尊厳死の意味
そうなると。九百数十冊という本は、作るだけ作ったが、売れないという在庫になってしまうのだ。在庫はどうなる? 捨てるわけにもいかない。焼却するわけにはいかない。一応、出版社の名前で出版した本だとはいえ、作者の意見もなく勝手に処分はできないはずだからね。一日に数人の作家の本を出したとすると、一日だけで、数千冊の本を在庫として抱えなければいけない。一か月でどれだけ、一年では? と考えると、在庫を抱えることで、倉庫代もバカにはならないということなんだよね。すぐに一つの倉庫はいっぱいになって、さらに第二、第三倉庫ともなると、それだけで結構なお金になってしまうだろう。そんなことを出版社が最初から分かっているとは思えない。すると、最初に見積もっていた利益はかなり削られることになる。そうなると、余計に本を出さなければ利益は得られない。そうなると、やはり会員を集めること、つまり宣伝に戻ってくるんだよ。このように、終わることのないサイクルに陥ってしまうことから、自転車操業と言われるんだ。これが、計画通りすべての面で機能していればいいかも知れないけど、どれか一つでも狂ってくると、安定感がなくなって、負の連鎖を引き起こす可能性が高くなって、結局、気が付けば火の車になっているということが多いのさ。しかもさっきも言ったように、皆がお花畑の中にいるような感じなので、危機が迫っていても気付かない。気付いた時には大きな津波に飲み込まれているというわけさ。これが、彼ら自費出版系の会社の共通の末路であり、あれだけマスコミでも、今の時代のニーズにこたえた新たな産業の成功例などともてはやされていたのが、最盛期から二年もしないうちに、すでに数個の会社が破産宣告をしたかということなんだよね」
とおじさんから聞いて、
「それが社会問題になったということなんだね?」
と聞くと、
「いや、本当の社会問題はその後なのかも知れない」
とおじさんは言った。
「どういうこと?」
と聞きなおすと、
「彼ら出版社側は自己破産をして、弁護士を頼るだろう? そうなると、弁護士は依頼人の利益を守ろうとするので、出版社から本を出した人に対しては、ほとんど悲惨な要求しかできないんだ。つまりは、大金を出して共同出資で本を出しているのに、売れていない本は、本当であれば、作者に返すべきでしょう? 少なくとも半額くらいではね。でも、やつらは、定価の二割引きでなら引き取ってもらえるというんだ。そうでなければ、ゴミとして捨てるだけだというんだね。つまり破産宣告をしたことで、破産した方が守られて、騙された方が割を食うというわけさ。そこが社会問題だったというんだね」
とおじさんが説明してくれた。
そういえば、企業が経営危機に陥ると、まずは民事再生の手続きを取ることが多いと聞く。
この民事再生というやり方は、経営危機に陥った会社の再生に向けたやり方なので、債権者にはあまりにも酷な対応になることが多い。ただ、それでも、裁判所によって仮押さえや保護が行われるので、多少ではあるが、保証は受ける。ただ、零細企業のようなところで、その企業が売り上げのほとんどなどというところは、ひとたまりもないだろう。
そんなこともあり、債権者に対して、
「すべてを焼却しないだけ、まだマシではないか」
とでも言いたげで、騙された人たちからすれば、たまったものではない、社会問題になるのも、当然だと言えるのではないだろうか。
おじさんによる、十数年前にあったという悲劇を訊いていると、今の時代の流れも自然な気がしてきた。
たぶん、もうあの頃のように、
「猫も杓子も」
とでもいうような、誰でもが小説家になれるという風潮はなくなってきた。
「しょせん、そんなうまい話が落ちているわけではない」
という教訓を残して、あの時にいきなり増えた作家志望人数は一気に減り、前とあまり変わらないくらいになっているのではないだろうか。
それでも、過去の教訓と、ネットの普及というものがうまく絡みなったというのか、砂金ではネットでの小説の発表というのが、それ以降は流行ってきた。
さすがに、最盛期は抜けてはいるが、いまだにあれから十年近い歳月が建っているが、お金が絡んでいないこともあり、一切の社会問題になっていることはない。
しいて言えば、印刷物や、音楽で言えば、CDという媒体が売れなくなったことで、本屋やCD屋というものが、急激に街から姿を消しているのが、一つの社会問題と言えるであろう。
ただ、これは他の業界でも言えることなので、全体的に見ての社会問題の中の一つに埋もれていると言っていいのではないか。
誠也は、昔の自費出版系の社会問題はおじさんの話や、それを聞いてネットで調べて読んだ記事くらいでしか知らないが、今のSNSなどを使ったやり方は、ある意味、自分やおじさんには合っているような気がした・
最近の小説の発表というと、電子書籍のような形のものが結構あるが、それはプロの人の販売方法であって、素人の人は、
「無料(あるいは有料)投稿サイト」
なるものに発表することが多いだろう。
これは文章だけではなく、最近ではタブレットやスマホなどを使って絵を描く人も多いので、そんな絵であったり、マンガなども同じように投稿できるサイトも結構あったりする。
無料投稿サイトの特徴は、
「登録しなくとも、誰でも無料で、作品を閲覧することができる」
というもので、無料登録さえしておけば、作家として作品のアップであったり、他の人の作品を読んだ感想であったり、登録者同士で、サイト内伝言板にて、交流ができるというのが主なものとなっている。
大小合わせると、数十のサイトが存在し、それぞれに特徴がある。サイトによっては、どのジャンルの作品が多いだとか、年齢層は若い人が多かったり、女性専用などというところもある、自分に合ったところを探せばいいだろう。
ただ、そこではコンクールをやっているところもあり、作家デビューの道も残されてはいるが、基本的には趣味のサイトという感じが強い。小説にしてもマンガにしても、自分の書きたいものを書いて、それで読んでくれる人がいれば、それが嬉しいという、趣味という原点に戻るのは、気が楽だということもあるが、まずは、いきなり作家になどなれるはずはないという基本的な考えを思い出させる意味でいいのではないかと、おじさんも誠也も考えるのだった。
「確かに、世の中、そんなうまい話が転がっているわけはないよな。そのことに誰も気付かなかったのが、バブル経済なんだから、それを利用して詐欺行為を行った方もまずいだろうが、それに乗せられた方も、甘いと言えるかも知れないな。そもそも、自費出版の方でも、本当に最初から詐欺をしようなんて思っていたわけではないだろうからね。誰も見てくれないという盲点をついて、それが商売となればと思っただけで、そういう意味ではマスコミが煽った理由も分からなくもないしね」
と、おじさんは言った。
死に対しての選択