神の輪廻転生
「別に毎日というわけではないのよ。あなたにだって私に邪魔されない夢を見ている時がある。私にはそれが分かるから、そんな時は邪魔しないようにしているのよ。でも、それはあなたにとって理想の夢なので、理想すぎて、記憶の奥に封印してしまっているのよね。そんな時は夢を見たことすら忘れている。だから、私の夢が毎日連続しているように思っているだけなの」
と里穂が解説してくれた。
「なるほど、それなら納得できるわ。確かに、目が覚めるにしたがって忘れていく夢があるのを感じることがある。だけど、完全に目が覚めると、夢を見たという意識すら消えてしまっているような不思議な感覚になるの」
「でも、それが夢を見るという現象で一番すっきりした記憶なのよ。それだけ夢というもののメカニズムって厄介なものなんじゃないかしら?」
「私は夢をそんなに難しいものだとは思っていないわよ」
とまりえがいうと、
「そうなのよ。さっき、複雑なメカニズムと言ったけど、表に見えている夢の構造って、実に単純なのよ。自分にとって覚えていたい夢を忘れたくないという意識から、いきなり記憶の奥に封印する。こうしておけば忘れることはない。でも、よほどのことがないと思い出すこともない。どっちにするかは、その人が決めることなんだけど、ほとんどの人は、忘れたくない夢を記憶の奥に格納しているんでしょうね」
と里穂は言った。
「私の意見も同じだわ」
とまりえは言ったが、この時初めて気づいたことがあるのも、一つの事実だった。
「私があなたの夢によく出てくるというのは、あなたのことが気になっているからなのかも知れないわね。あなたは、他の世界も合わせた、そしてこの私自身も合わせた中でも、一番かけ離れた性格なので、どうしても気になると言っていいかも知れないわ」
という話だった。
「どういうことなの?」
「あなたは、実に真面目で、好きになった人も一人、そして、きっと結婚すれば、最後までその人を愛し続けるってタイプでしょう?」
と言われた。
「ええ、そうよ」
というと、彼女は怪訝な顔になった。
「だから気になるの。心配していると言ってもいいかも知れないわね」
と里穂は言った。
彼女はまりえのことを、
「真面目」
と言ったではないか。
では、彼女のいう真面目という言葉は、他の世界の人からみれば、心配になるレベルのことなのであろうか?
「真面目というのが心配だというの?」
と聞くと、
「ええ、そうよ。これは他の世界にだから言えることではなくて、この世界においても心配なことであり、特にあなたの真面目さは、この世界でこそ心配になるのよ」
と里穂は言った。
「どうしてなの?」
「だって、他の世界には、あなたのような形の真面目さを持った人はいないのよ。まわりによって成長の過程で改善されるか、あるいは下手をすると抹殺されるかの、深刻なレベルなのよ」
というではないか。
さすがに聞き捨てならないと思い、
「そんなに真面目が悪いことなの?」
と聞いてみると、
「私が真面目という表現をしたのがいけないのかも知れないわね」
と里穂は言ったが、
「何言っているの。真面目って褒め言葉じゃないの?」
というと、
「それが大きな勘違いなのよ・。確かに真面目は悪いわけではない。でも、あなたのように恋人も一人、一人の人を最後まで愛し続けるという考えは、危ないのよ」
「そこが分からない。何が一体?」
というと、
「だって、同じ時期に好きだという人は絶対に一人だということになるわけでしょう?
そうじゃないと、好きだと思っている人に順位をつけることになる。他の人のように一人だと決めつけなければ。優先順位なんかつけることはないのよ。たとえば、今のあなたの話でいくと、結婚してから子供ができるでしょう? そして家族ができたりすると、じゃあ、旦那と子供、子供も複数いれば、子供のどちらか、果たして一人に絞って、順位なんかつけられると思うの? 特にこの世界では、血の繋がりを重視するでしょう? そうなると必然的に旦那よりも子供、もしくは自分の親ってことになってこない? だから、私はそんなこの世界の血の繋がりが怖いのよ。しかもあなたのように、一人を選ぶということを自分のいいところであるなんて思い込んでいると、いざとなると、自分の考えが優先して、本当に家族に順位をつけてしまう。家族でない人に順位を付けた場合だって同じこと。結局は一人になる。そういう意味で、まりえさん、あなたは、一人になるという運命に一番近い性格を持っていると言ってもいいんじゃないかしら? 私はそのことが気になるから、時々こうやって来ているというわけなのよ」
と里穂は言った。
自分にも意地があるから、なかなか納得できる内容の話ではないが、聞いていて腹が立ってきて、自分から聞いておいて、
「もうやめろ」
と言いたくなってしまうくらいだ。
まりえはそんな話、信じられないと思ったが、これを信用しないということは、里穂の存在をも否定するような気がした。それだけはしたくないという思いがあり、渋々納得するしかなかったのだ。
里穂の恋愛感情
最近の里穂は悩んでいた。前述のように、よくまりえのところに現れるのは、確かにまりえが心配だという気持ちがあるのも事実であった。しかし、それだけが理由というわけではない。どちらかというと、裏に潜んでいる気持ちの方が強いのだ。
その気持ちがあるから悩みにもなるのだし、今までの里穂であれば、
「こっちの世界に生まれてきてよかった」
と思っていた。
いや、里穂に限らず、里穂の世界に住んでいる人間は、そのほとんどが同じ気持ちでいたに違いない。
何しろ他の世界にはない万能性を持っていて、千里眼のごとく、他の世界のもう一人の自分を見ることができるからだ。
だが、それが却って疑心暗鬼に繋がる。それが里穂の世界で新興宗教が流行っている現認でもあるのだが、里穂にはそれが嫌だったのだ。
自分では、
「思った通りに生きることができるのは、この世界だけ」
という思いはあるが、だからと言って満足しているというわけではない。
下手な感情を持つことがないので、人に気を遣うことも遣われることもない。つまりは余計なことを考えずに済むわけだ。
里穂の他の世界では、他人を意識しないと生きていけないという。特に気を遣うというのはどこの世界にもあって、それを忖度と呼んだりするようだ。
特に、おばさんと呼ばれる連中の忖度は酷いもので、例えば簡単な例であるが、喫茶店などに寄ってから、最後の会計の時、
「今日は私がお払いしますわ」
と言って、強引に伝票を持ってレジにいくとすると、その後ろからすかさず他のおばさんが、
「いいえ、ここは私が」
などと言って、そこでひと悶着があったりする。
レジでは店員が困っているし、おばさんたちの後ろでは、レジ待ちのお客さんがいたりする。
それでも、このおばさんたちは見て見ぬふりをしているのか、まったく感知していないかのように振る舞っている。あくまでも自分の言い分を通そうと必死なのだ。