ポイントとタイミング
「このことは私とあんなの秘密にしといてやるよ。そうでもしないとバレたことが相手に知れると、あんたや会社、下手をすれば家族にも害が及ぶかも知れない。それは嫌だろう?」
などと言われると、言いなりになるしかなかっただろう。
特に奥さんに知られるのだけは嫌だった。
どうしても、奥さんに対して後ろめたさから、いつもコソコソとして、何かを隠しているかのようになるだろう。
そこで、不安に駆られた奥さんが、こともあろうに赤石に相談したとすれば、それこそ、飛んで火にいる夏の虫も同然である。
そんな時に、
「旦那の様子がおかしいのであれば、旦那を脅かすような写真を撮ればいい」
などと言って奥さんに声をかけ、自分の知り合いだからということで、竜二と仲良くしている写メを撮らせた李したのだ。
それを旦那に見せると、旦那が逆上すると赤石は思ったかも知れない。
だが、実際に旦那の方は、奥さんを許すと言っていた。すでに自分の寿命が長くないことを分かっていたので、奥さんが、チンピラから身を引くことができれば、よりを戻してもいいという発想になっていた。
赤石は計画が微妙に狂ってしまった。
元々、最終的にどこを目指しているのかというのも曖昧だっただけに、赤石の方では逆に臨機応変に思えて、どこを目指すかを明確にしようと考え始めたのではないか。
そう思うと目指すところとしては、
「奥さんが不倫していたことを旦那が知って、それを元に旦那がチンピラに文句を言いに行く」
しかし、そこまで考えると、少し気になることがあった。今までの事件を見ていると、赤石は旦那に対して直接の攻撃をしていないように思えた。どちらかというと、この旦那を陥れるために何かをしようというのは分かるが、直接の攻撃を見受けることができない。そこで考えたのが、
「この旦那は、この赤石という女の何か秘密でも握っているのではないか?」
ということであった。
確かに麻薬関係で捜査していたが、この女が麻薬と繋がっているという証拠はどこからも出てこない。麻薬捜査官に訊いても、赤石という女の影は出てこないという。
「鶴橋さんの奥さんの影は見え隠れするんですがね。ただ、これも竜二と直接関係があるようにも見えない。皆繋がっているようで繋がっていまいんですよ」
と言っていたのを思い出した。
そこで、また突飛な考えであったが。
「三すくみのような関係なんじゃないか? しかも、何か変則的な形の」
ということだった。
「赤石は、奥さんには強いが、旦那には弱い。旦那は、竜二には弱いが、赤石に強い。奥さんは、旦那には強いが、赤石に弱い」
という構図の中に、チンピラの竜二が出てこない。
元々、
「殺された竜二というチンピラが本当はこの事件では、大した役割があったというわけではなかった」
と思った考えがここにきて、一周まわって戻ってきたかのようであった。
それだけに、この思いは間違っていないように感じられるのである。
ただ、表にはチンピラが出てくる。そして事実として。このチンピラは殺されて発見された。もし、奥さんがこの男と不倫をしているわけでもなく、麻薬も関係がないとすれば、奥さんは自分が何もないにも関わらず、この男と不倫をしているかのような立場に追い込まれ、しかも、そこに赤石というわけの分からない女が見え隠れしていると思うと、怖いとは思ったが、この男に逢ってみるしかないと思った。
その時に撮られた写真を、いかにも不倫のように言われた。だから、この写真は、不倫の末ではなく、不倫のウワサを打ち消そうとしてこの男に遭ったところを撮られてしまった写真だったのではないか。
これも一つのポイントだった。
奥さん不倫のウワサが真っ赤なウソで、その話題が赤石から出ているかも知れないと聞かされた。それで、奥さんはいつもの天真爛漫さと、夫が不倫ではないという安心感からか、まさか撮られているとも思わずにニッコリと微笑んだところを、いかにも不倫写真であるかのように、加工までされてしまったようだ。
竜二はというと、組織とすれば、そろそろ彼を切ろうと思っていたのかも知れない。いつまでも同じ人にさせておくのも、危ないものだ。かといって彼を組の中に入れるのは反対だった。
「やつは、正直者過ぎるので、このあたりで組織から切った方がいいのではないか?」
と言われていた。
殺すという物騒なことはなかったが、不倫というウワサを流すことで立場を悪くさせたのだ。そのウワサをリアルにするために、組織は竜二の彼女を行方不明にさせ、やつに奥さんに対しての恨みを抱かせようとしたのではないか、そこには、赤石の悪時絵が働いているのかも知れない。
何と言っても彼女は詐欺師である。口八丁下八兆でいくらでも人を騙すことができるのだ。
組織に取り入って、入れ知恵をつけることくらいは朝飯前だろう。組織は詐欺師としての彼女を知っていた。お互いに深くかかわってはいけない相手だった。そのことはよく分かっていたので、赤石に問題はなかった。
そもそもの赤石の目的は、旦那の失脚にあった。旦那に何か秘密を握られていて、ひょっとすると、鶴橋氏の記事は、麻薬だけではなく、詐欺にまで手を広げていたのかも知れない。
詐欺というと、とにかく知能犯だ、なかなか物証などあるわけはない。ただ、手口などは、後からの情報で、想像することはできる。そうやって、いろいろ情報収集しているところ、偶然、赤石は鶴橋氏に自分の秘密を握られたのかも知れない。
鶴橋氏という男は、あくまでもスクープ狙いだった。別に犯罪を警察に通報して、悪党を根絶するというような勧善懲悪の考え方など持ち合わせていない。だが、赤石は自分のちょっとした油断で、相手がしかもゴシップを書くライターだということが分かり、焦ったことだろう。今回の事件の本当の動機がそこにあるのかどうかまでは分からないが、根底にあるのは間違いのないことに違いない。
浅川刑事は、順序だてて今回の事件を振り返ってみながら、自分の発想を組み立てていこうと考えた。
まずは、赤石の部屋の隣で、竜二が殺されたという事件である。
これはまず、
「犯人が誰なのか?」
ということよりも、一体何が目的の事件なのかということである、
浅川刑事の推理としては、
「竜二というチンピラは、実はこの事件では大した役割を持っているわけではない」
と思っている。
殺害されるだけの大きな動機はないように思う。しかも、相手は顔見知りではないかと思われる。そうなると、相手もまさか竜二がこんなに簡単に殺されてくれるとは思っておらず、相当気が動転したかも知れない。
ひょっとすると、自分への罪悪感で、その場から離れることができないくらいだったのかも知れない。
殺されるべくして殺されたのではないのではないかと思うと、犯人も殺そうと思っていたわけではないのかも知れない。かといって、衝動的というには、気が動転していたというわりに、ナイフを持っていたり、指紋がついていなかったりするではないか。どこまでが衝動的で、どこまでが計画的だったのかということである。
そう思った時、
作品名:ポイントとタイミング 作家名:森本晃次