ポイントとタイミング
今もう一つ気になっていることを、捜査会議で話してみた。
「さっき、この事件での一つのポイントとして、旦那の末期がんというものを考えてみたのだが、今はもう一つ、ポイントがあるように思っているんだよ」
と浅川刑事が言った。
「それはどういうことですか?」
と桜井刑事が訊くと、
「事件の本質というよりも、少し離れたところから全体を見て、単純に感じたことだと思ってくれればいいと思うのだが、私が疑問というか、この事件の特徴として思ったことは、この事件には行方不明者が多いということなんだ。確かに関係者が行方不明になる事件は今までにもたくさんあった。鶴橋夫妻の行方不明もそうなのだが、もう一つ気になっているのは、チンピラの殺された竜二の彼女だった日十行方不明になっているということだろう? この事件とは何ら関係のないことなのかも知れないが、少なくとも被害者の元オンナが行方不明という事実は間違いのないことなんだ。それを思うと、この事件における行方不明者というのは、本当にこれだけなのかっていう新たな疑問も出てくる。そういう意味で、一つのポイントに挙げたんだけど、少し強引過ぎるかな?」
と浅川刑事がいうと、急にH署の刑事が思い出したかのように、背筋を伸ばすと、
「そういえば、これは我々が編集長に聞いた話だったんですが、鶴橋が麻薬ルートを追いかけている時、行方不明になった刑事がいることを、情報として聴いたらしいんだが、彼はどこで見つけてきたのか、その刑事を探し出して、密かに病院にかくまったと言っていました。それを記事にするのかと編集長が訊くと、それはできないということを言われたそうです。下手なことをすると、自分や会社、家族にまで身の危険が迫る。そこまでのリスクは負えないということでした。ただ、一つ彼が話していたのは、見つけた刑事の記憶は完全に消されていて、組織側は人間の記憶を消すだけの科学力を持っているのではないかということで、すっかり強気の彼も恐ろしいと思っているようでした。でも、自分が独身だったら、思い切ったことをするのにということも言っていたそうで、その時はすでに末期がんを分かっていたのではないかというのが、編集長の話でした」
「なるほど、それがやつらの組織の奥深さだというわけですね? しかも、ここでも行方不明というキーワードが生まれてくる。やはり何か組織との因果関係はありそうですね」
と、浅川刑事が言った。
「それにしても、殺されたチンピラの元オンナの行方不明というのは、どういうことなのでしょうか? 拉致されたか何かで、脅迫の材料に使おうとでもいうんでしょうか? それだけ竜二がその女性を愛していたということなのか、そこも難しいですね」
というH署の刑事だったが、
「いや、竜二というのはチンピラであったが、結構まともな神経を持った人物だったようです。元彼女のことを大切にしていたのも事実のようで、行方不明になった時は、必死になって探していたという話も聞けたくらいでした。だからやつがどのような性格なのかは我々でも想像がつきそうな気がするんです。もっとも、そんな男だからこそ、もし誰かが彼を騙そうとするのであれば、簡単だったのかも知れないですね」
と浅川刑事は言った。
「赤石という女のことを言っているんでしょうか?」
と桜井刑事は訊いたが、浅川刑事は黙って頷いた。
――浅川刑事は、どれだけこの赤石という女のことを毛嫌いしているのだろう? この感情は刑事としてありなのだろうか?
といつになく露骨にあの女を嫌がっている浅川刑事を感じた。
桜井刑事も、もちろん、ヘドが出るくらい、あの女に嫌悪を感じている。しかし、浅川刑事が露骨に感じることで、自分はそこまでひどく感じることができないと思うのは、これも人間の性だということであろうか。
そんなことを思っていると、浅川刑事が一人嫌気を差してくれていることで、他の捜査員が冷静に事件を見られるようになっていることに気づく。贔屓目であるが、
――これが浅川刑事の優しさなのではないだろうか?
と、桜井刑事は感じた。
この事件において、浅川刑事は今までの彼とは明らかに違っている。それほど、この事件が特殊なものだというべきなのか、考えれば考えるほど、犯人、あるいはそれに類する人の極悪さが見え隠れしてくるようで、いろいろと考えさせられてしまう桜井だった。
さらにもう一つのポイントとして、浅川刑事が考えていることは、誰も思いもしないことだった。
考えている浅川刑事ですら、
――こんな考え、本当にありなんだろうか?
とさえ思っているほどで、やはりこれもm普段の浅川刑事からは想像もつかないことだったに違いない。
今回浅川刑事が普段と違う考えでいるのは、一つには、事件の証拠を探すためのポイントを見つけなければならないという思いだったに違いない。
その一つのポイントというのは、
「殺された竜二というチンピラが本当はこの事件では、大した役割があったというわけではなかった」
という考えである。
これは突飛というよりも、下手をすれば、事件の根本を揺るがすものではないかと思える。それを否定するのは、赤石の写メであり、それだけ赤石という女の証言をすべて否定していくと、見えてこなかったポイントが見えてくるのではないだろうか、
そもそも、奥さんがチンピラの竜二と不倫をしていたという話は、赤石という女から出てきた言葉ではないか。今の状況で、この女を疑えばいくらでも疑うことができ、普段なら思いもつかないような発想が生まれるであろう。
では、このチンピラはどこで、この事件に関係してきたのだろうか?
いや、事件に関わったかというよりも、赤石という女に目をつけられたと言った方がいいかも知れない、不倫というのがウソであれば、赤石という女の思惑で、チンピラの本当の姿が捻じ曲げられているのかも知れない。
浅川刑事はいろいろ頭の中で推理してみた。赤石の立場になって、竜二の立場になって、奥さんの立場になって、さらに鶴橋氏の立場になってである。
チンピラというだけで、世間から変な目で見られることもあってか、竜二は損をしているだろう。しかし、チンピラ仲間の中では比較的まともな方だという話もあることで、赤石が洗脳するのか、あるいは脅迫するにはちょうどよかったのかも知れない。それは、鶴橋氏が麻薬関係の記事を書こうと思う前のことなのか、それともその麻薬関係のことで、鶴橋氏から情報を仕入れたのかも知れない。
鶴橋氏とすれば、この記事は自分にとってのスクープのように思っていたことだろう。それをこともあろうに、隣の女性に見られてしまった。最初はさすがにこんなにひどい女だとは思っていなかったので、想像もつかなかったが、同時に二人、つまり竜二と鶴橋氏を脅していたのかも知れない。
お互いに他人に脅されているなどということを知られるわけにはいかない。竜二としては、幹部にでもバレると、自分の立場がなくなり、下手をすると消されてしまう可能性だってあるかも知れない。
鶴橋氏としても、せっかくのスクープをみすみす棒に振るのも嫌だ。そんな時に、赤石の方から、
作品名:ポイントとタイミング 作家名:森本晃次