ポイントとタイミング
「まわりの人に訊いた話では、竜二という人は、チンピラに似合わすに今言ったように、律義でカチッとしているところがあるんですよ。だから彼女は竜二を好きになったのかも知れないけど、カタギの女性にはそれが重たかったのではないかという人もいるんですよ。チンピラというのはいい加減な人が多いので、いざとなれば別れればいいわけでしょう? 彼女たちも、生きるためなのか、風俗に勤めていたり、借金がある女性がチンピラとくっつくというのも、少ないですがあるという話でした。どちらも自分で自分を底辺だと思っていることで、相手の気持ちも分かるというのでしょうか。それだけに、居心地はいいそうです。でも、竜二のような律義な男性はそうはいないので、女性の方も戸惑うんでしょうね。それだけに。付き合っているうちに思たくなって煩わしくなるということも多いんでしょうね。それだけに、竜二は彼女にとって、別れられるなら別れたい相手だっとのかも知れないですね」
と桜井は言った。
「確かにそうかも知れないな、女とすれば、用心棒的な男であればそれでよかったのに、まさか相手が結婚まで考えているとなると女も考えるだろうね。途中まではお互いに底辺だということで傷を舐めあうような感じだったんだろうけど、女はそれでよかった。しかし、男は女性に対して責任のようなものを感じ始めたことで、二人はおかしな関係になっていたとすれば、失踪というのも分からなくもない」
と浅川は言った。
「竜二という男、カタギだったら、結構女性から好かれたかも知れないな。そういう意味では気の毒な気がする」
と桜井がいうと、
「それは違うんじゃないかな? 言い方は悪いが、竜二という男の間違いは、中途半端なところにあると思うんだ」
と浅川刑事がいうと、
「中途半端?」
と浅川刑事が訊きなおす。
「ああ、そうだよ、彼の本心が何なのか分からないが、普通なら、優しさとチンピラとしての顔は違う場面で出すべきなのだろうと思うんだ。それでこそ、優しさが生きてくるというもので、チンピラとしてのやつを好きになった女性に対して、優しさなどという感情はいらないものなんじゃないかな? それを自覚できていなかったところが、竜二の間違えたところであるが、気の毒という感覚とは違う気がするんだ。確かに結果的に殺されてしまったので、同情の気持ちが生まれるのは仕方がないが、やつの本性が、どういうところにあるのか分からないが、表の顔はあくまでもチンピラなんだ。借金取りとして、借金のある人を追い詰めたり、みかじめ料を払っている店の用心棒だったりと、完全にチンピラなんだよ。足を洗ってから、あの叙と真摯に向き合うのであれば、問題ないが、チンピラのままであれば、彼女はやつをチンピラとしてしか見ていないんだよ。きっとその彼女は、二重人格ではなかったんだろうね」
ということであった。
「二重人格って、私は結構いると思うんですよ。もちろん、自他ともに認める人もたくさんいるけど、まわりはそう思っても自覚していない人がほとんどなんだって思います。だから、あまりいい意味で捉えられないと思っていたんですが、ただそれだけのことで、あまり弊害がないと思っていました。でも今の浅川刑事の考え方を訊いて、二重人格という弊害は、自分にあるのではなく。見ている相手がいかに受け取るかということの方が大きいということを思い知らされた気がします。確かに相手があっての感情だとは思うけど、ほとんどの人間関係は、自分中心じゃないですか。ここまで相手による関係があるということを理屈で分かっていたつもりでいたけど、理屈ですら分かっていなかったんだってことを、思い知らされた気がしますね」
と、桜井刑事は、まるで、
「目からうろこが落ちた」
とでも言いたげであった。
「そういえば、我々が捜査した中で、今回の被害者である、鶴橋和樹という男性も中途半端な人間だっていう話を訊きこんだんですが」
と、H署の刑事は言った。
「それはどういうことですか?」
と、浅川刑事が訊くと。
「私たちも浅川さんたちと同じように、私たちの方でも編集者の方を訊ねたんです。同じ編集長という人にも話を伺ったのですが、その時聞いたお話として、たぶん同じ内容だったとは思うんですが、彼の文章がうまいという話をしていたと思うんです」
というと、
「ええ、それは伺いました」
と頷いた浅川だったが、
「その時に、彼が以前取材をした中に、日本庭園の取材があったんですよ。そこで、本人は普通に褒めたつもりだったのでしょうが、同じ敷地内にある洋館についても、少しですが書いていたんです。日本庭園を盛り上げるつもりだったのか、洋館の方を少し露骨な比較対象にしてしまったんですよ。実はその両方は同じ経営者がやっていたために、洋館の支配人の方がクレームを申し立てたんですね。善かれと思ってしたことなのかも知れないんですが、ちゃんと調査もせずに、比較対象にするというのがまずかったのか、しかも、彼の文章が達筆なだけに、まわりの人への信憑性もリアルにあったので、余計にこじらせてしまったようで、普通の人は慌てなくてもいいところと慌てなければいけないところの区別はできるんですが、彼が猪突猛進なところがあるのか、肝心なところで調べを怠ったりするんですよ。それが彼の致命的なところだと、編集長はおっしゃっていました」
とH署の刑事は言った。
同じ相手に別の主旨で警察が話を訊けば、同じ人の話題でもここまで違ってくるものだ。
いくら、殺人事件の捜査であったり、失踪者の捜査と言っても、本人に尊厳がないわけではない。当然、聞かれたこと以外は答えないし、よほど気になっていて、警察に相談するべきことなのかを悩んでいるとすれば、聞き込みを受けた人は答えないだろう。
だから編集長の意見も、H署の刑事が訊き出した部分を、浅川たちが知らないという今回のようなこともあるし、逆に浅川たちは聞き出せたが、H署の刑事は聞き出せていない部分というのもあるだろう。
警察というところは、縄張り意識の強いところなので、管轄違いの刑事が捜査して得た情報は、普通なら管轄違いの刑事には教えないだろう。
これがいくら殺人事件の捜査とはいえ、昔から警察というところはそういうところで、世間の人から嫌われているところだった。
そして世間の人に嫌われているもう一つの大きな部分は、
「警察は何かがないと動いてくれない」
ということであった。
ストーカー事件や痴漢などの被害は、極端な話警察に相談しても、帰りの時間に合わせて、帰宅迄をパトロールしたり、自宅近くの警備を、一日二周から三周にすると言った程度の、まるで、
「子供の遣い」
レベルの手しか打ってはくれないのだ。
つまりは、
「捜査は殺されるか、重症でも負わされなければ、我々が相手に対して何かアクションを起こすことはしない」
ということだ。
相手が分かっていれば、注意をするように促すかも知れないが。その時に一緒に、
「警察が注意をしてもかまわないが、そのせいで相手が逆上してあなたを襲うということが現実味を帯びてくるかも知れませんが、それでもかまいませんか?」
というであろう。
つまり、
作品名:ポイントとタイミング 作家名:森本晃次