神の輪廻転生
里穂はしきりにこの世界のもう一人の自分である、まりえに接近している。さすがに、里穂が誰か一人の男性を好きになってみたいという願望があるとは知らなかったが、どうしても里穂のことが気になった山口は、里穂の行動パターンから、この世界にいる豊に接近したというわけだった、
だが、その豊が想像していたよりも、しっかりとしていて、いい意味で意表をつかれた。
「同じ世界だったら、絶対に友達になっているよな」
と思える人で、ふと自分のことを思い返してみると、自分の世界で、友達がいないことに気が付いた。
友達がいないからこそ、里穂の相手になる男性の一人に選ばれたのだ。
友人を大切にする人であれば、里穂のことを二の次に思うからだった。いくら自由恋愛の世界だとはいえ、友情に勝るものではない。あくまでも友情が最優先であった。
だから、結婚しない人がたくさんいる世界であるが、その分、同性の親友や、男女間での親友もあったりして恋愛よりも友情を大切にする世界であった。
それでも友人がいない人はたくさんいた。ひょっとすると。まりえや豊の世界よりも一人孤独な人が多いかも知れない。一旦親友になると、その絆は里穂の世界の人間の想像も及ばないほど強いものであった。だから、余計にそこまでの友情を育むことができずに、挫折する人が多いのであろう。
それは里穂の世界の結婚に似ているかも知れない。
高めるところまでしっかり高めておかないと、親友としての絆を成就させることはできないのだ。
ただ、ここからが違っているのだが、まりえの世界では、結婚がうまくいかなければ、離婚するということができる。確かに離婚は結婚の何倍も体力を使うし、子供のことや、離婚の理由によっては、慰謝料などという切実な問題もはらんでいるのである。
山口の世界でも、離婚は似たようなことであるが、一旦親友という形の絆に関しては、別に絆ができた。破綻したということで、書類を提出することはないが、それだけに他の人には分かりにくい。そのため、勝手に絆を二人の間でだけ崩してしまうと、まわりに大きな迷惑を掛けることになり、それがまわりに分かってしまうと、その二人は社会から抹殺されると言ってもいいくらいの仕打ちを受ける。誰からも認められることもなく、社会人としての失格という烙印を押されることになる。これは、離婚届に判を押すような問題ではなく、本当に今後の人生が決まってしまうというほどの出来事なのだ。
だから、いくら友情が最優先だとはいえ、自分に自信が持てない人は、決して人と親友になろうとはしない。その時点で足枷がつけられたような気がするからだ。
ただ、親友がいるというだけで、その人は世間から絶大な信用を得ることができ。まるでまりえの世界での国家資格並みの、先生と呼ばれるくらいの価値のあるものであった。
もちろん、そんな世界が存在するなど、この世界の豊もまりえも想像できないだろう。それはこの世界だけではなく、他のどんな世界でも同じことであり、山口や里穂の世界が特別だと言われるゆえんなのである。
「特別というのは、いいことなのか、悪いことなのか?」
いつもそれを考える里穂と山口だった。
カルト教団の罠
里穂がまりえの世界にやってきた、本当の目的を山口がどこまで分かっているかは分からないが、全貌が分かっている人がいれば、
「山口が里穂のオンリーワンになりさえすれば、そこですべては解決なんだ」
と言えることであろう。
里穂とすれば、誰かをオンリーワンにしたいと思っているのだし、山口は自分が里穂のオンリーワンになりたいと思っているのだ。
状況としては実に単純に思え、うまくいけば、
「時間が解決してくれる」
というだけの問題なのではないだろうか。
しかし、そうは、問屋が卸さない。お互いに気持ちが分かっていないだけに、うまく進んだとしても、どこかで壁にぶち当たり、障害をもったまま先に進んでしまうと、うまくいっていたことも、逆行してしまうことだってあるだろう。しかし、すべてが順風満帆に行った場合は、苦悩を知らずに来ただけで、うまくいったと思った後から、えてして問題が噴出してくることもあったりして、そのあたりの問題も大きいのではないか。
結婚にしても、お互いに付き合った相手が初めてということで、新鮮な二人と思われていたとしても、お互いに人を好きになった経験が浅かったりすると、相手が何を求めているのかが分からないなどの問題が出てきたりして、気持ちがすれ違ったりもするものである。
ただ、それはすべての人がというわけではなく、あくまでも可能性と確率の問題である。それを思うと、
「実際にはやってみないと分からない」
ということであろうか。
ただ、何かを決める際には、それが大切なことであればあるほど、考えられるパターンは頭に入れておく婦がいいに違いない。何かがあった時に対処方法が頭に入っているかいないかでかなり違ってくる。それは、気付くのが遅れて、
「もう手遅れだ」
ということにならないとも限らないからだ。
里穂が、まりえの世界で気になっているのは、もちろん、豊だった。自分は豊の前に現れることはできない。豊の前に現れることができるのは、山口だけだ。だから、里穂はまりえと豊の二人のカップルを黙って見守っているしかなかった。
里穂にはまりえの気持ちは少しは分かる気がした。何しろもう一人の自分なのだし、実際に夢の中で話もしてきた。しかし、豊に関してはまったくの初心者同然だった。しかも、話をすることもできない。だが、それでも彼のもう一人の自分が自分のせいで誰に当たるかということは分かっていた。つまり、自分の世界で山口を見ていれば、豊のことも想像がつくのではないかということである。
あくまでも、別世界の人間なので、まったく同じ性格ということはない、それでも、豊の行動パターンを見ていて、何を考えているかということを図る材料にはなるだろう、
そう感じることで、自分の世界での山口を観察し始めた。たくさんいるセックスの相手の中でも特別の意識を持って見ることになった。
ただこの感覚は、まりえの世界では、
「恋する乙女」
と言われるような態度であった。
里穂の世界では、実に珍しいことで、山口はもちろん、里穂本人にも分からないことだった。里穂とすれば、
「ただ、注目して見ているだけ」
というだけに過ぎなかっただけなのだ。
里穂は、まりえを見ていて、豊に対してどのような付き合い方をしているかを見ながら、自分では山口を見ていた。すると見ているうちに、やはり、山口は豊ではないという当たり前のことを、いまさらながら思い知ることになってきたのを自覚しているようだった。すると、自分の世界での山口を見る目が少し変わってくる。
「この人でいいのだろうか?」
という思いである。
その他大勢の中の一人ということであれば、別に何んらの問題が存在するわけではない。その時、共有する時間を楽しめればいいという考えだからである。