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悪魔のサナトリウム

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 吊り橋の上は、どうしようもないくらいに揺れている。
 しかし、不思議なことに、一人の時は怖くて進めなかったが姉と一緒にいると、なぜか進んるような気がするのだ。足の震えは変わらないし、姉が動くと自分のバランスを取りづらいのは一人でいるよりもよほどバランスが取れずに怖かったのだ。
 それなのに、
「今なら進める」
 と思うのだ。
 それは、自分が落ちそうになった時、姉が何とかして助けてくれる気がしたからだ。
「ひょっとすると私の危機だと思って、自分が飛び降りてくれるかも知れない」
 というくらいに思った。
 しかし、実際は、
「姉に飛び下ろさせるくらいなら、自分から飛び込む」
 という思いがあった。
 姉が飛び降りてしまうと、自分が何のために姉を散歩に連れてきたのか分からないからだ。むしと、姉の代わりに自分が飛び降りると、この恐ろしい夢から覚めることができるのではないかという、まったく根拠のない思いを抱くからだ。
 ただ、頭の中に抱いた結論として、最終的な妄想は、
「二人とも同時に飛び降りて、奈落の底につく前に、目が覚めるのではないか」
 という思いであった。
 そして、気が付けば、目的地であった、断崖絶壁の崖の上に立っている。下を覗きこんでいる姉の姿を見るのだが、その姿を後ろから見ていると、何と自分が姉の背中を押して、せっかく助かった奈落の底に、姉だけを叩き落そうとしているのだ。
 姉の、叫びごうぇが奈落の底に消えていき、自分が奈落の底を覗き込むと、すでに姉の姿は消えていた。遠くから、水に何かが落ちる音がした。それが姉だったのだろう。
 だが、そう思うとまたしても夢ならではの光景を感じた。下を覗きこんでいる自分の背中を押す誰かがいた。
「お姉ちゃん」
 と叫んだ瞬間、今度は自分が声の糸を引くように、奈落の底に落ちていく。
 落下していく感覚が分かる。加速度をつけて落ちて行っているはずなのに、ある程度までくると、まるで宙に浮いている感覚があった。その時に感じたのは、
「助かった」
 という思いではない、
「ああ、死んでしまったんだ」
 という感覚である。
 人間、自殺をする時、高いビルから飛び降りたりすると、その途中で心臓が止まるという、落下の加速度に耐えることができないのだろう。
 その感覚があるからか、落下してしまうと、その途中で宙に浮くものだと、頭の中でシチュエーションができていたような気がする。
「私は、自殺をするとすれば、飛び降り自殺しか考えたことはなかったのかしら?」
 という思いであった。
 姉が暴漢に襲われ、不慮の事故に遭い、そのせいで記憶を失い、いつどんな発作的な行動にでるか分からないという先生の話であった。
 K大学病院の神経科というと、その優秀さには、全国でも定評があった。それだけに診療を求めて、全国から人が集まってくる。毎日、待合室には他の病院からの紹介状を持った付添人と患者で溢れている。姉が数日ではあったが、救急搬送の状態のまま、療養していたのは、今から思い返しても、ひどい感覚だった。
 普通の病院とは少し違って、板もを感じさせる雰囲気は、薬品の臭いが余計に強かったからなのかも知れない。アンモニアやシンナーなどの鼻が痛くなるような痛烈な臭いは、耐えられるものではなかった。
 さらに、汚物の臭いまでしてくる。それだけ、自分の神経が身体を制御できなくなっている人が多いようだ。
 人間誰でも年を取ると、痴呆症になったりするもので、その分どうしていいのかと誰もが考えているのではないかと思っていたが、実際にはそんなことを考えないようにしているのかも知れない。
 考えるとすれば、夢を見ている時であろうか。せっかく夢の中で見ているのだから、目が覚めれば忘れていてほしいと思うことであっても、決して忘れることができないというのはどういうことであろう。
「夢なんて、天邪鬼な自分の性格を、表しているようだわ」
 と感じさせるだけのものでしかないのかも知れない。
 潜在意識が見せるものだという理屈が、そこだけは妙に納得させるのだった。
 イヌの散歩のつもりで、姉を散歩に連れ出すこと自体、つかさは、何様のつもりなのだろうと自分で思うのだった。

                   再入院

 姉の容態がおかしくなることは、想像してはいたが、退院から二週間ほどした日のことだった。それが長いのか短いのかという判断はできないが、つかさとすれば、あっという間のことだったように思えてならなかった。
 その日の姉は、妹のつかさが見ている分には、朝から頭が痛そうにしていた。頭を抱えているように見えたからだ。
 それは母親もウスウス気付いていたのだろう。つかさは、最初に一度だけ、
「大丈夫?」
 と聞いたが、それ以上、気遣う言葉を敢えて掛けなかった。
 痛いであったり、苦しいと思う時、自分であれば、なるべく痛みに触れられたくないという思いからか、痛みを表に出さないようにしていた。
 特に足が攣った時などそうで、下手に気にされたりすると、余計に痛みが増してくるような気がするから、悟られないようにしている。
 苦しみながら、
――どうして私はこんな余計なことを考えなければいけないのか?
 という虚しさと、無意味さを感じさせられる。その思いを姉は今感じているのではないだろうか。
 そんな時が、先生のいう、
「危険な時期」
 だったのであろう。
 姉のそんな状態の中で、母は娘のことを分かっているのかいないのか、やたらと、
「大丈夫?」
 と聞くのだ。
 そのたびに、つかさは姉の顔を振り返る。最初の頃は表情にそれほど変化は見られなかったが、徐々に顔色が土色に変わってくる。
 それはまるで特撮映画で、人が別人に変わるあの瞬間を見ているようだった。
 自分が勝手に特撮のシーンから、姉が暴発する時にはどういう表情になるのではないかと想像したのか、それとも単純に、人の暴発は、映画のシーンがそのままだという結び付けを無意識にしていたからなのか、とにかく、
「危ない」
 と感じたのは間違いなかった。
「お姉さん、もう一度、散歩に行かない?」
 と誘いかけたが、もはや姉の耳に妹の声は入ってこないようだった。
 妹の顔を振り返ることなどまったくせずに、姉は一人顔色を変化させていた。それはまるで、沸騰してしまった真っ赤な顔を相手に悟られないようにするために、わざとモノクローム映像にしているかのようで、違和感があった。
――これは、もうダメだ――
 と思うと、姉は、暴れ始めた。
 そのあたりにあるものを投げまくるのだ。手が付けられない様子に、母は動くことができない。つかさも自分の身体が動かないことを自覚していたが、思ってよりも、冷静に見ているようだった。
――お姉さんは暴れてはいるけど、それなりにちゃんと危険のないように暴れているようだ。決してガラスに向かって何かを投げるようなことはぜに、無意識なのか、意識してなのか、危険のないように行動しているのである。
作品名:悪魔のサナトリウム 作家名:森本晃次