神の輪廻転生
「ところで、私は学校で心理学を勉強しているんだけど。そこで一つきになる話があったんだけど。『カプグラ症候群』というものがあるらしいのよ。そこで聞いた話なんだけど。人間というのは、妄想の中でいろいろ考えるんだけど、その中で。自分の近しい人が実は別の世界の人間と入れ替わっているのではないかという発想が頭から離れないという症状なんだって。その話はちょうど今から百年くらい前から言われていることで、結構長い心理学の歴史の中では比較的浅いものでしょう? それを考えると、他の世界が実際に存在していて、そこからこちらに来れるような機械が発明されたことで、そういう人が行き来している可能性もあるんじゃないかって考えるの。そして、その人たちが、悪者であり、どんどん向こうの世界の自分と入れ替わっているという考え方ね。でも、そういう発想はSF小説やマンガなんかでは一般的にいわれていることで、ネタになりやすいのかも知れないわね。だから私も、信じられないとは思いながらも、別の世界の存在、パラレルワールドを完全に否定することができないのよ」
とまりえは言った。
「確かにネタとしては面白いわね。私はそういう悪の結社のような話は聞いたことがないけど、ひょっとすると未来にあり得ることを予知したのかも知れないわね」
と里穂は言った。
「里穂さんはかなりの能力を持っているみたいだけど、時代の過去や未来には関われないと言っていたわね?」
「ええ、だから、私にはそれ以上のことはいえないの。私が言えることは、そのほとんどが確証に裏付けられていることでないといけないのよ」
と、、里穂は言った。
「でも、さっきの『カプグラ症候群』の話ではないけど、その考え方があるから、実際にパラレルワールドという発想が生まれて。結構信じられているのよね。きっと、最初に言い出した人は、異世界の人と出会ったのかも知れないわ」
と、まりえは言った。
「私はそこまでは詳しくはないけど、そこまでの話をしたとしても、簡単に信用できるものではないでしょう? それを考えると、よほど、何か信じられるだけの能力を使ったのかも知れないわね」
と里穂が言った。
「そんなことをしていいの?」
「今は少し制限もゆるくなってきているようなんだけど、今でもそれは禁止かな?」
と里穂がいうので、
「でも、あなたはこうやって私に話しかけているじゃない? これはいいの?」
と訊かれて、
「過去に関わることを未来に対して変えてしまうようなことはダメだけど、こうやって夢の中に私が入り込む分には問題ないのよ。カプグラ症候群を教えて人は、未来に対して過去の事実を捻じ曲げたかのように思える発見をさせることは、本当はいけないと思うんだけどね。だから、その発想は、本当にその人が発想したことであって、他の世界の人に関わりはないんじゃないかしら?」
ということだった。
「歴史に関係なければ問題ないということか。それはどの世界にも共通して言えることなおね?」
「そういうことなのよ。でもね。他の世界だからと言って別にこれと言っておかしなところがあるわけではない。あなたは、鏡を見たことがあるでしょう?」
「ええ、もちろん、でも、鏡って、左右対称に写るじゃないですか? 私も思っていたんだけど、鏡の向こうに別の世界が本当は存在しているんじゃないかって思うのよ。これはもちろん、私以外にもたくさんの人がそう思っているのかも知れないんだけどね」
というと、今までは相手の顔を真正面から正対するかのように見ていた里穂が、考え込んだように下を向いていたかと思うと、今度は顔を挙げて、今までの真剣な顔が急に笑顔になったかと思うと、
「私が言いたいのはそこじゃないの。確かに鏡の向こうには別の世界が広がっているんだけど、今まりえさんは、鏡を左右対称だって言ったわよね? 何かが変だとは思いませんか?」
と里穂に言われて、今度はまりえの方が考え込んでしまった。
「何が言いたいの?」
と聞き返してみたが、その表情は明らかに顔が歪んでいた。
「左右対称というのは、あなたは自分で認めていたわよね? でも、それだけなの? 対称なものって」
という言い方をした。
「ん?」
ますます、ますます、まりえには里穂が何を言いたいのか分からない。
それを見ていた里穂の方も、
「ここまで言っても分からないなら、たぶん、このまま待っても出てきそうにもないわね。要するにね。左右が対称なのに、どうして上下が対称ではないのか? ということを聞きたいのよ。だってそうでしょう? 実際に鏡というものを知らない人に、鏡は左右対称なものなんだよっていえば、相手は単純に、じゃあ、上下は対象じゃないのって聞いてくるでしょう? あなたが鏡を知らない人だったら、きっとそうだと思うわよ」
と里穂は言った。
――ああ、確かにその通りだ。だけど、そんな発想、私だけではなく。皆にだってあるはずないのよねーー
と言いたいのを必死でこらえていた。
それを里穂には分かっているようで。
「こっちの世の中のおかしいと私が思うところはそこなのよ。鏡を見て左右対称だけど、どうして上下が逆さまにならないか? ということに疑問を抱かないのは、実はこの世界だけなのよ。そういう意味では、この疑問を抱かないこの世界は、実に不思議な世界だと言ってもいいのかも知れない」
と里穂は言った。
それを訊いて愕然としているまりえに対して。さらに、
「自分の世界だけ特別ということを聞いてビックリしているようね。でも、もう一つあるんだけど、この世界では、結構な人が、自分だけ特別だと言われたいと思っている人が多いと思うんだけど、実際に言われてみると、嫌な感じがするでしょう? それもこの世界独特なのよ」
というと、それに対してまりえは、
「それは違うは、自分だけ特別であってほしいと思うのは、自分が好きだったり、特別な人だと思う人に対して思っていることで、他の人から、あなたは、他の人と違うなんて言われると、まるで自分だけが仲間外れな人間のように思うからなんじゃないかって思うのよ」
と言った。
「そう、そこなのよ。あなたたちの世界では、自分目線でまわりを見るでしょう? 自分にとって特別な人と、それ以外の人間とを比較して、あたかも自分にとって特別だったり知り合いだったりを大切にする。それは家族に対してもそうだと思うんだけど、その考えって、実は危険なものなのよ。他の世界の人は皆その意識があるから、変ないざこざは怒らない。実は変な宗教団体が蔓延っていて、深刻な社会問題になっているのは、私たちの世界と、この世界だけなのよ。この世界では、基本は個人が中心になって考えるくせに、一人では生きていけないという発想もある。その間隙を縫うように現れるのが新興宗教なるものなのよ」
と里穂は言った。
「でも、上下対称なんて発想、言われてみれば、誰もが思いつきそうなことなんだけど、誰も何も言わない、どうしてなのかしら?」
とまりえがいうと、
「どうしてそう感じるの?」
とさらに里穂が追求してきた。