ポイントとタイミング
詐欺グループはそのことをよく分かっていて、ウスウス気付いている一般市民に対して、そういう警察の力のなさを植え付けることで、
「警察はあてにならない」
ということを植え付けたたうえで、
「世間の人もあてにならない。あてになるのは私だけだ」
と言って、相手を信じ込ませる。
それがまず最初の詐欺のやり方だ。
しかし、これが成功してしまうと、詐欺というのは、ほとんどうまくいったと言ってもいいのではないだろうか。相手の洗脳に成功すれば相手は、まわりが信じられない恐ろしい状態になっていることから、目の前しか見えていないことになる。その目の前にいる人物が自分のために必死になって助言してくれたり、いろいろ考えてくれてやり方を伝授してくれるのだから、その人にすがるしかないだろう。
もうそこまでくれば、相手に逆らうことはできない。逆らうということがどういうことなのかという感覚に陥るほど、頭の中がマヒしていることだろう。
そういう意味で、詐欺と洗脳は切っても切り離せない関係にあるのではないだろうか。言葉巧みに相手を操縦することができるようになれば、もうそれだけで十分なのだ。
詐欺グループの方としても、実行犯は、
「これは自分に備わった、他の人にはない能力であり、その能力を使ってお金を稼いでいるじゃないか。専門職の人と、何が違うというのだ」
と思っているのかも知れない。
もし、そのバックに大きな組織があるとすれば、その組織はそんな彼らの歪んだ考え方の心の隙間に入り込み、彼らを洗脳したことだろう。
つまりは、人を洗脳する部隊である実行犯も、自分たちが洗脳されていることを分かっていないのだ。
「自分が人を欺いているとすれば、その人ほど自分が欺かれたということに食づかないものだ」
と何かの本に載っていたような気がしたが、まさにその通りであろう。
また、もっと恐ろしい考えを持つとすれば、実行犯を洗脳している連中でさえ、たとえば、政治家であったり、国家権力の裏の組織から洗脳されているのかも知れない。それがピラミッド形式に構成されているものだとすれば、末端をいくら潰したとしても、まったくの無駄だということがいえるだろう。
そんな世の中、自分は騙されているかも知れないが、その分、人を騙すことで生き残ればいいと思っている人もいるだろう。
すべてを分かっていて、その中で生きていくという覚悟を持つことで、本当の末端で、騙されての泣き寝入りをさせられる人間だけにはなりたくないという思いであろう。
もし、そんな気持ちを巧みに扱える人間がいるとすれば、本当に恐ろしいことだ。
世の中にはこれだけの人間がいるんだから。それくらいのことを考えている人も少なくないはずだ。理論立てて考えれば、(作者にだって)考えられることなのだからである。
確かに小説のネタとして考えてはいるが、それは書き進めていくうちに、浮かんでくることであった。そういう意味では、
「書き出すことで分かること」
なのではないだろうか。
つまりは、
「書き出すことで分かることって、もっと他にもたくさんあるのかも知れない」
と思う。
似たような話を書いていても、まったく同じものにならないのは、その時の発想が同じ人間であっても、違っているからである。プロットを作った段階で、すべてのストーリーが頭の中に入っているなどありえないことだ。人にもよるが、プロットはあくまでも材料の一つでしかない。書きながらアイデアが生まれてくるというのも、十分にあることだ。
そう思って考えると、小説を書くということの喜び、楽しさがどこにあるのか、おのずと分かってくるというものであった。
また話が横道に逸れてしまって申し訳ない。
詐欺を行う人間を擁護するつもりも、騙される人を、ただ単に、かわいそうだというように描くつもりはさらさらないが、詐欺をすべて悪いことだとして否定してしまうと、詐欺というのは決してなくならないというのも事実だと思う。なぜなら、戦う相手とまったく顔を阿波座図に、武器も攻撃するすべも何もない人間が、相手を撲滅することなどできるはずはないということである。
少なくとも理解くらいはしていないと相手を擁護も戦うこともできないだろう。
ただ、警察に力がないのは確かで、個人で相手ができるほど甘い相手ではないというのは確かである。だが、
「では、どうすればいいのか?」
ということになると、余計なことは口にできない。
なぜなら、答えなど存在しないのだから……。
再度繰り返す
さて、その二年後、つまり、赤石の隣の部屋で、チンピラ風の男が殺された事件が大きく報道されて、そのチンピラが誰であるはすぐに分かったのだが、なかなかそこから先が分からないでいた。ただ、この男が引っ越していった部屋の人間と、関係が疑われたが、二人を結び付けるものはなかった。
身元は、指紋などで近くのバーの店員であることが判明したが、彼の勤めているバーが、地元を仕切っている組がやっているところなので、組も当然のごとく疑われた。
しかし、組とすれば、彼は組員であったり構成員であるということをひた隠しにしたいようだ。
だが、警察が調べれば簡単に分かりそうなことなのに、それでも、最初は何とか隠そうとしていた。
「あれは何かの時間稼ぎなんだろうな」
という人もいたが、その話は最初誰も信用していなかった。
だが、実際に事件が明るみになってくると、次第にそのことが分かってくるようになった。
その男は確かに組員であり、実際に二週間ほどどして、話を訊きにいくと、
「すみません。私たちが調べましたら、うちの従業員は皆、組に所属していました。お返事がおくれまして、申し訳ありませんでした」
ということであった。
その時までに分かったこととしては、男は刺殺されたのであって、凶器は見つかっていない。早朝の六時頃が犯行時間だということだが、誰も物音を聞いたわけでもないので、
「犯人は被害者と人見知りではなかったのか?:
というウワサまで流れていた。
警察では、二週間前に捜査本部ができて、K警察署のお馴染みのメンバーとして、浅川刑事、桜井刑事、松田警部補が、捜査に当たった。
警察の捜査は、それ以外に進展はしているわけではなかった。
マンションの住民にも聞き込みが行われたが、なかなか住民の人が非協力で、捜査が進まなかった。
警察の方さが始まると同時くらいに、マスコミも取材に現れた。
何しろ、被害者がチンピラ風で、身元は、前科があったので、指紋からすぐに分かったということだが、彼がどういう人間なのかが、浮き彫りにならない。もちろん、組が緘口令を敷いていたので、分からなかったというのもあるが、警察が捜査をしようとすると、どこかで何かの引っかかりがあるような気がして仕方がなかった。
それと関係があるのかどうか分からないが、この事件のことをマンションの住人の中で一人だけやたらと警察やマスコミの前に出る一人のおばさんがいた。
それが何を隠そう、赤石だったのだ。
作品名:ポイントとタイミング 作家名:森本晃次