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限りなくゼロに近い

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――さすがに用意はちゃんとしてきているんだな――
 と感心していると、そのクスリというのは、調剤薬局が処方した薬の袋であり、市販の一般のクスリとは明らかに違っていた。
 彼女が出した袋は錠剤ではなく粉薬のようである、ペットボトルを片手に起用にその薬を飲んでいく。その手つきは慣れていて、どうやら彼女が時々呼吸困難になるような体質のようだ。
 それならなぜ、ジャージを着ているのだろうか?
 ジャージを着ているということは、どこかで運動してきた証拠ではないだろうか。ジョギングなのか、それとも、何かのダンスのようなものなのか、ラジカセのようなものを持っているのはないので、よく分からなに。
 ちなみに、昔のラジカセを今は何というのだろうか? ラジカセのカセというのはカセットテープのことである、今ではまったく見ることのできなくなったカセットテープの見ることがないので、一時期CDラジカセという表現はあったような気がするのだが、実際にはよく分かっていない。
 そういえば、カセットテープというものや、昔のレコードにはA面、B面という両面があった。カセットテープの場合のA面B面の違いはレコードのように表裏ではない。テープの半分がそれぞれの片面だったということである。そのことを知っている人は今はもういなくなったことだろう。一時期カセットテープへのレコードからの録音というのが流行り、レコードレンタルの店が流行った時期があった。
 その派生形として、市販のミュージックテープから、録音用のカセットテープへの、高速ダビングというのが流行った時期があった。
 それは、当時としては、完全な違法であった。音響室にあるような、大きなまるで音楽用キーボードくらいの大きさの機械の左にマスターテープ、そして右に録音用テープをセットし、高速でダビングをするというものである。
 そのテープは、六十分テープであっても、三、四分という速度でのコピーである。レコードを借りてきて、ステレオでカセットに録音しようとすると、当然のことながら、六十分家からところである。
 この店の売りは、
「その場で高速ダビングをするので、借りて帰ることもないので、当然返しに来る手間もない。さらに、録音もすぐにできるので、そのまま携帯用ラジカセで聴くことが可能だ」
 ということであった。
 今のようにパソコンがあったわけでもなく、音楽をデータやファイルとして管理しているわけではないので、記憶媒体をどうしても必要とする時代のことである。
 客には重宝されたが、レコード会社は、楽曲提供者にとっては、溜まったものではない。著作権というものが、根本から揺るがされたことだからである。
 違法というのは、この著作権問題を差す。
 当時、当然のごとく、作者協会からの訴えから、訴訟問題に持ち込まれた。どこでどのように決まったのかは、何しろ昔のことなので、ハッキリと覚えているわけではない。何しろ今から四十年以上も前のことなのだからである。
 ハッキリと分かっていることは、レコードからの録音はいいが、確かカセットのダビングは問題となったのではなかっただろうか。
 お互いの歩み寄りによる折衷案だったような気がする。
 ただ、その後すぐに、CDやMDなるものが出てきて、今度はパソコンの普及で、簡単にダビングが可能になった。つまりステレオがなくても録音ができてしまうということである。
 それがどうだ。今ではショップに行かなくともネットで簡単に購入ができる。在庫も簡単に調べられ、その場で決済。何とも便利な時代になったというものである。
 カセットなどという、今では化石化したものを、ずっと大事に持っていたような気がする。カセットについているインデックスカードに、楽曲の名前を手書きで書きこむ時は、結構楽しかったような思い出がある。カセットをデッキに差し込んだ時、そして再生ボタを押した時に鳴るあの、
「ガシャ」
 という音を懐かしいと思っている人が、今はどれだけいるのであろうか?
 ここの公園に来ると、いつも昭和の懐かしい思い出を思い出すことが多い。見えている光景を、昭和の時代に置き換えるからだろうか。そもそも、この公園は、整備はされているが、基本的には昭和の頃とほとんど変わっていない。そういう意味で昭和の懐かしさを思い出そうとするのであれば、ここに来るのが一番いいのかも知れない。
 さっきの女の子は、クスリを音で落ち着いたのか、そのまま眠ってしまいそうに見えた。だが、
「うっ」
 という呻き声が聞こえたかと思うと、ベンチに横になっていたその女の子姿はすでにそこにはなく、地面に落ちて、苦しそうにのた打ち回っちるのが見えた。
 一瞬何が起こったのか分からなかった紀一は、反射的に彼女のそばによって、
「大丈夫ですか?」
 と声を掛けた。
 顔を真っ赤にして、苦しそうに喉を掻きむしっているその姿は、いかにも断末魔の表情であり、異変に気付いて近寄ってきた人たちに向かって、
「すみません、救急車を手配していただけますか?」
 と誰ともなく声をかけると、
「あっ、はい」
 と言って、若い女の子がスマホを使って救急車を手配してくれた。
 紀一は、彼女の様子を見ていると、
――どうやら、毒じゃないだろうか?
 と感じた。
 最初はアナフィラキシーショックも考えたが、彼女が口にしたのは、さっきのクスリとペットボトルのミネラルウォーターだけである。
 よく見ると吐血もしている。こうなると、アナフィラキシーではなく、毒物であろうことは明らかな気がした。
 もし、毒物であれば、その摂取量が問題になる。致死量に達していなければいいのだがと思いながら、救急車が来るのを待っていたが、消防署とこの公園は目と鼻の先にあったことで、すぐにやってきた。
 救急救命士の手早いことは承知していたので、急いで患者は救急車に運ばれて、これも近くの救急病院に搬送された。
 発見者として紀一が同行することになり、救急車に乗り込んだ。
 その時、救急救命士からいろいろ聞かれたが、詳しく分かることはなかった。
 彼女がいたのが真正面であれば、視線が行っても別に問題はないが、隣のベンチということもあり、老人が和解女の子をジロジロ見るというのも、何か変な感じである。まるで孫と言ってもいいくらいの年齢の子ではないか。知り合いであればほのぼのであるが、そういうわけでもない。
 集中治療室で治療を受けているが、そのうちに医者がやってきた。
「とりあえず、処置が早かったので、命には別条はありませんね。それに致死量まではなかったようです」
 というので、
「やはり毒物ですか?」
「そうだと思いますね。今は応急処置なの何とも言えませんが、十中八九そうでしょうね」
 と医者はいった。
 毒物というのは、シアン系ですか?」
 と聞くと、
「そうだと思います。警察にも連絡を取っているので、もうすぐ来られるとは思いますが、とりあえず被害者が助かったのは、あなたのおかげだと思います。私からもお礼を言いますよ」
 と、医者は頭を下げてくれた。
「意識の方はまだなんでしょうね?」
 と聞くと、
作品名:限りなくゼロに近い 作家名:森本晃次