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神の輪廻転生

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 私と同じような未熟な神はたくさん存在している。今は神としての勉強をしているところで、人間世界でいえば、
「義務教育」
 とでもいうべきであろうか。
 神も最初から神だったわけではないように、人間も最初から人間ではないのだ。そのことを分かっていないのが、神と人間の違いと言ってもいいのか、神も人間も、勉強が大切だということに変わりはない。
 では神にとっての勉強とはなんであろうか?
 それは、人間の勉強である。神にとっての使命は、人間を神の世界に最終的に導くというもので、人間が死を迎えたところで、その人の生前の行いによって、どのような死後を迎えるかが決まってくるのだ。
 それは、まりえの世界の宗教という世界観に似ている。そういう意味で、まりえの世界の宗教もまんざら間違いではないのだが、いかんせん、それを祀る神がいないのだ。
 里穂の世界では、立派に神は存在するが、人間社会で最近蔓延っている新興宗教というものがいかにひどいものなのかということは、人間たちにも分かってはいるのかも知れないが、どうしても不安が先に立つのか、そこを見透かした宗教団体というのは、実に小ずるいと言ってもいいのではないだろうか。
 最近の里穂はそのことに気づき始めているようだった。
 新興宗教の中でも、カルトと呼ばれるのがどれほど恐ろしいかというと、別の世界では、詐欺が横行したり、他の世界では、暗殺集団と化していたり、さらには、まるで自分たちを神とでも言いたいのか、浄化を行おうとして、大量殺人を目論む団体もいる。
 そんな連中はきっ、その世界における、自分たちの世界の
「創世記」
 なるものを詠んでいるに違いない。
 その本には、別の世界であるにも関わらず、なぜか似たような発想を描いた書物が残っていたりする。
 つまり基本は、
「この世界の創造主は、神である。そして、その神によって作られた人間は、時には自分たちが神に逆らったことで、言葉を通じなくされたり、浄化と称して、世の中を何度も滅ぼされ、新たな人類が生まれてきたり、または、神のわがままや、嫉妬によって、神の都合で国家が、国民もろとも滅ぼされたりという世界の黎明期」
 が描かれている。
 つまり今の人類は、神によって、何度も作り直された人類であり、神に逆らうと、何があるか分からないという発想である。
 そして、今の世の中がまたそんな浄化に値するような乱れた世の中であり、自分たちが神の意志を止めることは不可能なので、いかにして浄化される中で生き残れるか、あるいは、教祖自信が神であり、浄化の際に、自分への信者だけが助かるというように洗脳して、クーデターやテロを起こそうとしているのだった。
 だが、世の中の人間は、不安であったり、実際の世の中が教祖の言う通りであり、憤りを感じて居たりすると、どうしても救世主を求めるのが人情である。そういう心境にほだされて、宗教はどんどん信者を増やしていくのだ。
 そういえば、笑い話にしてはいけないのだろうが、宗教の種類を問わず、
「世界最終論議」
 というものがある。
 宗教によって、人類がいつ滅びるということが書かれたもので、たとえば、今から三年前であったり、世紀末であったりがその内容だったりするのだが、それを真面目に信じている信者がたくさんいて、そんな信者に対して、宗教はこういうのだ。
「人類は、やがて死滅する。助かる人は一人としていないだろう。その時に、死後の世界に救われるのは、我々の信じている神が助けてくれる人だけである。そのためには、今の覚悟が必要だ。この世ですべてを失っても、新しい世の中ではリセットされるので、この世に何も残す必要はない。だから、全財産をみかじめとして納めるのだ」
 というのである。
 冷静な判断力であれば、この世でしか通用しないと言っているくせに、金を要求するというのはおかしいと思うだろう。しかし、最終世界を信じている人にも、もう死後の世界しか見えていないのだ。
「確かに、この世が果ててしまえば、お金なんか必要ない。新たな世界に連れて行ってくれるための覚悟というのであれば、喜んで全財産を捧げよう」
 と熱烈な信者であれば、当然考えることだろう。
 そして、教団に全財産を収めた人は、この世が終わると言われた日に、どこかの競技場のような大きなところに集まって、必死に祈りを捧げている。
 きっと心の中では、
「皆俺たちのことをバカにしていたが、実際に滅んでしまってから後悔したって、遅いんだ。俺たちが新たな世界の最初の人間になるんだ」
 と思っていることだろう。
 それは、歴史書の中に書かれている洪水神話に書いてあることだった。
 まわりの人は、
「陸に船なんか作ったって、どうしようというんだ。とうとう気が狂ったか?」
 と言って、まわりから散々笑われたが、自分たちは洪水の荒波の中に船の中で助かることを夢見ながら、嵐が過ぎ去るのを待っていたが、まわりの人たちはひとたまりもない。
 あっという間に荒波に飲まれて、そのまま死んでしまうのだ。気の毒だとは思うが、神を信じなかった罰が当たったと思えば、彼らに罪はなく、むしろ新たな世界でのパイオニアになるのだ。その方が感情としては強い。
 神様というのは、すべての人に平等ではない。自分を信じるものは救われるが、信じない者に対しては容赦がない。だから、それを正当化させる意味で、洪水伝説であったり、無法地帯と化した街をあっという間に消滅させたりと、神に逆らうとどういうことになるかという
「戒め」
 という意味で、歴史署や、宗教における聖典なるものが存在するのだ。
 そして、先ほどの世界最終日というのが、結局はウソであった。その日に世界が滅ぶどころか、何もなく最終日が、昨日に変わってしまったのだ。
 そうなると、信じて全財産を供出した人はどうなる>? 一文無しで、これから新たなに暮らしていかなければならない。そこは浄化された世界ではなく、まったく昨日と変化のない世界である。
 彼らは、神から見捨てられたのだろうか? 今までの彼らであればそう思ったかも知れないが、世界最終日がウソだと分かった瞬間に、夢から覚めたのだ。
「俺は一体何をしていたのだろう?」
 と真剣に思った人もいたことだろう。
 そう思うと一気に現実に引き戻された自分がどういう立場にあるのかを考える。
「俺たちは、神様を信じて裏切られたのか?」
「いや、そうじゃない。最初から騙されていたんだ。宗教団体は俺たちから金を巻き上げるためだけに存在し、ひょっとすると今はもう団体を解散しているかも知れない」
 と言っているが、まさにその通りだった。
 団体の理事や幹部は行方不明。団体は解散してから、その存在すら怪しいくらいになっていた。
 団体としての登記はしていたが、実際に活動をしていたという証拠は残っていない。
 そして、何よりも普通に生活をしている人たちの中の印象は実に薄いものだった。
「そんな団体あったっけ?」
 であったり、
「聞いたことはあるが、どんなことをするところなんだ?」
 という程度である。
 いわゆる、
「常識のある人たち」
作品名:神の輪廻転生 作家名:森本晃次