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悪魔のサナトリウム

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 怖い夢ばかりしか見ないが、怖くない夢を見たことを覚えて居られる方がいいのか、それとも、怖い夢以外を見ているのに、本当に覚えられないということなのかのどちらかであろうが、、後者は、今までの自分と変わっていないということと同じなので、それは嫌だという思いが強かったのだ。
 安藤は袴田教授と一緒にいることで、確かに自分が変わったとは思うのだが、変わった部分を分かってきたのは最近になってからのことだった。それが、誰かの影響ではないかと思うようになって、ちょうどその頃に誰と知り合ったのかと考えると、頭に浮かんでくるのは。つかさだったのだ。
――あああの娘か――
 と思うのだが、実際にはそこまで印象としては深いものではなかったのだ。
 安藤には、少し危惧があった。それは、この場所に一人の刑事が訪ねてきたことだった。その理由が、殺人事件があったということではないか、雑木林のあたりだというが、あのあたりは人の入り込むところではない。そもそも、ここに来る予定のない人はあのあたりにいるはずはない。しかも他の教授は、皆夜を徹しての研究を続けていて、表に出る暇などなかっただろう。
 ここの教授陣の中に犯人がいるとすれば、消去法で考えると袴田教授しかいないと思えた。だが、安藤の危惧はそういうものではなかった。教授が手を下す必要はないという考えである。
 教授が研究しているのは、催眠療法ではないか。今までこの研究室に来てから催眠療法に関わったことはなかった。そこまで研究が進んでいないということなのだが、あくまでも療法を考えるのは、その治癒しなければいけない症状の正体を知ってからでないといけないというのは、神経科に限らず一般の病気でも同じである。
 相手を知らずして、自分本位の研究など、愚の骨頂である。
 教授は記憶喪失や鬱病というものの正体をしっかり分かっていなければ、催眠療法についても、うまくいかないのではないかと思っていた。そもそも、記憶喪失や鬱病というものの解明の方が困難なのではないかと思われる。それでも、教授は解明にこだわりを持っている。どうしてどこまでこだわるのか聞いてみたことがあったが、ハッキリとした理由を説明してくれたことはなかった。
 特に記憶喪失というのは、つかさに話をしていたように、突入する場合にもその行き着く種類にもいくつかの種類がある、だが、それぞれがうまく結びついた時、記憶喪失は成立するのではないかと思うのだった。
 それだけに、それを逆にするというのは、記憶喪失を形成するよりももっと難しいことだろう。記憶喪失には、基本的になりたいと思って陥る人はほとんどいないだろう。それなのに、入り込むのであるから、解き放つ方がかなり難しいというのは分かっていることのような気がする。
 実は安藤も自分が軽度の記憶喪失に陥ったことがあった。軽度だったが、ちょうど袴田教授が診てくれたことですぐに記憶を取り戻すことができた。それが印象に深かったので、安藤が助手になったのは、その時の印象が深かったからだ。
 その時の自分の症状が軽度だったことを後になって聞いたので、治った時には、教授がまるで神様のように感じられた。
 だが、ここに来てから重度な記憶喪失の患者も、何人か記憶を取り戻すことができたので、
「やっぱり袴田教授は偉大な人なんだ」
 と感じるようになった。
 それでも、
「記憶喪失というものは奥が深い。全貌の解明は難しいだろう」
 と言っていたが、安藤には、
「教授なら、なんとかなるに違いない」
 と、信じて疑わなかった。
 その時、結局刑事は大したことは訊かずに帰って行った。
 その後の教授の様子を注意深く見ていたが、別に気にしている様子などない。先ほど教授に対して余計なことを考えてしまった自分をあの時に戻ってぶん殴ってやりたいという気持ちになった。
 教授のイメージにほとんど変わりがないのを感じると、今度は安藤の頭の中に浮かんできたのは、弥生だった、他にも袴田教授が抱えている記憶喪失や鬱病の患者はたくさんいるが、記憶喪失から、鬱病を発想しそうな危険な状態を思わせるのは弥生だけだったのだ。
 弥生は、見た目はいつも穏やかだった。だが、教授も言っていたが、何かのきっかけで急に何かに切れたかのようになってしまう可能性を一番持っているような気がして仕方がないのだった。
 もっと正直にいうと、弥生のお見舞いに来ている妹のつかさの方が気になると言った方がいいかも知れない。
 最初は女の子として石いしていたのだが、女の子として意識しているうちに、姉との共通点を気にするようになっていることに気が付いた。
 比較しているうちに、
「違いがどこなんだ?」
 と感じるほど、共通点ばかりしか見えてこない気がして仕方がなかった。そう思うと、や胃が記憶を取り戻すよりも、つかさも何かのきっかけで記憶を喪失するか、鬱病に姉よりも先に突入するかのどちらかではないかと思うのだった。
 そう思っていると、
「弥生とつかさを実際に並べて比較してみたい」
 という衝動に駆られるのであった。

               コーヒーへの思い

 刑事はそのまま、ほとんど情報らしいものを得られることはなく帰って行った。袴田教授も別に意識することなく、普通に研究を続けている。変に意識しているのは、安藤だけだった。
 教授がまったく気にしていないにも関わらず、助手の安藤がどうしてそこまで気にするのか、分からなかったが、安藤はどうしても弥生とつかさの姉妹が気になって仕方がないのだ。
「あの二人には何か懐かしい思いがある」
 と思うと、安藤は急に頭痛に見舞われるのを感じた。
 どうしてなのか、過去のことを思い出そうとすると、急に頭痛がしてくるのである。
 それを教授にいうと、
「疲れているんだよ。君は私の研究でも記憶喪失に関しては関わらない方がいい、鬱病関係の方を君に任せたいくらいなんだ」
 と言われたことがあった。
 安藤は、
「教授は僕のことを思って、そう言ってくれているんだ」
 ということを信じて疑わなかった。
 一度、
「どうして、僕はこんなによく頭痛を起こすんでしょうね。一度脳の検査をしてもらった方がいいんでしょうか?」
 と聞くと、
「そうだね、君がそれで納得するのであれば、してもらえばいいと思うよ」
 と、突き放すような言い方をされて、さらに何とも言えない寂しそうな表情をされてしまっては、何も言えなくなってしまう自分がいるのに気が付いた。
「教授がそこまでいうのでは」
 と思うと、気にすること自体が悪いことのように思うのだった。
 安藤は鬱病に関して、結構勉強していた。勉強しながら、自分独自の考え方を持つようになったのだが、それは記憶に関しては思い出せないことが多いが、鬱状態に陥った自分を思い出すことができるからだった。
 ただ、それは鬱状態だけではなく、躁状態も伴う、
「躁鬱症」
 というものであることを自覚していた。
 鬱が先なのか躁状態が先なのかは、
「ニワトリが先かタマゴが先か」
 という理論と同じで、深く考えてもそこは結論が出ないのは分かっていた。
作品名:悪魔のサナトリウム 作家名:森本晃次