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悪魔のサナトリウム

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 ということが分かっていないのに、別のことで記憶がないのである。
 つまり、
「記憶のない部分は、この都合の悪い理由に原因が隠されているのではないかと、記憶を失った理由の検討がつくというものだが、都合の悪いことも一緒に忘れてしまっていれば、思い出すきっかけもないことになる」
 という考えである。
 教授とすれば、記憶喪失を戻すきっかけとしてはそういう本人の中でどこか理由も分からずに疑問の思っていることがないかどうかを引き出すことに、記憶を呼び起こすカギがあるのではないかと思っていた。
 そのことをまだ安藤は分かっていない。だから、教授に記憶喪失に関しての研究を任せることはできないと思われているのであろう。
 ただ、この考え方は教授独自のものであって、他の人はまた違った研究をしているかも知れない。
 記憶を取り戻すきっかけというのは一つではない。基本的には記憶を失うために陥った地盤沈下のようなものをいかにして見つけるかということが記憶喪失を解決するカギである。
 ただ、記憶喪失になっている人の記憶を取り戻させることが、本当に本人のためなのか、あるいは、家族やまわりのためなのか、それがハッキリしていない以上は、下手に動くことはできない。何しろ、
「思い出したくないから。記憶喪失になったわけで、そういうトラウマを刺激することによって、本人に、思い出さなければよかったと思わせることだって、十分に感じられることではないだろうか?」
 と考えられるのだ。
 教授のように、都合の悪いことと、ショックな記憶との意識のギャップがあるのであれば、それを見つけることで、幾分かの思い出していいものかどうかという意識は繋がるというものである。
 弥生の場合の記憶喪失にも、二段階はありそうだった。ショックなことがあるのは分かっているが、もう一つは都合の悪いことのように、記憶として残っていることであればいいのだが、今のところそこまで分かっているわけではなかった。
 そういう意味で、まだ催眠療法に踏み込むにはリスクが高すぎる。催眠療法は、差別なく相手の心に切り込むことなので、こちらの催眠が中途半端になってしまうと、相手に考える余地を与えてしまい、せっかく浮いている部分が意識的に相手に分からないようにしようという本人の意識が働いてしまうと、せっかく見えていたものまで見えなくなってしまうのではないだろうか。
 それを感じると。催眠い対して。本人がどの意識を持つかが問題になってくる。
 これは本人にしか分からないことであろうが、催眠術を掛けている時、相手は催眠術にかかっているという意識があるのではないかと思うのだ。
 その意識がどこで形成されるのかというと、
「消えてしまった記憶を格納している部分」
 があるではないか。
 もっとも見落としがちなまだほとんど何も入っていない状態の場所。そこを使うことで、最近術にかかっている人には催眠術にかかっていることを意識させるのかも知れない。
 しかし、人によっては、どんなに記憶をうしなったとしても、記憶領域を自由自在に伸縮できるという人がいれば、情報量は少なくとも、受け入れる器が最初から小さくなっているのであれば、
「私は催眠術にかかっている」
 などという発想はなく、夢にも思わないことだろう。
 それだけ催眠療法というのは、相手にうまく悟られてしまうと、却って欺かれることがある、最近術に掛けているつもりで、トラップに引っかかっているとすれば、それはそれで厄介なことではないだろうか。
 教授の考え方に、まだ少し追いつけていない安藤だったが、安藤にも記憶喪失に対して、何らかの意識があった。
 それは、記憶を失うという経験を他人ごとだとは思えないことだった。
 だが、その思いがあるからと言って、本当に記憶を失っている人の気持ちが分かるかというとそうではない。どちらかというと、
「分かるであろう気持ちを放棄したかのような感覚だ」
 というものであった。
 最近の安藤は、
「死んだ人というのは、肉体は滅んでも魂は消えないというが、じゃあ、記憶はどうなるのだろうか?」
 という、おかしな妄想に捉われるようになっていた。
 そもそも、死んだ人が魂だけが残るという考えも、宗教的な発想として、別に科学的な根拠も何もあるわけではない。それも分かっているのだが、敢えて、魂は残るものだということを証明したいという発想を逆手に取り、記憶が残るという概念から、魂の存在を証明しようと考えた。
 つまり、輪廻転生の考え方から、前世の記憶を持ったまま、人間が生まれ変わるという感覚でいることだった。
 ここまで来ると、科学的な発想がついていくわけではないが、これが証明されると、そこからは、科学的に証明されるわけではなく、科学によって裏付けられるということになる。科学というのは証明するために存在するわけではなく、裏付けのためにも存在しているのだという分かり切っていることを、再度考え直すにはいい機会ではないかと思うのだった。
 安藤がそんなことを考えているのを、教授は少し恐ろしい考えだと思ったのか、安藤に催眠療法や記憶喪失の研究に携わらせない理由がそこにあるようだった。
 確かに安藤の考えていることは、袴田教授の考えていることに似ている。だが、その考えを踏襲してしまうには、今の安藤では、心細い気がする。これだけの発想を研究しようと思うと、どれだけの研究経験と、さらに情報とが必要であるかということを、袴田教授は分かっているのだ。
 要するに、
「安藤君にはまだ早い」
 という発想である。
 安藤にとって、とりあえず、今は袴田教授の下で研究の経験と、知識を得ることが必要だった。そういう意味で、今回近くで殺害された人があったというのを訊いた時、無表情を装っていたが、袴田教授と安藤助手とで、それぞれの思惑の元、心の中で驚いていたことは間違いない。
 安藤氏は、死体が見つかったということで、今まで抑えられていた自分の発想が表に出るきっかけになるかも知れないと思った。
「死体が見つかったというのは、偶然ではなく、神様が自分に、魂と記憶の関係を研究させようと考えているのかも知れない」
 という、ワクワクした意味での衝撃を与えたと言ってもいいだろう。
 だが、袴田教授の方とすれば、
「安藤君を今まで自分で抑えつけていたため、その感情を抑えきれなくなった彼が、自らに手を下したのかも知れない」
 と思ったのだ。
 安藤氏はあくまでも自分自身だけのことで精いっぱいだったが、教授は、恐れていたことが起こってしまったという意識が感じられたのだ。
 その二人のそれぞれ違った驚きを必死に隠そうとしている様子を、刑事は刑事としての勘として、
「あの二人、何かを隠しているんじゃないだろうか?」
 と感じていたようだ。
 しかし、その思いはあくまでも勝手な発想であり、二人が一つのことを隠そうとして、その立場の違いから、
「違ったアクションになっているのではないか?」
 と思っていたのであった。
 安藤氏と袴田教授、そして捜査にやってきた刑事と、三人が三人、お互いにけん制し合っているかのように見えて、他人が見ると、
「どこか、三すくみのように見える」
作品名:悪魔のサナトリウム 作家名:森本晃次