ポイントとタイミング
旦那の死
まず、鶴橋夫婦が、
「転勤になったので」
ということで、前の日に、荷造りを終えて、新しいところには翌日に泊まり込むことになっているので、近くのビジネスホテルを予約し、部屋のカギは掛けずに、翌日、早朝、軽く掃除をして部屋のキーを管理人に返すことになっていた。
しかし、翌日発見されたのは、チンピラ風の男で、名前を高倉竜二という。地元の暴力団の組員であったが、なぜか組は最初彼が組員であることを隠そうとしていた。
殺害されたのは、午前六時くらい。物音もなかったし、抵抗した痕もあまり見受けられなかったので、犯行は顔見知りかも知れないと思われる。
そして、引っ越していったはずの鶴橋夫妻は現れることはなく、そのまま行方不明になっていた。
今のところ鶴橋夫妻が一番怪しいと目されているが、鶴橋夫妻との接点は見つからなかった。
だが、新事実として、赤石から、
「不倫現場写真」
と称して奥さんがチンピラの竜二と一緒にいるところを撮られている。
これでは鶴橋夫婦の犯行がまた濃くなっていったのだ。
引っ越し先のマンションにも、旦那の仕事場にもまったく現れていない。あれから二週間が経ったというのに、二人の消息は依然として知れていなかった。
「誰がどう考えても、鶴橋夫妻の犯行以外には考えられないんですけどね」
と捜査本部で、捜査員の一人がそういった。
彼は新人の刑事で、名前を山口刑事という。
彼に、
「尊敬する警察官は?」
と聞いたところ、
「桜井刑事です」
と即答で返ってきた。
「どういうところがなんだい?」
と訊かれて、
「勧善懲悪な考え方が、警察官の鑑だと思いました」
という。
実際に山口刑事に限らず、K警察署の中で、桜井刑事の人気は高く、冷静沈着で事件解決が一番多い浅川刑事よりも、ひょっとすると目指す警察官としては人が多いのではないかと思われた。
桜井刑事もそんなまわりの反応を嬉しく思っているようで、
「勧善懲悪って、いうほど恰好のいいものではないよ。結構危ない目に遭ったり、自分を見失って、事件を混乱させてしまうこともあるからね」
というではないか。
それでも、山口刑事は桜井刑事に憧れていて、若い頃のミスはしょうがないとまで考えているほどで、かといって面と向かって注意するわけにもいかず、
「若いうちは、あれでいいのかも?」
と。浅川刑事にもそう感じさせるほどであった。
――さすがに、山口刑事だ――
と、浅川刑事も桜井刑事も苦笑いをした。
二人とも、
「この夫婦は、事件に大きな影響を持っているようだけど、犯人と直結するにはまだ早いような気がするんだ。どちらかというと、赤石という人の方が、どうも何を重大な秘密を持っているようで、気になってしまうんだよな」
と、言っていた。
「確かに山口君の言いたいことも分かるんだが、被害者と鶴橋夫妻の関係を結び付けるものはほとんどないんだよ。我々が捜査しても分からなかったことを、ポッと赤石という女性が出てきて、いきなり、不倫現場を思わせる写真を突き付けてきただけじゃないか」
と浅川刑事がいうと、
「それだけで十分じゃないですか。私はその写真を見ていないので何とも言えないですが、明らかに二人は仲良く歩いていたわけでしょう? 桜井刑事の話では、何でも、女の方が積極的だったように聞いていますよ。本来なら不倫をしているのは奥さんの方で、チンピラは別に不倫でもないのだから、問題はないと思うんですけどね」
と相変わらず、熱血漢を表に出していた。
「いやいや、どうもそれが怪しいと思うんだよ。警察が調べても何も出てこないのが分かっていたかのように、まるで鬼の首を取ったかのような態度で、生き生きと我々に訴えたんだよ。警察が、どうして二人の関係を掴めていないと分かっているんだろうね? 事実とは違っていたのではないかとは思わないかね?」
と浅川刑事は促した。
桜井刑事も黙して語らず、山口刑事は桜井刑事に援護射撃を望んだが、桜井刑事の態度を見ていると、
「それはできない」
と言わんばかりの態度であった。
「そうなんでしょうかね?」
としょうがないので、山口刑事は渋々トーンを下げた。
それを見て、薄目を開けた桜井刑事と浅川刑事の間でアイコンタクトが行われたようで、その表情は、
――やれやれ、困ったものだ――
と言わんばかりの表情だった。
「ということになると、まず今一番の問題は、鶴橋夫妻が犯人ではないとすれば、なぜ行方不明になったかということですよね? そして、どこにいるかという問題ですよね?」
と、山口刑事は言った。
「ああ、そういうことなんだ。犯人であろうがなかろうが、鶴橋夫妻の行方を探さなければいけない。これはある意味後ろ向きな気がするんだ。もし犯人がこれを時間稼ぎのような感覚でいれば、我々は犯人に踊らされていることになる。それを打破するには、他に、犯人が用意したわけではない確証を、こちらで見つけることなんだ。どこまでが犯人の意図によるものなのかが分からない。これがこの事件の特徴であり、一番解決に対して難しいことではないかと思われる」
と、浅川刑事は言った。
――なるほど、さすがに浅川刑事、俺なんかが思いもよらない発想を、今のこの情報のない中で先を詠んで考えているんだ。俺なんか先を詠むというよりも、浅川刑事のいう、犯人の用意した証拠に踊らされてしまっているひよっこではないか――
と感じさせられた。
「とにかく、引っ越したはずの場所にはまったく現れていない。引っ越し会社も、受け取り側のマンションの管理人側も、もちろん、旦那の会社側も戸惑っていましたね。特に会社の方としては、転勤を命じたことで、その引っ越しの時に行方を晦ますことになったのだから、まるで会社の転勤命令がアダになったという風に言われてもしかたがない状態ですからね。人事部の方では大変な様子でした」
「旦那の会社というのは?」
「雑誌の編集のようですね。地元紙という感じですが、週刊誌のようなゴシップ系もあったりして、一風変わった察し者のようです」
すると、桜井刑事が口を挟んだ。
そういえば、山口君。君はチンピラのような連中と主婦とが繋がるとすれば、どういうところからの繋がりを想像するかね_」
と質問を投げかけられた。
山口刑事は今まで結構刑事ドラマなどを見てきたので、考えればきっと分かるだろうと思い、頭を巡らせていた。
「麻薬ルートの関係ですかね?」
というと、桜井刑事は、
「うん、俺もそう思う。チンピラが街に立って主婦などに声をかけて、甘い餌で釣ったりする。そのあたりから主婦と、チンピラの関係が浮かび上がってくるかも知れないな。そして、この主婦の性格をどのように考える?」
とまたしても質問された。
「主婦だって、一応麻薬というものの恐ろしさを訊いて知っているのは知っているだろうから、それにもましての好奇心が旺盛なことか、あるいは、自分の中で我慢の限界に来ているか何かで、麻薬の恐ろしさを知っていても、それでも一時の快楽に逃れてしまおうとする、そんな状況にいるのかも知れないですね」
と山口刑事がいうと、
作品名:ポイントとタイミング 作家名:森本晃次