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悪魔のサナトリウム

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 研究所での袴田教授であるが、あまりとっつき安い人ではない。助手になったからと言って、何かを言いつけるわけでもなければ、試している様子もない。ただ一緒にいるだけということに、もし他の人であれば、すぐに逃げ出すだろう。
――なるほど、ここに配属になった人は、すぐに辞めるというが、これなら納得だ^^
 と思った。
 しかし、安藤は自分から望んでここに来たのである。そして、希望を、
「催眠療法や、記憶喪失などの人を治療できる人の下がいい」
 ということであった。
 そうなると、袴田教授がいいということになり、配属はすぐに決まったようだ。だが、この様子だと、配属を言われた時、袴田教授は断ったのかも知れないと感じたほどだ。
 袴田教授は、今数人の患者を持っている。隣のサナトリウムにいる患者の中で、記憶喪失であったり、自己喪失を起こしている人などの治療に当たっているのだが、記憶喪失に関しては、結構な確率で取り戻しているということもあるが、そのウワサは世間には一切流れていない。
 この研究所の教授は表に出ることもなく。病院側もなるべく隠そうとしていた。
 それは、別に理由ありの人を隠そうとしているわけではなく、一つの結果が出て、マスコミ発表できるようになるまでは、オフレコだったのだ。
 それは完全に病院としてのセキュリティの問題であり、一般の企業が開発研究者を隔離して、開発が終わるまで一切外部との接触を断っているようなものである。
 ここの人間は、研究冴えできればそれでいいという連中ばかりなので、世間との隔絶は却ってありがたかった。自分の研究をそれだけ企業が大切に考えているということでもあるので、お互いの利害が一致しているということでもあった。
 一つの大きな研究がなされて、それが発表されて脚光を浴びると、本棟に戻って、表との隔絶を取り除く人もいるが、ほとんどは、またこの研究室に戻ってきて、前と変わりなく研究に没頭する人だったのだ。

                サナトリウムでの姉

 この研究所の存在は、病院内部では知られているが、他の人はほとんど知らないはずであった。
 もちろん、記憶喪失や自己喪失になって、精神を病んでしまった人がある意味隔離されている場所としてここが用意されているわけだから、家族は知ることになるだろう。したがって、記憶喪失になってしまった姉を見舞う妹が知っているのは当然のことであり、
「最近は家族の誰も見舞いに来なくなったのはどうしてなのかしら?」
 と感じているつかさは、ここのことを、
「少し異様な雰囲気のところだ」
 とは思っているが、嫌いではないとも思っていた。
 姉の弥生が記憶を失ってしまったのは、今から一年前のことだった。会社からの帰り道、暗い夜道があるのだが、人通りも少ないことで、急に後ろから自転車で走ってきた男に後頭部を殴られた。防犯カメラにも映っていたが、フードにマスクと、まったく誰か分からない様子だったので、犯人の特定には至らなかった。
 姉がそのまま救急車で運ばれ、一命はとりとめたが、数日間、意識が戻らなかった。目が覚めたのは、事件から五日目くらいのことだっただろうか。ふいに朝、付き添っていた母が、途中で眠ってしまったのか、ふと気が付いて目を開けると、そこには身体を起こした姉が、母尾を見下ろすようにして、無表情で呆然としていたという。
 母親はそんな状態を変だと思うこともなく、ただ目を覚ましたことを素直に喜んでいた。まるで盆と正月が一緒に来たというのはこのことのようだったという。
 急いで医者が呼ばれて、診察を受けたが、表で三十分ほど待たされたが、医者は目を覚ましたというのに、浮かぬ顔をしていた。そこで初めて不安に感じた母が、
「どうでしたか?」
 と、恐る恐る医者に聞くと、
「お嬢さんは、どうやら記憶を失っているようですね。それに少し言動も変なところがあります。一度精密検査をしてみた方がいいかも知れませんね」
 ということだった。
 精密検査は三日ほど続き、その結果が出るまでにさらに二週間くらいかかった。
 先生に呼ばれた母とつかさは、そこで衝撃的な言葉を耳にすることになるのだが、
「お嬢さんは、殴られた時に少し頭が陥没しているようで、命には別条がありませんが、少し精神的に疾患が出てくる可能性があります。記憶喪失はその一つなんですがね」
 という話だった。
 あまりにも漠然とした話なので、つかさにはどう答えていいのか分からなかったが、
「じゃあ、私たちはどう解釈すればいいんですか?」
 と言われて。
「今後はどんな症状が出るかも分かりませんし、正直その時、どのように対処していいのかも今の段階では何とも言えません。つまりは症状が起こってみないと何とも言えないということです。しかも症状に事例がなければ、さらにどうしていいのか分からなくなります。言えることはそこまでですね」
 と医者が言うと、
「じゃあ、退院はどうなるんですか?」
 と言われて、
「怪我が治れば普通に退院してもいいと思います。何といっても、先が見えないので、ずっと入院しているというわけにもいかないでしょう。退院して家で記憶が戻るのを待つということでしょうか。ただ、定期的な通院は必要だと思います。経過観察という意味ですけどね」
 と医者は言ったが、聞いている母もつかさも、
――何て冷酷な言い方なんだ――
 と感じていた。
 記憶が戻らない。そして、これから何が起こるか分からないという不安しかない相手にこの言い方は、冷酷としか言いようがない。だが、少し冷静になって考えれば、ここで何を言っても気休めにもならないのだ。それであれな、下手に余計なことはいわない方がいいに決まっている。
 そんなことは分かっているつもりであったが、誰に文句を言えばいいのか、その相手が見つからない以上。目の前にいる先生をターゲットにするしかないではないか。そう思っていたが、母は、文句を言いたいが言えないというギリギリのラインで我慢しているように思えてならなかったのだ。
 そんな母を見ていると、つかさも痛々しかった。少なくとも前に回り込んで母の顔を見たいとは思わない。後ろからついていくだけで、転びそうになったら、支えてあげるくらいしかできないと思うと、今度は、
「自分がしっかりしないといけない」
 と感じ、母には悪いが、冷酷な態度を取るかも知れないとも思った。
 くじけそうになっている人を励ます時、結構きつめの言い方をする場合がドラマなのではあるが、
「あれはドラマだからだおね」
 と思っていたが、自分が同じような立場に立つと初めて、
「この心境が、あのドラマのあの場面だったんだ」
 と感じるようになっていた。
 そんな姉は最初の頃は何に対しても無関心で、無表情だった。それを見ると、普通であれば、そんな姉を恐ろしく思うのだろうが、つかさは逆だった。
「ホッとしている」
 という心境だったと言ってもいいだろう、
 医者から、
「これから精神的な微妙な変化で、どんな行動をとるか分からない」
 と言われていたのだから、その思いはひとしおだった
 しかし、考えてみればこれほど情けないこともない。
作品名:悪魔のサナトリウム 作家名:森本晃次