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ポイントとタイミング

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 だから、営業の仕事でも最初は苦労していた。だが、紗耶香と話をするようになってから、元来の物知りで研究熱心な性格が功を奏してなのか、営業成績も上がってきた。晴彦は紗耶香を恩人のように感じ、紗耶香の方では、自分のおかげで彼が才能を発揮できたことで、自分には、
「内助の功」
 があるのではないかと思うようになっていた。
 そんな意識の中で、二人は付き合い始めた。
「僕と付き合ってください」
 と、それまでの引っ込み思案な彼が自分から口にしたのだから、彼に好意を持っていた紗耶香が断る理由などどこにもなかった。
 二人の交際は会社でも公然の秘密のようになり、社内恋愛に関してはそこまで厳しくない会社だということも幸いしてか。二人の交際は順調だった。
 だが、なかなか結婚にまで至ることがなかったのがなぜだったのか、それは誰にも分からない状態である。
 実際に結婚したのは、交際から五年後で、紗耶香も彼も二十七歳になっていた。
 それでも、結婚できるという思いはあったので、焦りはしなかった。結婚できた時は嬉しくて。プロポーズされたその日は眠れないくらいだった。
 結婚までの夢のような毎日は過ぎていき、結婚を機会に専業主婦になるということも宣言していたので、結婚前の適当な時期に退職した。
 結婚式はそれほど豪華なものではなく、ある意味質素だったかも知れないが、二人にはそんなことは関係なかった。新居としてのマンションも借りて、新婚生活をスタートさせたのがこのマンションだったのだ。
 ただ、このマンションは、結構転勤族の人が多いようで、人の入れ替わりも激しく、自分たちもいつ引っ越すか分からないということは分かっていた。
 結婚から三年目に子供ができた。その子はまだ幼児で、今が一番目を離せない時期に来ていることも自覚していた。正直にいえば、ちょうどその頃が育児疲れが一番抱えている悩みの中で大きなもので、どちらかというと呑気な性格であった紗耶香にとっても、大きくのしかかってきた状態だった。
「身体を壊さないだけまだマシかも?」
 と感じていたのだった。
 紗耶香は性悪的に、順風満帆である時ほど、不安を感じることはなかった。もちろん、順風満帆でない時も十分不安を感じているのだが、その不安はどこから来る不安なのかが分かっている。しかし、順風満帆な時の不安というのは、理由が分からないだけに厄介なのだ。つまりは紗耶香という女性は、どんな時でも不安というものの呪縛から、逃れることはできないということである。
 さらに順風満帆な時というのは、まわりからは呑気に見られるらしく、
「悩みがなさそうで、羨ましいわ」
 という、まわりからの言葉に、
「悩みがないところが悩みなのよ」
 と、本人は苦笑いしながら本心を言っているのに、それを皮肉と捉えるまわりは、彼女を遠ざけていく。
 まわりとすれば、
「何を言っているのよ、まるで上から目線だわ」
 と思うだろうし、紗耶香からすれば、
「人の気も知らないで」
 といいたいだろう。
 しかも、そのどちらの言い分も無理もないことだけに、どちらかがが悪いというわけではないので、どうしようもない。こうなってしまうと平行線をたどってしまい、紗耶香のまわりには次第に誰もいなくなってしまう。マンションなどの集団生活では、それが村八分に繋がってしまい、下手をすると、あることないことをウワサされ、誹謗中傷を浴びてしまうことになるだろう。
 そんな時に味方は誰もおれず、四面楚歌の状態に陥ってしまう。そんな状態の時に人の心に入り込んでくるのが、この赤石という女だった。
 このあたり、赤石は十分に心得ていた。すでに近所づきあいもうまくいっていない紗耶香に対して、声を掛けたとしても、その声が通じるどころか、鬱陶しがられるだろう。しかも、赤石は他の奥さん連中とは違った言い方をするので、余計に神経を逆なでするのだ。
 しかし、他の奥さんなら、そんな態度を取られると、普通なら二度と声をかけてこないだろうが、赤石は二度、三度と声をかけてくる。
 さすがに一度目、邪険にしたことを後悔していた紗耶香は、二度目に声を掛けられた時に、
「あれ?」
 と思うだろう。
 そして、三度目に声を掛けられた時は、
「私と本当に話をしたいと思ってくれているんだ」
 と思い、完全に心を開くことになる。
 紗耶香とすれば、
「救いの神というのは、本当にいるんだ」
 と感じることであろう。
 そうなってしまうと、後は赤石の思いのままである。まわりは敵だらけだと思っていたが、赤石一人が現れただけで、十人力くらいの力を得た気分であり、水を得た魚のように、それまで動いていなかった思考回路が動き出すことになる。
 ただし、今度の思考回路は、それまでとは違っている。あくまでも赤石の思うがままに動く思考回路だった。
 最初の頃は、赤石も紗耶香に対して気を遣ってくれたり、対等であることを紗耶香自身が自覚できるように付き合っていたが、そのうちに、お願いベースのことが多くなってくる。
「ごめんなさに。今度必要なお金があるの。すぐに返せると思うので、工面していただけないかしら?」
 と言って、一度お金を借りる。
 そのお金は翌月にキチンと返済されるので、紗耶香とすれば、
「この人にお金を貸しても、キチンと返ってくる。金銭的には信用できる人なんだ」
 ということで、安心もできていた。
 さらに、赤石は、紗耶香をよく高級レストランのディナーに誘ってくれた。そして、
「あなたはキレイなんだから。もっと自分を綺麗にしないと」
 と言って、化粧品や洋服を見立てたりしていた。
 ちやほやされて、セレブのような生活を味わうことで、紗耶香には金銭的な感覚がマヒしていっているようだった。
 それなりに貯金も結構あったので、少々の贅沢は痛くもかゆくもなかった。それで、赤石と親友関係が保たれていると思っていたからだ。
 普通の精神状態であれば、異常な見解であることはすぐに分かるのだろうが、心の隙間に入り込まれた時点で、すでに紗耶香はこの赤石という女に洗脳されていたのだ。
 そして、挙句の果てに、借金の連帯保証にされてしまい、ハンコを押すことになったのだ。
 ここまでくれば、後は詐欺と同じ手口。赤石は自分の部屋から徐々に実ようなものは運び出していた。
 そして、返済期日が過ぎると、お決まりの赤石は夜逃げ状態になっていて、部屋に帰ってくることはなかった。
 当然、借金取りは連帯保証人の紗耶香のところにやってきて、紗耶香に脅しをかける。本来の借金をした赤石は夜逃げをしてどこに行ったか分からない。その時になっても、紗耶香は赤石に騙されていたということに気づかない。
 旦那は、さすがに何も知らなかっただけに、誰よりも子供を守らなければいけないという理由で彼女と離婚し、親権を自分に持ってきた。もちろん、それが最善の方法であり、それ以外の選択肢は他になかったと言ってもいいだろう。
「どうしてこんなことになったんだろう?」
 と紗耶香は思っても後の祭りである。
 まわりの人は紗耶香を見て、
「あの人は赤石という女の奴隷のような扱いだった」
 という人や、
「赤石に洗脳されていた」
作品名:ポイントとタイミング 作家名:森本晃次