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悪魔のサナトリウム

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 だが、手が付けられないことには変わりなく、どうしていいのか分からなくなった時、暴れ憑かれたのか、精神が極限状態にまで上り詰めたのか、一瞬身体に電流が走ったかのように、直立不動になったかと思うと、完全に気絶してしまった。
 普通なら、
「大丈夫?」
 と言って、意識を取り戻させようとする母だったが、恐ろしくて、身体を動かすことすらできない様子だった。
 つかさも似たようなものだったが。まだ幾分か冷静で、すぐに救急車と呼んで、K大学の研究室をしていして、運んでもらうことにした。
 研究所に連絡すると、袴田先生が出てきてくれて、
「大至急、搬送してくれたまえ」
 と救急車でやってきた救急救命士に伝えたのだった。
 つかさが乗り込んで病院までやってきたが、半分は放心状態の母親を残していくのも怖いという面もあったので、しょうがないので、親戚の人に連絡を取って、来てもらうことにした。母は姉のことを親戚には隠しておきたかったようだが、もうこうなってしまっては、隠しきれるものではないということを宣告されたも同然である。
 病院に搬送されると、そこでは袴田教授と安藤氏が待っていた。
 さすがに、こんな形で安藤さんと再会することになるとは思ってもいなかったので、一瞬顔を見た時は戸惑いがあったが、今はそれどころではなかった。後から考えて、こんな緊急時でも乙女の気持ちが表に出るというのはどういう感覚なのだろうと、つかさは感じたが、それも無理もないことであったのだ。
 つかさは、中学時代からずっと、自分が、
「夢見る乙女」
 であることは意識していた。
 本来なら小学生の頃からなのだろうが、その頃は皆がそうだっただろうと思うので、
「人と同じでは嫌だ」
 という感覚が何に対してよりも優先する考えだと思っていたので、皆がそうだったと思われる小学生時代を、
「夢見る少女」
 だとは思いたくなかった。
 中学、高校生になってまで、夢見る少女もないものだと思っていたのだが、それは夢見ることを、どちらかというと妄想だと思い、心の底ではあまりいいことだと思っていない証拠であろう。
 それを思うと、つかさは余計に、自分が夢見る少女だったと思うのだ。
 それは、今までの後悔のその理由を、いつも探しているからではないだろうか。その理由を居つけられなかった時は、夢見る少女だからという理由で、勝手に自分を納得させようと思っているからに違いない。
 その思いがどこまで自分の中での納得のいく思いなのかは分からないが。夢見ることで、本当は自分をよく理解できているとも思っている。
 だが、逆に理解できすぎるというのも怖いものがあって、その怖さがどこに繋がるかという思いを、姉が証明してくれるのではないかという思いから、つかさは姉をできるだけ面倒みようと思っていたのだった。
 実際に学校を卒業したで、就職先もなく、本当に社会人と言えるのかどうかを模索している自分にどこまでできるか分からないが、逆に会社勤めをしていない分、姉の面倒を見る時間ができたというのは、よかったのではないかという複雑な思いが、自分の心にジレンマとしての景を落としているのではないかと感じるのだった。
 姉は結局再入院となるようだ。
 期間は正直分からないと言っている。そのあたりの相談は母と直接するということだったので、その時にはつかさも立ち会うつもりでいた。
 姉がどれくらいの期間入院することになるかというのは、今のつかさにとっても切実なもので、とりあえず、母が精神的に落ち着くまでは自分が姉についていようと思っていた。
 そんな時、
「つかささん、少しお話があります」
 と言って。袴田先生に呼ばれた。
@はい、何でしょう?」
 と、医局ではなく、袴田先生の研究室に呼ばれた。
 ここの教授は、医局とは別に自分の研究室を独自に持っている。
――そういえば、この病院はインターンなどの他の病院から先生を派遣してもらうなどということはしていないようだ――
 というのは、前に誰かに聞いたような気がしたが、それが誰だったのか、正直思い出せないでいた。
「お姉さんの件ですが、いろいろ調査をしてみると、どうやら、記憶喪失になってからのお姉さんの感情として、最初よりも今の方が、感情が深い気がするんです」
 と言われた。
「どういうことですか?」
 と聞き返すと、
「お姉さんは、記憶を失っていることを、心の中で意識しています。そして、その記憶をなるべくなら取り戻した宇内という思いが働いているんですね」
「どうしてですか?」
「理由は分かりませんが、そういう意識を持っているうちは、思い出すことは難しいでしょうね。お姉さんがもう少し自然体で自分の意識を持つことができると、我々としても打つ手はあると思うんです。何か付け込む隙があるとでもいいましょうか。お姉さんの天岩戸をこじ開けるという感じですね」
 と、袴田教授はうまいことをいうのだった。
「天岩戸をこじ開けるという言い方は少々乱暴に聞こえるんですが、そういう乱暴なやり方でないと姉の記憶は戻らないということでしょうか?」
 というつかさに対して、
「記憶喪失というのは、いくつかの原因があります。実際に事故やトラウマという心的外傷、つまり、何かのショックを受けることで、それを衝撃として受け取り、長い間そのことに捉われることです。そのためにストレス障害になる人もいて心的外傷後ストレス障害というものになる人がいます。それが一番の原因だと思いますが、その原因として、表に見えるもの、例えば苛めや、迫害などがありますが、それ以外で、他の人なら感じないと思うようなことでもその人にとってはストレスを感じるということがあります。たとえな、親友がいたとして、その人と偶然好きになった人が一緒だとしますよね。でも、友達に配慮してか、自分も同じ人を好きだとはいえない。親友と好きな人との板挟みで、どっちを選んでも自分の中で悔いが残る。それをどのように選ぶかによって、ショックの度合いも違ってくるのでしょうが、表面上は一番いい選択、つまり、体裁を繕ったことで、結局は自分を傷つけることになった。性格的に自虐を受け入れて、それを時間が経てば笑い話にできる人であれば、まだ救いがありますが、そうでなければ、普通であれば、その選択がトラウマになることでしょう。しかも、その選択をしたのは自分、自己嫌悪もかなりのものですよね。そこから引き起こされるのは鬱病、そうなってしまうと、自分で自分を抑え込もうとする意識が強くなり、記憶を封印してしまうという副作用をもたらすことになるでしょうね。だから、そういう場合は、まず本人の意識を好転させることが一番で、固く閉ざされた扉の鍵を開けさせるくらいのところまで持ってこないと、強引にやっても無駄です。我々はその扉がどこにあるかすら見つけることができないでしょうね。少しずつ心を開かせて、そして彼女が少し扉を開けて表を見ようとしたところを、一気に怪力の猛者である天手力男神のような男が岩戸をこじ開けるというわけです。まさに天岩戸のようなものですよね」
 と言って教授は笑った。
「なるほど」
作品名:悪魔のサナトリウム 作家名:森本晃次