで廃屋のような感じで、
「ここに人なんか住めるのか?」
と思うくらいのところで、まだらになった壁が、重々しさを感じさせるのだった。
中に入ったことがないので何とも言えないが、昔の映画のロケでもできそうで、映画のジャンルもホラーであろう。