ポイントとタイミング
「そうだ、その通りなんだよ。つまり,捜査というのは、まずとっかかりをどこからにするかを考えて。そこからあらゆる考えられることを頭に描いて、その中で消去法を行って、いくつか残るだろう? そこから今度は、徐々に話が作れるくらいに想像を巡らしていく。最初から想像を巡らしても悪くはないんだが、違った場合は、かなりの遠回りになる。だから、最初にある程度消去法で行って、考えられる可能性から、想像を膨らませていく。それが刑事捜査の基本ではないかと私は思うんだ」
と、桜井刑事が教えてくれた。
あの勧善懲悪のイメージが強く、猪突猛進を思わせていた桜井刑事がここまで考えていたとは意外だった。
そういう考え方に自然となってくるというのは分かるが、考えていることを理論立てて説明できるということは、自分でも理解しているということだ。やはり刑事ともなるとそれくらいができなくてはいけないのだろう。
「なるほど、よく分かりました」
と山口刑事は、そう言って、親権な眼差しをその場の人たちに見せた。
きっと桜井刑事は、山口刑事を教育のつもりで言ったのだろうが、捜査の基本をここで今一度顧みることで、自分を制したいという思いがあったに違いない。
「ということで、私の方では今言ったように、麻薬の線から、竜二と鶴橋の奥さんとの繋がりを探してみることにします。
ということで、桜井の方が決まった。
「それじゃあ、私の方では、とりあえず会社の線から、鶴橋夫妻の行方を探ってみることにしよう。可能性としては低いかも知れないが、ひょっとすると犯人が、鶴橋の会社に何か探りを入れるようなことをしているかも知れないからな」
と言った。
捜査は、この二つに絞られた。
まず鶴橋の勤めている出版社に顔を出してみた。元上司の編集長に話を訊くことができた。
「鶴橋君ですか? ええ、結構取材意欲もあって、我々から言えばいい記事を書いてましたよ。探求心もあるし、うちのような地方紙は、少々大きくとも、何でもこなさなければ生き残っていけませんからね。だから、鶴橋君のように、文化的な上品な記事から、ゴシップのような少し俗的な記事も一生懸命に取材をしてきてくれます。最初は文化面が多かったのですが、ちょうど人が辞めたこともあって、ゴシップ系にも入り込んでもらうようにお願いしたんです。彼は快く承知してくれました。ゴシップ系の雑誌というのは、文科系の記事を書くよりも難しいので、会社から少し手当てがつくんです。そういう意味もあって彼は承諾してくれたんだと思います」
と編集長が言った。
「鶴橋さんは、どんな記事を書かれていたんですか?」
「文化面では、普通に観光スポットなどの記事を書いていましたよ。彼は元々文章が上手なので、人を褒めるのが得意なんですよ。そういう意味もあって、彼の文化面での記事は公表でした。料理屋などでは、彼に取材してほしいという店主もいるくらいでしたからね」
「じゃあ、途中から、ゴシップ系にシフトしたんですか?」
「そうですね。前任者がいきなりやめたので、引継ぎも特になくて、彼には気の毒なことをしたと思いました。でも、彼は愚痴をいうこともなくこなしてくれて、ありがたいと思っています。最近の彼のゴシップは、最近の主婦の浮気感情について取材していたようですね。張り切ってやっていましたよ」
「その時に何か悩んでいる様子はなかったですか?」
「そういえば、少し落ち込んでいたような気はしましたね。その落ち込みがどこから来るのか私には分かりませんでしたが」
というのを訊いて、
「自分の奥さんについて悩んでいるというようなことは?」
と訊かれると、
「それはないと思います。どちらかというと、他の女性のことで悩んでいるようでした。相手は奥さんではないということでしたが、だからと言って不倫というわけではないということです。取材を続けるうちにその人のことが怖くなってきたと言っていました。恋愛感情とは正反対のものを抱いていたようです」
と編集長は言った。
「ということは、取材を重ねていくうちに、何か一人の女性が浮かび上がってきて、その人が気になりだしたということですね? でも、それだったら、その人と関わらなければいいだけですよね。そうもいかないということなんでしょうか?」
と言われて、編集長は、
「そうですね。そうもいかないみたいでした。彼の話によれば、どうやらその人はご近所さんらしくて、顔を合わせないわけにもいかないし、自分が無視してしまうと、家族に危険が及ぶかも知れないとまで言っていました。もちろん、何かがあったわけではないので、警察に相談しても何もならないのは分かっているわけですので、こちらも助言できるわけでもない。とりあえず私は様子を見ておくしかなかったのですが、転勤したはずの先には行っていない。しかも行方不明ということもあって、私は気が気ではありませんでした」
「警察が一度聞きに来たと思うのですが、その時にどうして言わなかったんですか?」
前に来たのは桜井刑事だった。
その時は、事件の内容を探る程度だったので、ありきたりな質問しかしなかったのだろう。
「本当はどうしようか迷ったんですが、殺されたわけでもなく、引っ越した部屋から別人の死体が出てきたというのでしょう? たぶん鶴橋君が疑われるのではないかと思うのは当然のことで、でも、ハッキリと確証もないことをあの段階で話していいものかどうか悩んだというのが正直なところです」
と編集長は答えた。
「それはごもっともなことだと思います。その時編集長がそう判断されたのであれば、我々もそれをとやかくいうことはできないと心得ております。また、何か分かったことがあれば教えていただければ幸いです。あと、そうですね。もしよろしければ、その問題の女性のことで取材をしていたと思われる内容の記事が乗っている雑誌のバックナンバーがあれば、お借りできないでしょうか?」
と浅川は言った。
「ええ、あると思いますので、後でお渡しいたしましょう。ところで、鶴橋君たちの消息はまだ分からないのですか?」
と編集長が訊いた。
「ええ、今のところ分かっていません。どこに行ったのかということが少しでも分かればと思いましてね」
と浅川がいうので、
「仕事の場合であれば、何となく想像もつくのですが、奥さんと一緒に行動しているのであれば、まったく想像つきませんね。奥さんの方の線から探しても、分からないのですか?」
「ええ、今のところ、何も分からない状態なんです」
「それは恐ろしいですね。引っ越した後の部屋から他殺死体が見つかって、その部屋の住民だった夫婦の行方が二週間も経っているというのに、まったく消息がつかめないというのは、一体どういうことなんでしょうね?」
と、本当にミステリー小説さながらだと言わんばかりの編集長だった。
ふと編集長が思い出したように。
作品名:ポイントとタイミング 作家名:森本晃次