神の輪廻転生
そのうちに、譲り合えばいいのだが。少しでもこじれると、喧嘩にまで発展したりする。それをまわりは冷めた目で見ているのに、おばさんたちは、まるで自分が舞台の主役であるかのごとく、我が者顔だ。
「おばさん、早くしろよ」
と客もいい台だろうし、レジの人も、
「お早く願います」
と言いたいのだろうが、ここまで来てしまうと、火に油を注いでしまうことは歴然であった。
下手に注意などすれば、相手は図に乗って、
「あなたたちには関係のないことです」
と言って、却って意固地になってしまうことだろう。
それは避けなければいけなかった。他の客側も店側も静観するしかなく、騒ぎが収まるのを待つしかない。
そんな人に気を遣うという言葉、皆が感じているはずなのに、それが自分のことになると、やはり同じことをしてしまうだろう。
レジの店員も。自分が他の人と一緒に別の喫茶店に行った時、同じことをするかも知れない。その時にはおばさんたちの様子に冷めた目で見ていたという自分の立場をすっかり忘れてしまっているのか、それとも、
「私だったら、あのおばさんたちとは違う」
と、自分を特別視しているのか、それともおばさんたちを別の意味で特別視しているのか、要するに、
「自分に都合よくしか考えていあい」
ということになるのだろうか?
そんな状況を、里穂は思い浮かべていた。里穂の世界の人間からは想像できないことであり、里穂も最初にその光景を見た時は、
「本当にこんなことって存在するんだ」
と驚愕したくらいであった。
さらに政治家の世界でもそうだ。ドラマなどでよく見られることとして、贈収賄事件に政治家が絡んでくると(見えないだけで、ほとんど絡んでいるのだろう)、政治家じゃ国家気で、
「記憶にない」
と逃げまくるか。
「それが真実ならば、私は国会議員を辞める」
などと言って、どうせ証拠が出てこないという意識を持っての言動なのか、逆切れ風に答弁をしている。
しかし、実際に蓋を開けてみれば、関係者が自殺をするなどという最悪の結果で幕切れしてしまうことも少なくない。
政治家にとっては自分に火の粉が降りかかる前に、
「証拠の方がいなくなってくれたのだから、もっけもんだ」
とでも思って、心の中で下を出しているのかも知れないが、そんな政治家がまともに生きていられるはずもない。
「体調不良で入院」
などと言って政治をほっほらあして逃げてしまうのだから、それこそ病院も都合よくつかわれたものだ。
だが、体調不良は本当のことなのかも知れない。
今までの悪事が自分にブーメランとなって跳ね返ってきただけだと考えると、何かがその政治家にはついているのかも知れない。
しかも、一度だけではなく、二度までもである。
そんな世界だってこれだけ無限に存在するパラレルワールドなのだろうから、複数はあることだろう。
「それにしても、よくできたドラマだった穴」
というウワサを耳にすると、案の定、その年のいくつかのテレビドラマ対象を総なめにしていた。
その世界は、実際の事件を口にするのはなかなかご法度であるが、言論、出版の自由は他のどの世界に比べてもゆるく、本当は限りなくグレーに近いウワサもドラマにしてしまえば問題ない世界であった。
それだけに、ドラマ関係を製作しようとする職業に人気が集中していて、一番の花形商売だった。
さらに、出版も許されるので、作家やマンガ家もたくさんいて、特に政治ネタや警察ネタを扱った作品もどれも多い。
それだけに、実際に口にすることがなくとも、事実を本に書かれたりドラマにされたりして人気が出ると、その作品のリアルさから、
「ほぼ事実に違いない」
ということで、そこから特捜が本格的な捜査に乗り出すなどという他の世界とは順序が違う世界だって存在している。
その世界は基本的に忖度を許さないというのが基本であり。政治家も警察関係も、絶えず出版関係やドラマ関係に目を光らせている。
法律で認められているだけに、何も言えない政治家、警察官は。独自に出版関係に目を光らせている。
それすらドラマにされて、政治家や警察の思惑が暴露されると、政治家も警察も開き直って、さらに保身に走ろうとする。そんな歪んだ世界も実際にはあり、どの世界がまともなのか、ほとんどの世界を知っている里穂の世界の人間が、いくら万能な力を持っているとはいえ、自分たちに対して疑心暗鬼になるというのも無理もないことだった。
そういう意味で、里穂がまりえに興味を持って。この世界にばかり来るようになったのも無理もないことで、まりえには。
「この時代のまりえのような人生を歩んでみたい」
と思うようになった。
以前、恋愛の話において。
「私はいかなる時も相手は一人を大切にする」
と言っていて、そのことへの懸念を示した里穂であったが、里穂はそんなまりえのことが本当は羨ましかったのだ。
感情をまったく無視して、身体だけの欲求に生きていることに疑問を感じてきた。
まったく感情を無視したというのは少し大げさだが、里穂はまりえに憧れていた。
確かに血の繋がりに関して変に深い思い入れのあることには違和感があるが、一人の男性を好きになるということは今までの自分の中の感情にはなかったことだ。それがいかなることなのかを考えてみたいという思いから、まりえに近づいたのだが。まさか前述のような本心でもないことが口から出てくるとは自分でも思っていなかったのだ。
ただ、その思いはある意味憧れのようなもので、もちろん、こちらの世界のまりえのような人生はこちらの世界でしか味わえない。自分の世界に馴染めないことは分かっているので、すべてというわけではない。むしろ一点に絞って考えていることで、実はそれが一番の自分の性格の中でネックになっていることであった。
それは一人の男性を好きになるということである。
一人の男性を好きになるということは、完全に今までの自分の考えを改めるということである。自分の世界の理想である、
「相手を好きになるという感情ではなく、精神と肉体とは別で、好きになることはあっても、相手にセックスを求めることなく、セックスはやりたい時にやる」
という考えだった。
だから、お互いに好き合っていなければ、なかなかセックスをすることもない。しかも一つの考え方として、
「いつも同じ人とセックスをしていても、いずれ飽きるだけだ」
という思いがあるからだ。
実際に、里穂もたくさんの相手がいるから飽きることもなく、楽しめているのだし。そもそも、セックスをする相手が嫌いなわけはないのだ。
「一緒にいるその一日だけは、燃え上がるような恋ができるんだ」
と思うからで、その日一日を最高のデートにしようという思いは、どの世界のデートにも負けないつもりだった。
相手だって同じである。お互いに独占欲がない分、相手に必要以上のものを求めないことで、ふとしたことに感動を覚え、毎回が初デートのような新鮮さがある。